七十七升目。
「岸田が死んだ。そしてお前たちはバラバラになって逃げた。
あいつが死んでしまったことから逃げた」
遠くを見るように、静かに話すオーナーを見ながら、
黙ってビールをまた一口飲む。
「逃げたことは悪いことじゃない。むしろ人にとっては必要なことだ。
もう連絡も取れなくなったやつもいるし、
律儀に近況報告してくるやつもいる。この店へ遊びに来る奴もいる。
逃げた先で新しいことを見つけてなんとかやってる話を聞くと、
ちゃんと逃げ切ってから向き合えたんだなと安心した」
言葉を切りタバコの煙を吐き出し、
「その中に逃げ切れなかったやつらがいた」
沈黙。二人のいる場所だけ世界から切り取られたような空気。
かすかに聞こえる店の音が余計にその感じを強めた。
しばらくそのまま時間が過ぎ、
「俺と幸太、ですか」
滝口がぽつりとつぶやく。
「そうだな。主にお前ら二人だったな」
「主に?」
「理穂だよ。あれも振り切ったように見えてまだ振り切れてなかった」
「あいつが?」
「そのことに気がついたのは幸太が死んだ後だった。
それまであの子は大丈夫だと思ってた。私も甘い。
アキが飛び出して行ったことがあったろう」
「ええ。みんなで必死になって探しましたっけ」
あまり時間が経っていないのにもうずいぶんと遠いことのようだ。
「あの時理穂は泣きながら取り乱していた」
「あれは酷かったですねー。でも岸田関係ないじゃないですか」
天井を見上げ思い出しながら苦笑する滝口にタバコを持った手を軽く突き出し、
「岸田だけ、なら」
珍しくため息をつきながらつぶやいた。
「お前らは岸田を中心として時間を濃く共有してきた。
その中であの子は、理穂は、幸太を好きになってたのさ」
グシャとアルミ缶を握りつぶし滝口は黙り込んだ。
「アキがいなくなったとき本気で心配していたのは間違いない。
それとは別にあいつが取り乱した理由がそれだ。お前も気がついてただろ?」
「・・・・・・幸太が死んでから気がつきました」
アキに自分の気持ちを知られたこと。
気づかせてしまったこと。
傷つけ飛び出させたこと。
それが理穂をあそこまで取り乱させた。
握りつぶした缶をしばらく見つめてから、
「いやでも結局岸田関係なくないですか?」
顔を上げる。そのポカンとした表情へ、
「お前は本当にお前だな」
あきれた目に愛おしむ光を宿しながら笑う。




