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第九十五話 汝、その名は(1)

 お前が望めば、失った物は戻ってくる

 失った時の哀しみよりも大きな喜びを連れて帰ってくるんだ

 そしてそれは、すぐ近くにあるものなんだ

 なあ、

 青い鳥は、一番身近にいただろ?





 両手の人差し指と親指を付け、楕円を作る。そのまま円を移動させ、()たい位置で止める。

 双眸を閉じ、魔力をその穴へと集中させれば【千里眼せんりがん】の準備完了だ。

 充足が済む頃には、手で作った円の、十倍以上の大きさの抜き取られた景色が眼前に広がっている。


 端々で発生する砂嵐が、視界を妨げる。

 それは、映し出された場所が聖域――それも、『巫女の森』だからに他ならない。


 ごく微量の魔力であろうと瘴気しょうきを伴う。瘴気をひとたび感知した結界は、さながら体内の白血球のごとく、死力を尽くして障害物の『排除』にあたる。その排除行動が、砂嵐となって可視化されるというわけだ。


 元々並の魔族以下の魔力しか持ち得ない『彼』にとって、この状況は少々辛い。魔力を込めようにも、下手をすれば自身が気を失ってしまう。


 それでも必要最小限の情報は視えたので、徐々に近付いてくる気配を背中に感じながら到着を待った。


 最早二人だけとなった精鋭部隊だ。気配を探らずとも誰が来るかなど分かっているはずだが、彼は偶然を装った。


「あ~ソーちゃん。ナイスタイミング~~」


 無論、彼が“偶然を装った”ことを分かっているソーディアスは、見え透いた物言いに関しては何も問わなかった。彼の趣味であり暇つぶしだ。言及するつもりも介入する意味もない。


「【千里眼】か。何が見えた?」

「だから“ナイスタイミング~~”って言ったじゃないのぉ。面白いモノよ面白いモノ! さぁ見てすぐ見て。もうすぐ魔力不足で見えなくなるから」


 ソーディアスは言われたとおり、霧のような銀幕を見つめる。


 砂嵐の中、三つの人影が映る。

 途切れ途切れの映像ではあるが、一人の人間と対峙するように立つ二人の姿は、紛れもなく先日相まみえた生まれ変わりたちのもの。


「どーやらイチカってば、あの痛々しー手で修行するみたいよ~~? ソーちゃんの予想通りね~~」


 直後、光が縦横に弾け「あ、切れた」と間の抜けた声が上がるが、ソーディアスの耳には届いていないようだった。

 深紺の双眸はひたすらに、映像の無くなった壁の向こうを見つめていた。


 電波障害が、電波障害がと、壊れたように唸り続けるクラスタシア。

 そんな彼を横目で見ながら、ソーディアスは口を開く。


「現状維持よりは余程いい」


 自らの運命に抗うのか、それとも受け入れるか。

 映像から読み取ることはできなかったが、あの少年は足掻くことを選択したのだろう。


「問題はそれによって、どれだけ実戦における成長があるか、だ」


 終始冷静な口調ではあるが、抑えきれない期待感が窺えた。

 彼としては、少なくとも退屈を紛らわせるだけの戦力は身に付けてもらわなければ困るのだ。


 魔星に戻れば手合わせの相手などいくらでもいるが、今彼が戦いたいのは他の誰でもない。


 ただ一人、願っても戦うことのなかった相手。


「ごもっとも」


 喚いていたかと思いきや不敵な笑みで振り返り、クラスタシアはそう返した。





 微弱な魔力が聖域の結界に衝突するのを感じた。

 低級魔族のものか、あるいは、生まれつき魔力の少ない『剛種ごうしゅ』と呼ばれる魔族のものか。

 いずれにせよ波動を感じたのは数秒ほどで、聖域内に悪影響はないようだ。


 サトナはほう、と人知れず息を吐く。

 これまでとは違い、この聖域を護るのは自らが張った結界のみ。不安はあったが、とりあえずの効力は証明された。


 獣配士(じゅうはいし)と名乗る魔族が現れて以後、ヤレンは【(シャ)】を解いた。


 予見していたとはいえ――仇である魔族の気配を二度と感じ取りたくないという理由で張り巡らせた結界が、皮肉にも魔族の侵入という事態を招き、負傷者をも出した。

 責任を感じたのだろうと思いつつも理由を訊ねたが、返ってきたのは別の答えだった。


『宿命に向き合おうという気になってな』


 その言葉に首を傾げた。宿命というならむしろ、彼女の生まれ変わりや、恋人であった魔族の生まれ変わりのことを指すと思うのだ。

 何の宿命かと問うと、彼女は途端に寂しげな笑みを浮かべてこう言った。


『死に損なった愚かな女の宿命だ』


 そして今――目の前に、恋仲であった彼らの生まれ変わりが立っている。

 そう、過去形だ。現在の様子は、恋仲というよりは主従のようだ。互いに距離があり、少女の方が後ろに控えている。そして前方に立つ少年の左手には、幾重にも重なった包帯。短すぎる指。


「お久しぶりです、アオイさん、イチカさん。本日はどのような御用ですか?」


 聞きたいことはあったが、挨拶だけで済ませた。

 彼らの目的は薄々分かっていた。だとすれば、ここは自分の出る幕ではない。


「『救いの巫女』に用がある」


 銀髪の少年は一言、予想した通りの名詞を言い放った。

 深追いはせず、「今お呼びします」と告げて森の奥へと歩いていく。





 取り残された二人の間に、会話は生まれなかった。

 単純に話題がないから、というのもあるが――(あおい)の視線は、自然と包帯の巻かれたイチカの左手へと移る。


 道中、他愛のない話をしている間も常に視界に入っていた。

 未だ痛むのだろうか、修行に響かないのだろうか――。それらを考えるたび、碧は罪悪感を抱き、ひどく居たたまれない気分になった。今もそうだ。


 この世界で二人が揃わなければ、負わなかったかもしれない怪我。

 修行をすることで、魔族を倒せるかもしれない。けれども、これまで以上に命の危険に晒されるかもしれない。


(無理してほしく、ない)


「気にするな」


 思いがけず、前方から静かな声が聞こえた。


「お前の手じゃない」


 相変わらず碧に背を向けているイチカは、根幹には気づいていないようだった。


「……分かってるよ」


 苦笑混じりに、そう答えた。


 それから数分ののち、ヤレンがサトナを引き連れて現れた。

 サトナは戻って来るや、すぐにまた別の場所へ向かった。


 碧は、また沐浴だろうかと思いながらその行く先を見つめる。

 その間に、ヤレンとイチカが会話を始めていた。


「お前にしては早い決断だったな。もう少し渋ると思っていたが?」

「惚けるな。分かってたんだろう。何が“修行を受ける気があるなら”だ」


 苛立ちというよりは拗ねているような声調だ。

 

 巫女の森での修行を持ちかけたときの反応が気に掛かっていた碧だが、ここにきてその理由が分かった気がした。ヤレンは未来が視える。修行の件を唆しておきながら、初めからイチカにその気があるのを知っていたのだろう。だから彼は、手のひらで転がされているような不愉快さに顔をしかめたのだ。


「結果は、な。残念だが、結果が発生するまでの時間は正確には分からない」


 未来予知ができると豪語しても、何から何まで誤差なく的中させた人間はおそらくいない。彼女のように、曖昧さを残した予言の方がむしろ「本物」なのかもしれない、と碧は思う。


「あんたは本当に剣を持てるのか?」


 訝しげにヤレンを見るイチカの疑問に、「確かに」と内心で相槌を打つ碧。

 巫女が剣で戦うというのも斬新だが、修行を付けられるほどの使い手には見えない。イチカも恐らく、同じようなことを考えたのだろう。


 するとヤレンは珍しく目を丸くし、イチカを凝視した。そして暫し間が空いたかと思うと、くっくっと肩を震わせて笑い始める。


「……何がおかしい」

「いやっ、すまんすまん。分かっていても、実際に言われるとつい、だな……」


 明白なまでに、不機嫌な様相を呈したイチカがヤレンを睨みつける。

 しかし、それでも彼女は笑い止まない。目尻に涙すら浮かべて、必死に爆笑しそうになるのを堪えている。


 彼女のことは俗世とは一線を画する存在のように感じていたが、表情が豊かだと分かって、碧は少し安堵した。こうして笑っている姿は普通の人間となんら変わりない。


「確かに修行をつけてやるとは言ったが、直接お前の相手をするのは私じゃない」


 未だに愉快そうな表情をして、当たり前といえば当たり前のことを言うヤレン。

 イチカの顔が、不審そうに歪んだ。


「何……?」

「サトナ」

「はい、ヤレン様」


 いつの間に戻ってきていたのか、サトナが返事をした。

 イチカも碧もそちらに目を遣って――二人の眼が驚愕で見開かれた。

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