四十七升目。
「家って。ボクのお家!?」
「預かってる以上挨拶は必要だろ。ひどいこと言う親でもさ。親は親」
「でもどうするの?会ってどうするの?」
「・・・・・・・」
「幸太、なにも考えてなかった?」
「いいんだよ、こういうのは勢いが大切なんだよ。
ほら支度しろ!」
「支度って、今から行くの?」
「今から行くの。勢いだ、勢い」
――――――
潮風が頬をなでる。夜の暗い海の音。
休憩に立ち寄ったこの海沿いのコンビニが明るく周りを照らしている。
暗さと明るさその境目。
そして海の音がアキの不安をかきたてて幸太の腕にしがみつく。
「歩きにくいだろー」
「だって町に入ったら手もつなげないから」
「そうなの?」
だまってうなずく。
「あっちじゃさ、幸太もみんなも当たり前にしてくれてたけど、
ボクの田舎はさ・・・・・・・」
「そっか。そだったなー。
女装ってだけでなんか変な目で見られるんだっけな」
「・・・・・・うん。
だから今のうちだけくっついてたい」
幸太は頭をなでながら、
「よしよし、わかったわかった。
ただ少しのびしたいから離してもらっていいか?」
「うん」
「くーっ、飛ばしてきたけど疲れたなあ。
お前の実家、ちょっと遠かったな。新潟とはなー」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。別に悪いことしてるわけじゃないんだし。
しかしお前、最初に会ったときはしっかりちゃっかりものだったのに、
甘えん坊になったな」
「そんなことないもん!今でもしっかり幸太のお仕事とかお手伝いしてるし、
飲みすぎには注意してるし!」
「はいはい。助かってるよ。とりあえずコーヒーでも買うか」
言いながらアキの手をとって店内に入る。
「ちょ、幸太、幸太」
小声で呼び止める。
「どした?アキ」
「店員さん見てる」
「そうだね」
「そうだねって、いいの?幸太。男同士で手、つないでさ」
「そんなもんあっちじゃ日常だったろ。近所のコンビニなんてカップルとか思われてたし」
「そうだけど。それはいいんだけど」
「じゃあいいだろー。町入っちゃったら出来ないんだし」
そしてキス。
お客さんは他にいなくて。店員さんの目を盗んで。
初めてのキス。それも幸太から。
しばらく無言で幸太のそでをつかみ顔を真っ赤にしたアキ。
二人は買い物を終えてコンビニのベンチへ腰かける。
「もー!幸太!ばか!ばか!!」
ばたばたと幸太を叩く。
「なに?嫌だった?」
「嫌じゃないけど・・・・・・嬉しいけど、
こんな急に。今までなんにもなかったのにー!
急って言えばなんで幸太、車持ってたの!」
「いきなり流れ変えてきたなー。ここまで乗ってきて今更」
二人がここまで乗ってきた車。赤いMINIクーパー、コンバーチブル。
「使うときあるから車は持ってたよ。
ただそんなに毎日は乗らないしな。お前がきてからは特に使う時なかったし」
「ボクがきてから?」
「そ。ああ、でも気にすんな。お前が、とかじゃなくて、
ちょうど使わない時だったんだよ。だから整備に出してたし。
遊ぶって言えば滝口が運転手してくれたから、気軽に酒飲めたしなー」
「そっか。幸太、バイクは乗ってるのかと思ってた」
「なんで?」
「栄子さんがインパクト強くって」
「あー。あはは、確かに。バイクも乗りたいと思ってるんだけどな。
引き取らなくちゃいけないし・・・・・・・。今度一緒に教習所行くか?」
「うん。でも・・・・・・・」
「でも?」
「お家行ったら・・・・・・ひょっとしたらもうそのまま・・・・・・」
「そういう可能性もあるわなー・・・・・・」
ふう、と一息。
「考えてても仕方ない。とりあえず、行こう」
「うん」
そして二度目のキス。ゆっくりと。静かに。
赤いMINIクーパーは幌を開けて暗い日本海沿いを走り出した。




