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  おかしなお茶会



 未だに森の中を歩いていると、どこからか、賑やかな声が聞こえる。


「…なんだろう?」


 そう呟くと、白ウサギは私の顔を覗きこみ、気になる?と聞いた。私は頷く。


「じゃあ混ぜてもらおうか」

「え? 混ぜてもらうって?」


 白ウサギはにこりと笑い、お茶会に、と言った。良かった、いつもの笑顔。


 ――…にしても、お茶会? お茶会って、ティーパーティーだよね。こんな森の中で?


 疑問はいろいろ浮かんだけれど、なんだか面白そうなので、私はそのお茶会とやらに行くことになった。







   ◇


「ふふ、なんて今日はいい日なのかしら」

「本当だね。天気は良好、景色も最高、お茶は美味い! こりゃ、お祝い日和だ♪」


 やけに楽しそうな声が、ふたつ聞こえる。めでたい、とか、おめでとう、とか、そんな言葉がひたすら飛び交っていた。


 姿が見えるまで近くに来ると、見事にセッティングがされている。


 まるテーブルには、裾にレースの付いた純白のテーブルクロス。お洒落なティーセットがいくつも置いてあり、カップには紅茶が注がれている。

 ケーキやパイ、サンドイッチ等もあって、確かにお茶会って感じ。


 ただ………、荒れている。それはそれは、酷い有り様だ。


 カップは倒れているものや、下に落ちて割れているものもある。

 ケーキは崩れ、フォークが刺さったまま。ティーポットは倒れて、中身が零れて白い布に染みを作っていた。


「なんか……壮絶だね」


 呆然としながら言うと、白ウサギは苦笑いを浮かべる。


「あら? そこに居るのは白ウサギさんじゃなくて?」

「あ、本当だ。案内人がなんで森に居るんだよ」


 私達に気づいたのか、テーブルを挟んで座っていた二人が振り向く。


 ひとりは大きなシルクハットを二つ重ねて被り、シャツに紺のベスト、チェックのネクタイにそれと同じ柄のショートパンツをはいた男の子だ。まだ声が高く、体も小さい。


 もうひとりの女の子は、桃色のウサギ耳に、淡い薔薇色の着物を着ている。ニンジン柄なのは、まぁ気にしないことにして。砂糖菓子みたいな甘い容姿は幼く、たぶん男の子と同年齢だと思う。


 二人とも子供ながらに、服装は紳士・淑女だ。アンバランスだけど。


「久しぶりだね。帽子屋、マーチ」


 白ウサギは、片手をあげて挨拶する。久しぶり、ってことは知り合いよね?


「どうしたんだー、こんな所で。森になんか用事でもあったのか?」


 シルクハットの少年が、カップにお茶を注ぎながら尋ねる。あれ? そのお茶緑色なんだけど……。っていうか、溢れてる溢れてる!


 少年は、あちっ!と言って、カップを倒した。お茶が指に触れたらしい。涙目で、指に息を吹きかけている。


 ――なるほど、これがカップの倒れてる理由ね。


「ちょっと道に迷ってね」


 困ったように笑い、倒れたカップを直す白ウサギ。

 ――えっ! 迷ってたの!?

 これは衝撃的。だってそんなの一言も言ってない。


「まったく、相変わらずのほほんとしてるなぁ。案内人が方向音痴でどうする」

「こらこら帽子屋。あまり責めないの。せっかくおめでたい日なんだから、笑ってましょう」


 大人顔負けの上品な言葉使いをするウサ耳の女の子は、少年の指を優しく撫でる。なんていうか、微笑ましい。


「ところで白ウサギさん。その隣にいるお姉さん誰かしら?」


 女の子が私に視線を向けて、白ウサギに聞く。目が合って、ドキリとした。

 あ、そういえば、この子は瞳が赤じゃない。同じウサギなのに。


「ああ、彼女はアリスだよ」


 …何度も言うけど、私の本名は有栖川唯。

 ため息をつきつつ、チラリと二人を一瞥すると、少年少女、共に目を見開いていた。


 ――な、なに? その驚愕の表情は……。

 しかもダブルセット。


「あ、アリスだって!?」

「まぁ、こんな所で会えるなんて……!」


 少年はお茶を噴き出し、女の子は勢いよく椅子から立ち上がる。このオーバーリアクションにも、だいぶ慣れてきたわ。


「そうか、次のアリスが……。そうだよな、もう一ヶ月たつし」


 なにやらブツブツと呟いている。次とか一ヶ月とか、なんのことだろう?


「初めましてアリス。私は三月ウサギ。マーチと呼んで」


 折り目正しくお辞儀するウサギちゃん。容姿はフランス人形みたいだけど、こうすると、大和撫子だ。


「え、いや、はい。よ、よろしく」


 つられて私もぺこりとお辞儀。生憎、礼儀作法は詳しくない。つい慌てちゃう。相手は子供なのに。


 ウサギの女の子、マーチは顔をあげ、ふわっと微笑んだ。


「こんなに早くアリスと会えるなんて、光栄ですわ。わたくし、とても嬉しいです」


 うわっ、可愛い……!

 かんざしがさされた栗色の長い髪に、白いマシュマロの肌。頬は淡くピンクで、瞳は若草色。この顔で微笑んれたら、まいる。本当、可愛すぎ。

 なんかぎゅーっと抱きしめたい衝動にかられる。


「おーい、オレを無視するなって」


 マーチにときめいていたら、横から少年が不機嫌そうに口を挟んだ。


「ご、ごめんね。君の名前は……?」

「オレは帽子屋。よろしくなアリス」


 そう言って、帽子屋はシルクハットをひとつ外し、パチンとウィンクした。

 シルクハットをわざわざふたつ重ねて被っているのは、全く理解できないが。


 ――こだわり? それとも帽子屋というくらいなんだから、商品なのかな?


 思えば、まだ子供なんだけれど。


「そういえば、白ウサギさん。眠りネズミ元気か?」


 帽子屋が、ふと思い出したかのように白ウサギに尋ねた。

 ――眠りネズミ?

 なんの話だかわからない。


「元気だよ。今じゃ城でしっかり働いてる」


 白ウサギがお馴染のにっこりスマイルで答えると、帽子屋とマーチは、そっか、と吐息をこぼした。

 懐かしむように、二人して目を細める。古い友達とかかな?


 私がじっと見てたせいか、マーチと目が合った。そして私の考えに気づいたのか、分かりやすく説明してくれた。


「眠りネズミっていうのは、お茶会メンバーの一人だったの。私達より年上で、今はお城で女王様に使えてますの」

「アリスこれから城行くんだろ? 会ったらよろしく言っておいてくれ」

「いいけど……、なんでその、眠りネズミさんはお城に行ったの?」


 私がそう尋ねた途端、白ウサギの顔色が変わる。いや、あくまで気がする、だけれど。

 ――なんかいけない事言っちゃったかな?


「え、と……」


 私が戸惑いがちに二人を見ると、帽子屋はチラリと白ウサギを一瞥し、口を開いた。


「ここ森だからさ、猫がよく出るんだよね」

「猫──チェシャ猫のこと?」


 少年はこくりと頷き、お茶に手を伸ばす。中身は緑色。紅茶ではない事は確かだ。


「それって、緑茶よね? ティーカップで飲むなんておかしくない?」

「はぁ? アリスは礼儀知らずだなぁ。最初の二杯が紅茶で、メインは緑茶。お茶会のルールだろう?」


 呆れたようにため息をつく帽子屋。マーチもなんだか苦笑いしてる。

 ――そんな常識知らないもん。やっぱりこの世界変だわ。


 私が眉間に皺を刻むと、少年はやれやれ、と肩をすくめつつも、再び喋り始めた。


「えーと、どこまで言ったっけ? ああ、そう猫だ猫。そのチェシャ猫っていうのが毎回眠りネズミにちょっかい出してさぁ〜。ついに耐えられなくなった眠りネズミが、こいつの居ない所に行く!って言って、飛びだしたんだ」

「そこがお城?」

「他に思いつかなかったんじゃん?」


 友達だというのに、ずいぶん投げやりだ。まるで他人事。もうちょっと心配してもいいのに。


「チェシャ猫は人をからかうのが趣味みたいですから、嫌っている人が多いのです」


 マーチはそう言い、サイドのおくれ毛を耳にかけながら、困ったように笑う。うーん、やけに様になる。


「お姉さんはもう御会いになりました?」


 体ごと向き直り、そう聞いてきた。

 一瞬、誰に聞いているのか分からなかったけど、こっちを見てるから、私なんだろう。


「う、うん。なんか、変わった男の子だった」


 どもりながらも答えると、マーチはふふっと笑う。

 西洋系の顔立ちなのに、なんで着物似合うのかな。


「お姉さんなんて普段言われないから、焦ったよ」


 隣にいる白ウサギに小声で言うと、彼はひょいと片眉をあげた。


「兄弟いないの?」

「うん、一人っ子だからさ。私的には欲しかったんだけどね」

「………そう」


 私達がこそこそと話していたのを誤解したのか、帽子屋が口を挟む。


「チェシャ猫の事、あんまり邪険にするなよ。ただ、根が悪い奴なんだ」


 猫をかばうような言い方。でも、全然フォローになってない。


「べ、別に邪険になんかしてないわ」

「そ? ならいいけど」


 ――まぁ、確かに小さくされたのは嫌だったけど。

 心の中で付け足した。

 帽子屋は、チェシャ猫のことそれほど嫌ってないみたい。




「じゃあ、そろそろ行こうかな」


 しばらくお茶会に混ぜてもらい談笑していたら、ふと白ウサギが腰をあげそう言った。

 独り言のようなそれは、明らかに私に向けられたもの。


「もう行ってしまうの? せっかく今日はおめでたい日ですのに……」


 泣きだしそうな声で、ウサ耳少女は目をうるわせる。この上目使いは犯罪的だよ。


「あのさ、ずっと思ってたんだけど、何がそんなにおめでたいの?」


 私の問いに、答えたのは帽子屋だった。


「だって今日は晴れだろう? しかもマーチと二人きりだった。いつもよりケーキも上手く焼けたし、その上アリスが来たっていうんじゃ、これ程めでたい日はないね」

「…よく分かんない」

「もうっ、バカだなぁ!」


 バンッ、とテーブルを荒々しく振動させる帽子屋。子供じゃなきゃ、叩いてるところだ。

 どこがそんなにおかしいのだろう。私ほど平凡という熟語が似合う女子高生はいない。


「じゃあな、アリス。今度会うときまでには、作法習えよー」

「こら、帽子屋。ごめんなさいねお姉さん。いつでも待ってますから、今度はもっとゆっくり話しましょう」


 そんな言葉をうけて、私達はお茶会を退出した。


「あ、アリス」

「え?」


 帽子屋に呼びとめられ、私は首から上だけ振り返る。少年は大きなシルクハットを外し、手元でくるりと一回転させ、


「嫌いなものは大好きで、好きなものは大嫌い。惑わして導いて、最後に拐う。いったい誰のこと?」


 悪戯する子供みたいに、ニッと笑いそう言った。当然意味の分からない私は首を傾げる。


「答えが分かったら教えろよ」


 別れ際になぞかけを引っ掛けるなんて卑怯だ。もしかしたらもう会えないかもしれないのに。

 帽子屋に私が文句を言おうとしたら、突然腕をひかれた。目線を上に上げていけば、赤い瞳と視線が絡む。


「行こう、アリス」


 口を開いた私を遮るように言う白ウサギ。有無を問わないその笑顔に、私は仕方なく言葉を飲み込み、お茶会メンバーに背を向けた。










   ◇


「失礼だわ。私そんなに常識知らずじゃないもん」


 歩きながら、愚痴をこぼす。


「向こうの常識は此方の非常識」

「え?」

「もちろん逆も」


 白ウサギがくすくすと笑い、私に言った。片手はやっぱり握られている。


「そうなんだ。でも、白ウサギはわりと普通よ?」


 この不思議な世界で一番。いや、唯一と言ったところだろうか。

 見た目は変わっているけど、中身は多少ずれは有りつつも、変じゃない。


「僕は案内人だからね。アリスを混乱させてはいけない。本当は、僕等から見ると君はとても変わっているよ」


 なんだか、ショック。寂しいじゃない、そんなの。

 ぎゅっと手に力を込めると、強く握りかえしてくれた。


「あ」


 急に思いたったように、白ウサギが声を漏らす。なに、と彼を見ると、申し訳なさそうにウサ耳を垂らしこう言った。


「城への道筋聞くの忘れた」

「………」


 その後私達は再びお茶会に戻り、嫌味とからかいと道を聞くことになる。


 どんなに優しくて一般的でも、方向音痴な案内人は嫌。










不安と葛藤。だけど私は進んだ。これから起きることなんて知らずに。

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