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  気まぐれな悪戯




「ねぇ、なんで私達お城に行くの?」


 もう何度目になるだろう問いを、私は隣のウサギに尋ねた。そして彼は、また同じ答えを言う。


「着いてからの、お楽しみ」


 片目をパチン、とウィンクしながら。最初はドキッとしたけど、これにも、もう慣れてしまった。私はわざとらしくため息をつく。

 歩いて歩いて歩いて。いったいどのくらい経っただろう。周りの風景は、相変わらず可愛くて、見てて飽きないものだけど。

 色彩淡い花は和むし、陽気は穏やかだし、風は爽やかだし、なんか歌も聞こえてくるし。文句はないくらい、平和な世界。


 だからといって、なんで私は此処にいるのかな。もしかして夢オチ?

 私が悶々としてると、肩を叩かれた。


「なに? 白ウサギ」


 彼にしては、少し手荒いな、とか思ったけど、私は何も疑わず振り向いた。だけど、私の視界を占めたのは、知らない少年。


「アリス!」


 白ウサギが叫んだのと、私が腕をひかれたのは、どっちが早かったか。

 気がつけば見知らぬ少年に横抱きされ、あっという間に、白ウサギから離れていってしまった。



「え……えぇ!?」


 私はやっと事の大きさを自覚して、声を張り上げる。しかしその時には、もうずいぶん距離がある所まで連れてかれていた。

 先程のほのぼのした景色ではなく、薄暗い森。風が吹くたび木の葉がざわついて、なんだか不気味……。


「くくっ、あんた鈍くない?」


 彼は私を地面に降ろし、喉の奥で笑ってみせた。それにムッとしながらも、改めて見ると、またまた変わった人。


 ピンクと紫のボーダーの、センスを疑うような服を着てる。顔立ちが少しだけ幼くて、15歳くらいかな? 外見から見て多分年下。

 そして、柔らかそうな銀髪に、桃色の瞳。これだけで充分人間離れしてるのに、きわめづけは紫の尖った耳と長い尻尾。

 なんていうか、猫のコスプレ? 歯も爪も鋭いんですけど。


 私が呆然としてると、猫少年はつり目気味の瞳を細め、裂けそうなくらい口角をつりあがらせる。


「変な奴、って顔してるぜ?」


 心を読まれた。私、そんなに分かりやすいかな。軽くショック。


「あ、あの……君、だれ?」


 なんて言おうか迷ったけど、いちばん妥当なことを尋ねた。彼は尻尾をユラユラと揺らしながら


「人の名前聞くときは、自分からが礼儀だろ? アリス」


 耳元で囁く。吐息がかかって、ゾクッとした。私は勢いよく離れ、熱を帯びる耳を押さえて彼を睨む。


「へぇ? 耳弱いんだ」


 愉快に笑う年下の少年が腹立たしい。すごい生意気だ。しかもなんか余裕だし。


「名前教えてよ」


 彼はしつこく私に尋ねる。っていうか、近い近い近い! 息が顔にかかるってば!


「あ、有栖川唯……」


 なんとか声を絞りだしそう言えば、少年は私から離れた。

 ――思えば、名前聞かれたの此方に来て初めて。みんなアリスっていうんだもん。

 こんな些細なことで嬉しいなんて、やっぱり変な世界に来て不安だからかな。


「ふーん、唯か……。あ、オレはチェシャ猫。まぁ以後ご贔屓に」


 少年──チェシャ猫は、笑みを深くして言った。その笑顔が年不相応に妖艶だったから、僅かに心臓がはねる。


「チェ、チェシャ猫」


 猫は、なに?と目で聞いてきた。


「なんで私を此処に連れてきたの? 白ウサギが……」

「白ウサギは素晴らしいよな」

「え?」


 私は首を傾ぐ。今のって、褒めたんだよね? 少しトゲのある言い方だったけど……。


「白ウサギの偏愛。アリスは独り。正常な住人。オレは素直。まったくもってくだらない」


 急にベラベラ喋り始めたと思ったら、ため息を吐いて、やれやれと首をふる。なにが言いたいのか分からない。


「そんなアリスにプレゼントフォーミー」

「……フォーユーじゃない?」

「猫特製、魔法のチョコ」


 ――無視って酷い。

 私は口を尖らせつつも、目の前に出された粒を見つめる。ショッキングピンクの丸い飴みたいだ。とりあえずチョコには見えない。


「魔法のって……すごく胡散臭いわ」

「美味いぜ? その上甘いのなんのって。騙されたと思って食べてみろよ」


 だからなんで上から目線なの、と考えながら、私は飴──絶対チョコと認めない──を手にとった。

 ――信じて大丈夫かな……。

 とっても不安だけど、チェシャ猫がジッと見つめてるので、私は仕方なくそれを口に放りこむ。


「ん!?」


 その瞬間、少年が柔らかい手の平で私の口を塞いだ。さすが猫。肉球みたいな感触。

 ううん、そんな事は今どうでもいい。私がなにするの!?と叫ぼうとした時、口内に苦味が広がった。


 吐気がこみあがる程、この粒は不味かった。本当に食べ物かさえ怪しい。

 ――甘いって言ったのに…! 本当に騙された!

 私は苦さに耐えられず、だけど口が開かないため吐くこともできず、結局ゴクリと飲み込んでしまった。

 猫はそれを確認すると、やっと手をはなす。私は咳き込みながら、少年を睨んだ。


「嘘つき……!」


 チェシャ猫は心外だと言わんばかりに、肩をすくめる。


「オレは真実しか言わない」

「そんな事言って! この飴」


なんなの、と言うより早く、私は異常事態に気づいた。


 私と同じくらいの背丈だったチェシャ猫が、かなり大きい。

 違う。彼が大きくなったんじゃない。

 私が小さくなったんだ。


「な、なにこれ……」


 足元までしかなかった花が、今は見上げなきゃ見えない。チェシャ猫に至っては、大きすぎて表情が分からなかった。


「可愛いじゃん。ミニマムサイズ」


 チェシャ猫は屈んで、楽しげに私をつつく。すごい大きさの差だ。ちょっと、爪ささるって。


「ヤダ、もとに戻してよ!」


 これは笑えない。私が必死に懇願しても、猫は笑うだけ。なんて性格悪いの!


「いいじゃん、軽く冒険してきなよ」


 そう言い放ち、チェシャは立ちあがった。ものすごく嫌な予感がする。そしてその私の予感は当たってしまった。


「じゃあまたどこかで会おう」

「!! 置いてく気?」

「平気だよ。アリスは人気者だから、困ったらみんなが助けてくれるんじゃん?」


 どうして疑問系なの! そもそも現在進行形で困ってるんだけど!?

 私はチェシャ猫の足にしがみついた。このまま置いてかれるなんて、冗談じゃない。よりによって、薄暗い森よ?


「放せって」

「嫌。どうしても置いていくなら、せめてもとに戻して!」


 私がいやいや、と首を振ると、少年は困った、と全然困ってない口調で言った。


 チェシャ猫はしばらくの間くすくす笑ってたけど、おもむろに私をつまみはがす。


「またね♪」


 引き止める隙もなく、軽い足取りでくるりと一回転して、猫は消えた。


「…消えちゃった……」


 ファンタジーすぎる、とか、ホラーだ、とか。思うことはたくさんあるけど、そんなのどうでもいい。絶望的な状況。


「白ウサギぃ〜」


 私は半ば涙声で彼を呼んだ。返事はなかった。










君の第一印象は、最悪だったよ

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