二十六升目。
オーナーが先に歩き、
後に滝口、アキ、幸太が続く。
オーナーの部屋から直接店の倉庫へ続く通路。
そこを歩きながら幸太は岸田のことをアキに話す。
「ほら、写真あったろ。俺の部屋に」
「うん。あの白血病で亡くなったっていう」
「そうそう。あいつ。で、あいつがな、
死ぬ前にバンドやっててさ。俺も一緒にやってたんだ」
「幸太がバンド?」
「そんな意外か?」
「ううん。でも今の幸太みてるとバンドとかやってたように見えない」
「それ、意外だって思ってるってことだろ」
笑いながら幸太はアキの頭をなでる。
「その頃は、さ。俺もこんな仕事やるとは思わなかったし。
滝口や理穂とバカみたいに騒いでな。栄子さんとこでライブやったり、
勝手に秘蔵の酒飲んで怒られたり」
「栄子さんのところで?」
「あのガレージでな」
「あんときゃ、本当バカばっかりやってたな」
先を歩いてる滝口が振り向きながら言う。
「でもお前と理穂と岸田はバカやりながら将来をはっきり決めてただろ」
「俺は家をつがなくちゃいけねーってんで、
決めてたんじゃなくて決まってたから遊べる時にバカやってたんだよ。
しっかりと計画立ててたのは理穂と岸田だ。
あいつらは一緒に騒ぎながらまっすぐ目標みてたからな」
「そっか」
少しの沈黙。
「・・・・・・それで岸田さんって?」
アキは幸太を見上げ、聞く。
「岸田、な。あの頃、俺はあいつと滝口と理穂や他のやつらと騒いでてさ。
ずっとそのままだと思ってたんだ」
「うん」
「しばらくして、バンドでプロにならないかって話がきてな」
「すごい!」
「栄子さんが裏で助けてくれてたんだよ」
さっきから遠くを見るような表情で微笑んでる幸太。
「それで紹介されたのが、オーナー」
「なんの見どころもなければ栄子の頼みでもあたしは断ったよ。
お前たちの実力さ。栄子だってそう思ったから紹介したんだろ」
オーナーはそれだけ言うとまた黙々と歩く。
倉庫へ直接行く通路は少し長い。
「栄子さんとオーナーさん・・・・・・」
「それで、まあ、岸田がちゃんとメンバー揃えようって言ってさ。
募集したりオーナーから紹介されたりでメンバー決まって、
じゃあデビュー曲作って出す!ってとこで、あいつ倒れやがった」
「・・・・・・白血病?」
「そう。白血病。バンドのことはリーダーのあいつが全部仕切っててさ、
俺たちじゃメンバーとかうまくまとめられなくてな。自然と解散。
あいつは、悪い悪い。でもやりたいだけやったから満足だ、とか言って、
病院のベッドで笑って謝ってんだよ」
「・・・・・・幸太?」
アキの肩をつかむ幸太の手が少し震えてるのを感じてアキは振り返る。
幸太は無言でうつむいてる。
滝口も黙ったままだ。しばらく沈黙が続く。
話が先にすすまない、と軽く舌打ちをしてオーナーが口を開いた。
「ったく、お前たちはしょうがないな。アキ、あとはあたしが説明する。
岸田はそのまま死んだ。ドライな言い方だけど、死んだ。死んだものは帰ってこない」
「はい・・・・・・」
「遊び仲間もバラバラ。当時から今こうやって付き合いあるのは、
幸太と理穂と滝口くらいだろう」
「・・・・・・」
「理穂はまっすぐ目標に向かったよ。
あの子は芯が強い。滝口は大人しく家業ついで魚屋だ。
幸太は、ほうけてどうしようもなかった。だから」
「だから?」
「無理やり海外に連れてって放置してきた」
「ええええ!?」
「それくらい荒療治しなきゃいけないくらいだめだった。
流石に何かあればすぐに連れ戻せるように、現地の友人に頼んで様子は見ててもらったよ」
「それで、それで連れ戻してきたんですか?」
「いや」
オーナーは振り向いてニヤっと笑い、
「一人で帰ってきた」
安堵の表情がアキの顔に広がる。
「ま、それでも完全に立ち直ってはいなかったけどな。今も、あの時も。
しかし、な。今夜、岸田の置いてったバンドの機材。
ずっと触れないようにしてたのを引き取りにきたってのは何か越えれたのかね」
振り返りしばらくアキの目を見て。
「きっかけは・・・・・・」
一人呟く。
咳払いをしてから
「幸太は海外で下積みから建築を学んできた。仕事もしてきた。
もとからコイツにはそういう才能あったんだ。
滝口は家業だからと文句言いながら良い魚を仕入れる。理穂は会った通りだ」
「はい」
少し引き締まった顔でこたえるアキ。
「とりあえず帰国後の幸太の初仕事はここだ。
この店建てさせた。栄子の店に影響されてたのがあって、
作りが似てしまったけどな。あたしは満足してるよ」
「このお店幸太が・・・・・・」
「あいつがバンドやってたより意外だろう?」
ふっと笑いながら、言う。
「次の仕事はギャラリーと倉庫と事務所欲しがってた理穂のビル。
あそこはあたしの持ちビルでちょうど誰も入ってなかったから全部改装した。
小さいとは言え、ビル一個の大改装だ。理穂一人に支払いはきつい。
お金の足りない分はあたしが立て替えてある。いつでもいいと言っておいたけど、
その支払いと家賃はちゃんと毎月もってくる。理穂はああ見えて必死だよ。
これはここにいるやつら以外には言うなよ。
それから幸太にもそこそこ順調に仕事が入るようになってきてな」
アキが何か言おうとした時。
「さて、あいつの。岸田専用の倉庫だ。
そこの男二人!しゃっきりしろ!!」
ぴしゃりと言いつける。
言いつけられたほうは背筋を伸ばした。




