七十五升目
「ったく、おせぇよ。結構待った」
気をとりなおし玄関へ行きアキの頭をポンポンと叩く。
「ごめん、ミッチー。ちょっと信子さんと盛り上がっちゃって」
「ねー。盛り上がったわね、アキちゃん」
「はい。お買い物も楽しかったです。ありがとうございます」
「さっきから言ってるでしょ。
私が楽しんでたんだからお礼なんていいのよ、アキちゃん」
すのこから上がり口へ足をかけ道満の肩を叩く信子。
道満はさっきまでのことを見られていたような気がしてビクっとなる。
そんなことあるわけない。気のせいだ。
「ほ、ほら。お前も早く上がれよ」
動揺を打ち消すようにアキの手をにぎる。
「ありがと」
身長差で上目遣いに見上げ笑うアキ。
顔が赤い。気温のせいではなく赤い。
「お前飲んでるな?」
「ちょっと信子さんと」
「信子さんのちょっとは信用できねーよ」
「でもほろ酔いだよ」
道満に顔を近づけ息を吹きかけご機嫌な顔をしている。
「素敵な方ですね」
いつの間にか横に立っていた文が呟く。
さっきとは違った笑顔。接客スマイルプラス何か。
「文ちゃん。私ら、ほとりいいから」
軽く手を振り声をかける信子。
すぐにプラス何かをとりはらった笑顔に戻り、
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
三人をアール状になっている壁の席へ案内する。
窓の外は相変わらず雪だ。
おまかせのランチと赤ワインをボトル一本。
「やっぱりここはいいね」
満足げにくつろぐ信子。
「よく来てるんですか?」
「そぉね。こっちの方へ来たらだいたい寄っちゃうかな。
アキちゃん気に入った?」
「はい!」
「そっかそか。良かった」
ニコニコしながらアキの頭をなでる。
「飯はうまいし雰囲気もいいっスからね」
道満は少し不満げに二人が飲んでいるワインを見る。
「ごめん、ごめん。道満。今度は兄さんに運転お願いするから」
「オヤジ・・・・・・」
「ミッチーのお父さんかあ」
思い出そうとするが、もやっとしか思い出せない。
もう何年も会ってない。会わせてもらってない。
温かい人だった。それだけは覚えている。
アキの家はなるべく親戚づきあいを避けていた。
道満はその事情の中で一番一緒にいてくれた。
隣で信子が道満へささやくように話しかけている。
「ところで道満」
「なんスか?」
「ふ・み・ちゃん」
「っ・・・・・・」
顔を真っ赤にして言葉に詰まる道満。
面白そうに笑う信子。
二人の笑い声を遠くに。まるで違う世界の出来事のように聞きながら、
アキは自分の両親のことを思い出していた。
あの人たちは・・・・・・。
両親は、いつも何か嫌なことを言っていた。




