三十五升目。
「・・・・・・。
幸太、滝口さん。あのね。ありがとう!」
昔話を続けていた二人へ半泣きの声で言う。
「明子、お前いきなりどうしたんだよ」
「えっとね、えっとね・・・・・・」
半泣きから大泣きに泣きじゃくる明子。
幸太と滝口は顔を見合わせ、二人で明子をなだめる。
「明子。それじゃ何言いたいのかわからん。
とりあえず泣きたいだけ泣いて、落ち着け」
「そうそう、明子ちゃん。泣けるときは泣いちゃって」
「うん。うん、ありがとぉおお」
言いながら泣き続ける明子。
三人はとにかく室内へ入る。
それからしばらく。泣くだけ泣いた明子はリビングで寝息を立てていた。
幸太が膝枕をし、滝口が毛布をかける。
「こいつもな、色々あるんだろうな」
やさしく頭をなでながら滝口に小声で言う。
「そりゃなあ。生きてればそれだけの数、なんかあるだろ」
冷蔵庫からビールを持ってきて幸太に渡す滝口も小声だ。
「なあ、滝口」
「なんだ?」
「岸田、さ。
あいつ死ぬ前まで俺たちの前じゃ明るくしてたけど、
本当はどうだったのかな?」
「本当って?」
「俺たちがいなくなった病室で一人きりになったとき」
「さあな。んなもん、本人しかわからねえよ。
それにな、幸太。本当の、とかそういうのはないと俺は思う」
「なんだそれ?」
滝口はビールを一口飲んで
「あいつが俺たちにみせたあの明るさがその場の強がりとか、
俺たちに気を使って明るくおどけてたとしても、だ」
「しても?」
「それも含めて全部あいつなんだよ」
「なんだそりゃ」
「あー、だからさ。本当の自分とか、そういうのはいないってこと。
いいか、たとえなにかどこかで偽りをしてたとしても、
それも全部含めて、そいつそのものなんだよ。本当の自分とか、
本当のなんたらとか言うのは、逃げるための口上だ。自分は自分しかいない」
「逃げるため・・・・・・。本当の・・・・・・。
んー・・・・・・。よくわからん」
幸太はしばらく考えてからぐびっとビールをあおる。
「俺も説明しきれない」
静かに笑う滝口。
しばらく沈黙の後、膝を枕にしている明子を見て
「なあ、明子はアキで、今は明子なんだけど、
こいつは全部自分だって言ってるんだ。そんな感じのことでいいのか?」
「そうだなー。そういう感じでだいたいあってる、と思う。
明子ちゃんが自分を否定したことなかっただろ?」
「そういえば。男も女装もどっちもそのまま自然だった」
「だからみんな明子ちゃんはすごいって言うんだろ」
「なるほどねー。いまいちなんとなくしかわからないけど」
「だからお前はにぶいって言われんだよ」
今度は少し声を立てて二人、笑う。




