六十二升目。
「アキちゃんふっきれたかな?」
笑顔を見ながらグラスをかかげる滝口。
「ふっきれたとは違うね」
横にいる栄子を見る。
「今回のことで前みたいに自分と周りが少し見えるようになってきた、
落ち着いてきたというか。ま、雨降って地が固まったってところかね」
「自分と周りが、ですか」
「そ。あの子は気がつきすぎるほど気がつく子だった。
気づかい過ぎて自分を傷つけるんじゃないかってほど。でもそれは・・・・・・」
「それは?」
「それは自分が傷つきたくなかったからだろうね」
「?」
「周りに気を使うことで自分が傷つくことを少しでも減らしたかったのさ。
アキちゃんの家出した理由とここまできた話は知ってるだろ?」
黙ってうなずく。
「あの子はそうやって自分と周りをよく見て、強くふるまってきたんだ。
あたしも話を聞くまで気がつけなかった。
最初は明るくて凄く察しのいい子としか思ってなかったよ。
歳とってるのに情けない話さ」
栄子にしては珍しく自嘲したような笑みをした。
しばらく二人は黙り、笑顔で皆に囲まれているアキを見ていた。
「幸太が」
「ん?幸太がどうした?」
「幸太がアキちゃんを変えたように思います。
いやあの、死んだ後じゃなくて。いや死んだ後もなんですけど、
そっちは悪い方向で・・・・・・」
「そうだね。幸太と暮らすようになって、
いつの間にか無理な気の使い方はしなくなってたのかもしれない。
またそんな無理するようなことにならないようにしなくちゃねえ」
「アキちゃん不安で不安で生きてきて、
せっかく安心できる場所見つけたってところで死ぬんだから。
あのバカは。まったくどうしようもないわね」
後ろからの声に二人ふりかえる。
「よお、理穂。泣き虫はおさまったか?」
「うっさい」
理穂は手のひらで滝口の頭をぴしゃりと叩く。
くくく、と理穂を見て笑う栄子。
「なんですか、栄子さんまで」
「いやなんでもないさ」
『こっちも雨降って地固まりそうだ。涙雨だったけどねぇ』
そう想いながらグラスをかかげた栄子。
それはアキか、幸太にか。それとも二人ともにか。




