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合成清酒  作者: 初菜
合成清酒七
64/89

六十三升目。

信子はもう少しやることがあるからと居間を出て行った。

一人こたつで柿を食べながら携帯電話を見てここに来るまでの半月を思い出す。

ぜんまい時計のかちこちという音が響く。


『短い間にみんなに凄く迷惑かけちゃったな・・・・・・』


幸太が死んで引きこもり理穂のところから逃げ出し、

そんな自分を皆が一生懸命探して危ないところを助けてもらった。

申し訳ない思いとありがたいと思う気持ちがあふれる。


皆から助けられてバックヤードで騒いだあの日。


アキは決めていた。

そして決めた心が揺るがないうちに、とステージのマイクで叫んだ。


「ボク、幸太の。幸太のお母さんのおうちへ行きます!」


言いたいこと、躊躇してることはたくさんあった。

信子は迎えてくれると言っているけど、絶対負担になる。

皆にも迷惑をかけっぱなしでこの地を去る。

しかし実家には戻りたくない。戻れない。

だからやはり信子に甘えて頼ろう。


自分のわがままさに嫌気がしていた。


それでも信子のところへ。

わがままならこのまま、わがままで行こう。

なによりそうすれば皆安心してくれる。


『みんなが安心?違う。そうじゃない。

ボクは幸太を感じるところへ行きたかっただけだ。

みんなのためにそうするとか違う。

みんなのせいにしてわがままごまかしてるだけだ』

叫んだあとまた気持ちがグルグルと空回る。


顔をふせてステージから降り、栄子滝口理穂のところへ向かう。

オーナーは謝るより感謝の言葉と言っていた。

しかしこの人たちだけにはちゃんと謝らないと。

アキが深呼吸して口を開く直前。

「アキちゃん、決めたんだね。引越しの準備、手伝うよ」

「何言ってんのよ、滝口。

アキちゃん手伝うほど荷物ないでしょ。あんた下心みえみえよ」

「理穂も滝口もいい加減にしないか。それよりアキちゃん。行く前にまたバイク乗ろうね」

「ちょ、栄子さんズルぃいい」

「栄子さんがバイク出すなら私はいいグラスプレゼントするわ」

「じゃあ俺だってまた海に船出すぜ」

わいわいと騒ぎ出す。


言い出すタイミングを逃し、騒ぐ三人を見てぽかんとする。


「ほらな。作り笑いでも笑顔だけで良いって言ったろ」

後ろから肩をたたかれる。オーナーが柔らかな目でウィスキーを口につける。

そして騒いでいた三人がいっせいに抱きしめた。


「幸太の実家行ったら、まずアレだな、アレ。

あいつが昔集めてたエロい本発掘!」

「あー、あいつ結構フェチだったからね。アキちゃんの反応楽しみだわ」

滝口と理穂が大笑いする。


「焦ることはないさ。安心して少しでも幸太を感じておいで」

笑いがおさまったところで栄子が優しく頭をなでた。


空回っていたものがどこかで少しかみ合った気がした。


見ている携帯電話には栄子、滝口、理穂、

オーナーとアキが写っている画像が表示されていた。


『今度は幸太がいないんだよ』


遺影の方を見てそっと心の中でつぶやく。

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