七十三升目。
「ども」
ウェイトレスに挨拶しながら、
広めに作られた石畳の玄関で雪を払う。
彼女は上着を預かり、奥から来たウェイターへ渡す。
道満が靴を脱ぎ、すのこへ上がる。そして上がり口。
いつの間にか、そっと、スリッパが用意されている。
小さな和洋折衷の小粋なレストラン。
一人なら絶対来ないし縁のないところだ。
そもそも入る気も起きない。むしろ避けて通る。
そんな道満にとってこの店、
{閑古}
だけは別だった。
よく叔母たちに連れて来られて慣れてるのだろうか、
ここだけは一人で訪れるときもある。
用意されたスリッパを履いて一歩踏み出し木の床を感触を味わう。
『たぶんよく来て慣れてるってだけじゃねーんだろうな』
どことなく漂う安心感。落ち着いた気持ちになる。
道満が一息ついたタイミングで、
「雪、積もりそうですか?」
下足箱へ脱いだ靴をきれいに整えたウェイトレスが、
穏やかな笑みで話しかける。
上着を渡したときについていたぼた雪を見て聞いたのだろう。
「え、えっと。まあそんな感じっス・・・・・・・だと思うっス」
顔を赤らめ視線を合わせないように店内を見回す。
「そうですか。どうぞ、こちらへ」
整っていないゆえの可愛い顔立ち。しぐさ。
彼女に合うとドキドキして落ち着きがなくなる。
いつから働いているのだろうか。
気がついたらいつの間にかウェイトレスに、いた。
そんな有様なので当然名前も知らない。
通された席でドキドキしたまま座っていると、
穏やかな笑みのまま彼女が水を持ってきた。
「失礼します。お茶はどうなさいますか?」
「あ、はいあの、いつもので」
「緑茶ですね」
「はい」
うつむき答えてから水をゴクリと飲む。
コップを置いたちょうどよいところで、
「お一人ですか?」
「お、俺入れて三人で・・・・・・なんスけど、
二人は少し遅れてくる、かなと・・・・・・」
「かしこまりました。ご用意しますのでしばらくおくつろぎください」
軽く頭を下げ、語尾を心地よく軽やかに残しながら、奥へ行く彼女。
ふぅ、と肩の力を抜く。
この店。
{閑古}
ではすぐに客をテーブルへ通さない。
一度ほとりと呼ばれる席へ行く。
客の状態や人数などを見て、このほとりで茶など出し、もてなす。
もてなすのでここでのサービスは無料。
ここで気が乗らなければ帰ってしまってもよい。
人数などを把握し、客の気持ちが落ち着いた頃合にテーブルへ案内する。
こうすることによって何を頼むか考えるゆとりを持たせ、
落ち着いて飲食を楽しんでもらおうという店だった。
すでに人数や何を頼むか決まっている客などは、
そう言えばすぐにテーブルへ通してもらえる。




