其の一
きひ。
不気味な笑い声が耳をついた。
僕は反射的に振り返る。
目線の先には、僕の高校の女子の制服を着た女子 。
そいつが、僕に向けて醜悪な笑みを浮かべていた。
「君、これどうするつもりなんだい?」
彼女はそういうと、地面に落ちているものを指差した。
だって、しょうがないじゃないか。
僕は逃げようとしたんだ。
こんなのを只の高校生が見たら、逃げ出すに決まっている。
――――中庭の中心に、血みどろの死体があったら、誰だって逃げ出すに決まっている。
「ど……どうって……」
僕は枯れた喉を無理矢理動かし、彼女に質問を投げ掛けた。
彼女は相変わらず顔に醜悪な笑みを貼り付けたまま、押し黙っている。
なんか答えろよ、と僕が叫ぼうとした瞬間、彼女は小さく口を開けた。
きひ。
彼女は再び笑った。
「君は、目の前にまだ生きてるかもしれない人間がいるのに救急車を呼んだり、先生を呼んできたりはしないのかい?」
生きてる?
あの血みどろの人間が、生きてる?
「あれはどうみたって死んでるだろ!」
僕が怒鳴ると、彼女は能面のような無表情になった。
「シュレーディンガーの猫だよ、君。だいぶ状況は違うけどね。
あの人間に近寄って確認してみないことには、生きているのか死んでいるのかはわからないよ。仮にもし生きてたとして、君が救急車を呼ばなかった場合、君はあの人間を見殺しにしたことになるよ」
見殺し。
その単語がやけにひっかかり、僕は携帯電話を取りだし、119をダイヤルした後、先生を呼びに向かった。
**
その後、ものの数十分で中庭には死体という非日常を求めたくさんの人が詰めかけた。
中には運び出される死体に携帯のカメラを向け、写真を撮っている輩までいる。
不謹慎だとは思わないのだろうか。
その間僕は第一発見者ということで警察に質問攻めにされていた。
あの死体は、どうやら飛び降り自殺死体として処理されたらしい。
たしかに、あの死体は運び出される時に内蔵が見え隠れしていたし、体全体が潰れた様になっていた。
一時間くらいで警察からようやく解放され、僕はなんとなく中庭に残っていた。
かといって中庭の中心付近で不謹慎な会話に花を咲かせている集団に混ざる気も起きず、ただぼんやりと中庭の隅のベンチに座っていた。
「やはり死んでいたね。君の意見が正しかったみたいだ」
ふいに、後ろから声をかけられた。
振り向くと、先程中庭で僕と話をしたくすんだ金髪の女子が立っていた。
「ああ、そういえば名乗っていなかったね。
私は津々口最中。クラスは2-1。さぁ、君も名前を教えてくれないかな」
つづぐちもなか?変な名前だなあと思いつつ、自己紹介をする。
「僕は彩原恭介。僕のクラスは2-4だ。よろしく」
自己紹介を聞き終えると津々口は顔に微笑みを浮かべながら僕に問いかけた。
「君は、この事案、本当に『人間の』仕業だと思うかい?」