七十九升目。バルコニー
「ふぇあっ」
ビクリとして思わず変な声を出しふりかえる。
「ごめんね。驚かせちゃったね」
悪戯っぽく笑いアキの隣へ並ぶ信子。
その手にはユビスビールがあった。
(幸太が好きだったビールだ・・・・・・)
出会った日を思い出し、
ぼうっと愉比寿様が描かれているラベルを見つめる。
「私も一緒にいいかしら?」
少し首を傾けながらウィンクする。
「は、はい」
ハッとして視線を外し思わず夜空を見上げる。
「ありがと」
ぷしゅっとプルタブを引いて開ける音がもう一度響く。
「乾杯」
小声でにっこりと缶をかかげる信子。
アキも小声で乾杯とつぶやきチューハイをかかげた。
黙ったままゆっくりと飲む二人。
星の光。
月の光。
それらの光に照らされ青く薄黒い雲が流されてゆく。
風の音。
木々のざわめき。
心地の良い沈黙が続き酒を口にする音と衣擦れの音が聞こえる。
信子が黙って隣にいてくれるだけで何だか安心した。
十分ほど経った頃。
「アキちゃん時々ここでこうして飲んでたでしょ」
月を見ながら信子が口を開いた。
「え、あの・・・・・・。バレてました?」
信子を見上げ少し上目遣いで聞き返す。
「うん」
アキの方へふりむき笑顔でうなずく。
「ごめんなさい」
目を伏せたアキの頭が軽くなでられた。
「いいのよ。機会があったら私も一緒に飲みたいなって思ってたの」
顔を上げまた見上げる。
夜の闇に黒い瞳が優しく光っていた。
少し強い風が二人の顔をなでてゆく。
信子はまた月を見る。アキも月を見た。
軽く寄りかかりアキと体をくっつける。
「ここは落ち着く?」
「はい。なんとなく」
「私もたまに来ていーい?」
「そんなこと・・・・・・。ここ信子さんのおうちじゃないですか」
思わずふりむく。
「そうなんだけどね。ほら、邪魔しちゃいけない時間と場所ってあるでしょ」
「でもボクは・・・・・・」
そんな事を言える立場じゃない、と言う前にさえぎられた。
「だーめ。そういう時間と場所、作らなくちゃだめよ」
残りのビールを一息に飲んでから
「ねっ」
弾むように笑い、頭をぽんぽんとたたく。
「それじゃ私戻るけどあんまり長くいると冷えちゃうから気をつけて」
どこに持っていたのか二本目のユビス缶をアキへ渡し、
カーディガンをひるがえし中へ入ってゆく。
戸を閉めるときにふりかえり
「お風呂わいてるから」
入りなさいね、というように手をあげる。
「信子さんっ」
「ん?」
「また一緒に、ここで・・・・・・」
「ありがと」
微笑み。戸が閉まる。
なんだろう。
いつもはしゃぐような顔をするのに。
少し、少し寂しげだった・・・・・・。
渡された缶を握り閉じた戸をしばらく見つめていた。




