七十四升目。
少なくなった緑茶の残りをゆっくりと飲み窓の外を見る。
『ほんとに積もってきやがったなぁ・・・・・・』
車を出した運転手としては少し気が重い。
「お見えになるの、少しかかりそうですね」
いつのまにかウェイトレスが横に立ち、道満と同じ窓の外を見ていた。
丸い銀色のお盆。サービストレーから新しい緑茶をテーブルに置き、
「よろしければ、これも」
小さく可愛らしい和菓子を置いて飲み終わりの緑茶を下げる。
「あ、ども」
軽く頭を下げてから照れ隠しに後頭部をかく。
「あの・・・・・・。これ?」
「お待ちしている間雪を見ながら和菓子も、と思いまして。お嫌いでしたか?」
「いえいえいえ、でもこんなのいいんですか?」
「ほとりはお客様のくつろぎ空間ですから」
ニコリと微笑み頭を下げ、また、外を眺める。
「私こうやって静かに雪を見るの好きなんです」
「ああ、なんていうか風情があっていいですね」
「道満さんもそう思います?」
「はい!はい!思います!ただ・・・・・・」
「ただ?」
「雪かきとか車の運転考えると、ちょっと手放しじゃ・・・・・・」
彼女は小さな声であはは、と口を隠し笑ったあと、
「そうですね。見てるにはいいですけど暮らしが入ると」
どことなく悩ましい顔になる。
そんな彼女の顔をじっと見つめ、
「あのぉ、ウェイトレスさん俺なんかにかまってていいんですか?」
「俺なんか、だなんて。大切なお客様ですよ」
『お客様。あー、まあ、そうだな。お客だもんな』
うなだれふぅと吐息を吐きまた窓の外を見ようとしたとき。
「道満さん」
「はい」
「ウェイトレスさんでは他の従業員もいますので、
よければ名前でお呼びください」
「え?いいんすか」
「はい、お気軽に」
「あ、じゃあ、ええっと」
彼女は名前を呼ばれるのを嬉しそうに待っている。
「ええっと・・・・・・。ええっと。
すんません、俺あなたの名前知りませんです・・・・・・。すんません」
テーブルに額をくっつけそうになるほど頭をさげる。
彼女は小奇麗なメモ用紙を取り出し、文と書いて道満の前に差し出す。
「ふみ、です。文と書いて、ふみ。よろしくお願いしますね」
控えめな笑顔と少し照れたような表情。
道満は声が裏返らないように、
「ふみ、さんですか。素敵な名前、ですね」
いっぱいいっぱいで返すのが精一杯だ。
言葉を交わすのも視線のやり場にも困ってしまった道満は、
しばらく外を無言で眺める。
このまま延々と外を見てるのもいいかな、
と思っていた道満だが流石に気になることがあって声をかけた。
勇気と気力をふりしぼったことは言うまでもない。
「そういえば文さん」
「はい?」
「文さん、さっきからここにいますけど、お仕事大丈夫なんすか?」
「道満様以外のお客様は先ほど帰られました。今のお客様は道満様だけになります」
「え、あ。じゃああの、新しくお客がくるまでは・・・・・・」
「はい。ご迷惑でなければお暇つぶしにお話でも」
「迷惑だなんて・・・・・・」
手を振って否定しようとしたとき。
カランカランと心地の良いドアベルの音が響く。
「だいぶ降ってきたね」
「そうですね。積もるんでしょうか?」
いらっしゃいましたね。
言葉を笑顔で表し、玄関へ出迎えに行く文。
「お待ちしておりました、信子様。道満様がお待ちですよ」
上着を預かりながら、初対面のアキへも丁寧に会釈する。
「あ・・・・・・」
なんとも言えない間抜けな顔をし、
手を上げかけたまま固まっている道満。




