二十八升目。
倉庫に入った幸太と滝口はしばらく立ったままだった。
二人には昔の。
まだ岸田が生きていてバンドをやっていた頃の、
その、光景が見えていた。
始まる前の楽屋での馬鹿話。
客の歓声。ステージの光。
終わったあとの楽屋での気持ちよい疲労感。打ち上げ。
時々ライブが上手くいかなかった日の険悪な雰囲気。
次の日の反省会。
色々なものが見えていた。
「今を見ろ」
二人は後頭部をぴしゃりとオーナーに軽く叩かれて現実へ戻る。
目の前には岸田愛用のギターとベースが数本にアンプ。
作曲に使ってたPCやキーボードなどが置かれてある。
二人を叩いて前に進みながら、
「楽器は手入れは欠かしてない。すぐにでも使える。
PCの方は電源を入れてないからわからない。
どうしたんだ?お前たちがここに来るって決めたんだろう?」
「そうなんですけど、ね。オーナー」
「やっぱり、こう、久しぶりにやつのを見ると・・・・・・」
幸太と滝口は顔を見合わせ交互につぶやくように言う。
オーナーは、ふっと優しく笑って
「実際目の当たりにすればどうなるかお前たちの事はわかってた。
それでもお前たちはずっとさけてたここに来た。
店には来ても、ここには来なかったのに。今夜は、来た。
それだけでも充分だと、あたしは、思う」
アンプに軽くもたれかかりながら、
「今夜はここまでだ。さ、店に戻って飲むぞ」
「え?いや、でも・・・・・・」
言いかける幸太に、
「今のお前らにこれは渡せない。もう少し落ち着いたらまた来い。
納得するまで何度でも、な。それに・・・・・・」
「それに?」
「アキがぽかんとしたままだ。
どうするんだ、これ。男二人が情けない」
「いや、アキも男なんですけど」
幸太のこたえに、
「鈍いやつ」
オーナーと滝口の声が重なる。
「滝口はこういうことには流石だな」
「情けない男でも幸太とは違いますからね」
「お前なあ・・・・・・」
ため息混じりに滝口を見る幸太。
「幸太、行くぞ」
アキを連れ、店に戻るオーナーと滝口。
三人を追いかけ倉庫を後にするその時。
なんとなく。なんとなく後ろを振り返る。
岸田が、いた。
「なに振り返ってんだ。楽しんでこいよ」
そう笑っていた。




