五升目。
ファミレスの帰り、幸太は明子を連れてスーパーに寄った。
真っ先に酒売り場へ向かいビールをぽいぽいとカゴへ入れてゆく。
その手が、ふと、止まる。
「どーしたの?幸太」
「むぅ・・・・・・。」
「なに唸ってるの?」
「いや、久しぶりに飲みたいなと思って」
幸太の視線の先を明子が見る。
そこにあったのは、瓶ビール、ユビス。
「そんなに悩む事なの?」
ぽかんとした表情。
その問いに明子、と呼びかけた幸太だけど、
『あれ、明子でいいんだよな。今まで名前で呼ばなかったからな。
アキじゃないよな。女装してるから明子って呼んでいいんだよな。
自己紹介された時そんな事言ってたよな、こいつ』
初めて明子を名前で呼ぼうとしてしばらく戸惑う。
「幸太ー。おーい、こーたー」
背伸びをしてほっぺたを人差し指でつついてくる。
ぷにぷにとつついてくる。
そこで戸惑いを振り切って幸太は名前を呼んだ。
「いいか明子。これはユビスビールと言ってだな、
ありがたい愉比寿様が描いてあって、しかも瓶だ」
「うん。なんかお魚釣ってるね」
「そうだ。そんな凄いビール様なんだ。高級品だ」
「高いの?」
「高い」
「でもさ、昨日はお外で飲んでたよね。
お外で飲む方が高くないの?」
「昨日は飲み放題チケットあったんだよ。
九十分で千二百八十円のチケット」
「でも他のお店も行ったんだよね」
『余計な話覚えてるなあ』
溜息をついてから
「俺だってそれなりに雰囲気とか酒とか選んで飲むの。
たまには外で飲みたい気分だったり、それが昨日だった。それだけ。
そしてその為にはガブガブと家で飲むのは安くしておくんだ」
「涙ぐましい努力だろう」
胸を張って言う。
「そーなのかなあ」
「そうなの。そういう事があるんだよ、大人には」
「大人って酒量をわきまえてる人だって聞い・・・・・・」
無言でユビスの瓶を三本カゴに入れて幸太はさっと歩き出した。
明子がまた、あのとてとて小走りで追いかけてくる。
「待ってよー。せっかく名前で呼んでくれたのに」
「名前で呼ばなきゃ不便だろーが」
「うん。でも嬉しかった」
追いついた明子がぴょんぴょん跳ねながらついてくる。
「あれ、幸太、レジ行かないの?」
「まだ買うもんがあるんだよ」
スーパーの中をぐるりと回りながら
「明子、お前、食べれない物とかあるか?」
「机と椅子は食べれないかな」
「どこの大陸の話だよ」
「あはは。冗談だよー。
誰かに前に聞いたんだ」
幸太は一呼吸おいて
「とりあえず食べれないものは無いって事でいいんだな」
「うん、大丈夫」
二人はもう一回スーパーの中を回って食材をカゴに入れてレジへ向かう。
帰り道。
明子が楽しそうにレジ袋をふって歩く。
幸太が全部持っていこうとしたのだけど、
「ボクも持つよー」
「こーゆうのは男の役・・・・・・。あ、そうか」
「うんうん、そうだよ。でもありがと」
「ありがとうってなんだよ」
「えへへ」
そして二人でレジ袋を持って歩いていた。
「うーん・・・・・・」
空を見上げながらうなる明子。
「どうしたんだ?」
タバコをくわえたまま聞く幸太。
「星がみえないなーって」
「あー、星か。確かにこの辺じゃ見えないな」
「幸太は星好き?」
「嫌いじゃない」
「なんか、答えになってない」
そんな会話をしてるうちに家に着く。
「明子ー。ビール冷蔵庫に入れておいてくれ」
「適当に入れちゃっていいの?」
「冷凍庫には入れるなよ」
「それくらいわかってるよーっ」
ほっぺたをぷくっとさせながらキッチンの幸太を見る。
何やら神妙な顔で買い込んだ食材で調理をしていた。
「お料理?」
「そ、お料理。晩飯。もう少し時間かかるから。
お前は先に風呂入っとけ」
「幸太ってお料理できたんだー」
「いいから早く風呂入れ」
「はーい」
明子が風呂から出てくると、
食卓の上には色々と並べられていた。
色々と。
「なに、これ」
「ズッキーニのファルシ。ミネストローネスープ。
キノコリゾット。あとはなんか適当に。」
「幸太が作ったの?」
「お前と二人しかいないのに誰が作るんだよ」
「よ、妖精さんとか!」
「食わないなら別にいーぞ」
驚いている明子を面白がってからかうように言う。
「それより風呂入っても明子のままかよ」
ワイングラスを一つ用意しながら明子を見る幸太。
「うん。まだ明子だよ」
「ま、とりあえずてきとーに座れ」
「うん」
「ほれ」
ワイングラスを明子の前へ置き、白ワインを注ぐ。
「お前さっきスーパーでチューハイ、カゴに入れてただろ」
ワインを注いで笑って言う。
「うん。あ、お金払わなくちゃ」
「いいよ。別にいいけど、
とりあえず今は料理に合わせてワインな」
「幸太は?」
「ユビス様」
「それだけ?」
「それだけ。晩飯の量もちょうど一人分くらいだろ」
「また食べないの?」
「食欲ないんだよ」
そう言いながら棚に飾ってある写真を見る。
「こいつもユビス、好きだったな」
明子もその写真を見る。
ユビスが入った小さめのコップが写真の横に置いてあった。
「・・・・・・その人は?」
少し間をおいてたずねる。
「岸田。昔の友達。
白血病であっさり死んだよ」
「ん、んーっと。・・・・・・ごめんなさい!」
「ベタな反応だなあ。気にしなくてもいいよ。
小学生から一緒に学校行ったりしてたんだけどな」
一度言葉を切ってから。
「本当に一緒に行っていたのか、
俺自身の記憶がもうあやふやになっちまった。
いや、あやふやにしてんのかな。
あー、そんな話はいいんだよ。
ほら冷めないうちに食べちまえ」
うつむいて
「う、うん」
気まずそうな返事をする。
「さっきまでの明子らしくないな」
明子の髪の毛をわしゃわしゃと撫でてから、
幸太はビールをもう一本取りに行った。
「むっ。もー、髪の毛ぐしゃぐしゃ!」
冷蔵庫のドアをパタンと閉めながら
「やっぱりそういう方が明子らしい」
またからかうように笑う。
「で、お味はどうですか?」
「うん、美味しい。すっごく美味しい」