五十六升目。
日中とはいえ秋も深まってきた霧雨が体にまとわりつき体温を奪う。
『寒い。寒いなあ。ボクこれからどうしようかな。
理穂さん幸太のこと好きだなんてぜんぜん気がつかなかった。
ボク、ばかだな・・・・・・。ずっとばかのままだ』
自虐するような笑みが浮かび涙が頬をつたう。
適当に電車に乗って適当に降りた町。
体を温めるため雨宿りをしようと思ってもどこに何があるかわからない。
その上幸太から渡された財布も携帯も置いてきてしまった。
今はカエル柄の小銭入れに五千円と少しだけ。
みんな置いてきて自分をいなかったことにしたかった。
幸太と会う前の荷物だけ持って町を歩く。
ガラガラガラとキャリーバックを引きずり歩いていると、
少し大きい公園が目に入った。
東屋がある。あそこなら少しはマシだ。判断し東屋へ向かう。
公園は町外れの少し人気のないところだった。
しかもこの寒い霧雨の中。誰一人いない。
東屋でキャリーバックを開けタオルを出し体をふく。
服も着替えたいところだけどそうも行かず、
チュニックと羽織るものを探し出しさっと着る。
『これならパンツと組み合わせてもおかしくないな。
メイクしてないけど・・・・・・大丈夫、だよね』
うん、と納得して独りうなずく。
うなずいてから、こんな時にも女装のこだわりをしている自分に気づいて苦笑。
――――――
理穂は明け方に目を覚まし、書置きを見つけ、
すぐに滝口と栄子に連絡をとった。
滝口が迎えにきて、そのまま栄子のガレージへ。
理穂の腕は震えながらアキが置いていった携帯と財布を抱きしめ、
滝口と言い争いになりそうなところを栄子に厳しく叱りつけられ、
それから穏やかな声でなだめられた。
滝口に濃い目のコーヒー。
理穂にはミルクたっぷりのココア。
「ゆっくり飲んで、温まって。そして落ち着こう」
自分には紅茶を淹れ、三人テーブルを囲う。
「アキちゃんがどうやってどこに行ったのか・・・・・・。
今慌ててもわからないものはわからない。
理穂、それ飲んだらシャワー浴びて化粧しておいで。
服も着れそうなの勝手に選んで着ていいから」
「え?でもそんな時間あるなら早くアキちゃ」
理穂のか細い声をさえぎり、
「落ち着こうって言っただろ。あたしたちが今慌てても何も出来ないって。
だからあんたがシャワー浴びて化粧してる間くらいの時間はあるんだよ。
その間に滝口と打ち合わせしてオーナーにも声かけたり、
出きることはやっておくから。そしたら探しに出かけようじゃないか」
「でも、でも」
「いいから早く行っておいで。それこそ時間の無駄ってもんだ。
それに理穂、あんたそんなひどいなりでアキちゃんに会うつもりかい?」
理穂はハッとした。
慌ててそのまま来たために、服は昨夜のまま。
メイクは崩れている。
その様子を見て栄子は、
「そんな化粧ならすっぴんのほうがまだいいさ」
元気づけるように笑い飛ばし、シャワーへと追いやった。
――――――
しばらく東屋で雨宿りしていると霧雨は止み、
雲の合間から日が差してきた。色々な疲れが出たところに、
ほんのりと暖かい日差し。
少しほっとして体を温める。そのうちに少しウトウトとしてしまい、
呼びかける声で目を覚ました。
「おじょうちゃん。おじょうちゃん、目が覚めた?
こんなところで大きな荷物持って一人で寝ちゃってたけどどうしたの?」
逆光のせいで一瞬幸太を思い出したが、
それはまったく知らない、少し嫌な笑い方をする中年男性だった。




