其の二
「……はい?」
いきなり突拍子もないことを言われ、僕は面食らった。
津々口の頭がおかしいのではと疑わざるをえない状況になった。
考えてみれば、女子の筈なのに高圧的で特徴的な喋り方をするし、それに一応この学校に僕は一年以上いるのに、僕は津々口の姿を一度も見たことがない。
もしかしたら、津々口は保健室登校をしており、たまたま保健室を抜け出し、そして中庭で飛び降り自殺を目撃し立ち竦んでいた僕を見つけ、声をかけたのではないだろうか。
しかしその思考は、津々口本人の言葉によって遮られた。
「あのねえ、私を狂人だと考えているようだけど、私はこれっぽっちもふざけていないよ?」
どう考えてもふざけているようにしか見えない。
僕の心中を察したのか、津々口はため息混じりに話始めた。
「まず第一に、あの人間は転落、もとい飛び降り自殺を計って死んだ筈だよね。
まあ死ぬほどの高さだったんだから4階の窓、もしくは屋上から転落、もとい飛び降りたと考えられる」
それぐらい僕にだってわかる。
彼女はなにが言いたいのだろう。
「でも、1つおかしい点があるんだ。彩原君、第一発見者の君ならわかるだろう?」
おかしい点?
「おかしいも何も、普通に中庭に死体があっただけだ。それのどこがおかしいんだ?」
津々口はため息をついた。
「はあ……まだわからないのかい?重要なのは死体があったという事じゃない。死体の位置だよ」
「死体の位置?死体は中庭のほぼ真ん中にあったけど……」
そこまで口に出して、僕はやっと津々口のいう『おかしな点』に気づけた。
「どうやら……気づいたみたいだね。飛び降りたにしては、死体の位置が校舎から離れすぎているんだ。
目測だけど、校舎から死体までの距離はだいたい7メートルぐらいあった。普通に自殺しようとして飛び降りた、もしくは誤って転落したならば、もっと近くに落ちるはずだよね?」
「つまり、誰かがあの人を突き落として殺したってことか?」
津々口は、にんまりと不気味な笑みを浮かべた。
それがあまりにも不気味で、僕は思わず身震いした。
その紅い口が、ゆっくりと動く。
「ご名答。でも、少し違うね。さっきから言ってるけど、これは人間の仕業じゃない」
「証拠は?」
僕は津々口に、質問を投げ掛けた。
それを聞いた津々口は、4階の窓を指差した。
「うちの学校の窓はほとんどすべてが開け放っても高校生ぐらいの身長の人間を横向きにして投げ落とすなんてことはできないんだ。
ベランダなら可能だろうけど、うちの学校にはベランダがないからね。
窓からたて向きにして落とすことならできるけど、それでは勢いが足りずやはりすぐ落下してしまうし、それに校舎には人がある程度残っていた。
そんなことして、誰かに見られたらそれこそ終わりだよ」
次に津々口は、屋上を指差した。
――――正確には、屋上の有刺鉄線付きのフェンスを指差した。フェンスはだいたい5メートルくらいある。
「屋上からは、どう考えても投げ落とすことはあのフェンスに阻まれてできないよね?」
僕はうなずいた。
「屋上からも落とす事は無理、4階からも落とす事は無理、なのに死体はどこからか落下し、しかもそれは中庭のほぼ真ん中に落ちた。
これは人間ではおおよそ不可能だよ。怪異、もしくはそれに準ずる物が引き起こしたと考えるのが自然じゃないかなあ?」
津々口はそこまで言い終えると、ベンチに座っている僕の隣に腰かけた。
「これで、納得してくれたかな?」