六十六升目。
信子の反応にほっとしていた。
最後に女装した日。理穂の家から逃げ出したあの日。
あれからしばらく女装はしていなかった。
あの時だってメイクなんかせず、服だけ女物で飛び出した。
それも目についた服が女物だったというだけの理由。
『こんなにちゃんと女装したのはどれくらいぶりかな』
信子に髪をなでられながら思い返す。
『幸太と一緒にいるようになって、みんなと遊んで。
女装すれば盛り上がってくれて。してなくても盛り上がって。
みんなどっちも同じで気持ちで接してくれてた』
『そうだ。最後に女装したのはみんなとご飯食べて大泣きしたときだっけ』
幸太が抱き寄せてくれて、
写真を撮った。
あの時。写真を撮った。
携帯の待ち受け。あの写真。
思わず涙が少しこぼれる。
「どうかした?アキちゃ。・・・・・・ごめんね、明子ちゃん」
アキと呼び、言い直す。
心配そうに顔をみながら涙をハンカチでぬぐう。
「大丈夫です。ちょっと思い出しちゃって。
ボクこそ心配かけてすいません」
「いいのよ、いいの」
立ち上がり明子の頭をそっとなでる。
「じゃあ、おばさんも支度するからちょっと待っててね。
おばさんはすぐ支度できるから。あ、お義母さんって言ってもいいかしら?」
笑いながらゆっくりと見守るようにリビングを出ていった。
時間をくれた。
すぐに明子は気がつく。
自分が落ち着くまで少し時間をくれたのだ。
携帯を開く。そこにはあの写真。
ぎゅっとそれを握り締める。
『大丈夫。うん、大丈夫』
深呼吸をし、コンパクトを出してメイクを直す。
しばらくして信子が戻ってきた。
「さ、アキちゃ、じゃない、明子ちゃん出かけましょ」
また呼び間違え。
しかし気にはならない。
「はい!」
元気よく返事をする。
信子もアキ、明子とへだてて考えてないことが明子にはわかっていた。
どっちでも同じ気持ちで接してくれる。それなら名前なんてどっちでもいい。
「あの、信子さん」
「?」
「明子、って呼びにくければアキで大丈夫です」
屈託のない笑顔。




