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  想いの丈


 ───あの頃の私は




 もう帰れないと分かったとき、私は本当に悲しくて。

 部屋にひきこもり全てを拒絶した。

 夢だと信じて眠り、だけど目が覚めてもそこは狂った世界。自分はアリス。


 義務的な優しさならいらない。

 偽りの幸せなんて切ないだけ。

 あなた達の事なんて、知らないよ。


 目を閉じて、耳を塞いで、動かないで。もう嫌。消えてしまいたい。




 ───弱かったね。

 逃げることしたできなくて。苦しいのは、自分だけだと思いこんでいた。

 だけどある日、いつものようにベッドに寝そべっていたら、芋虫が訪れてこう言った。


『名前はなんていうんだい?』


 涙が、こぼれた。名前を聞かれた、ただそれだけの事がたまらなく嬉しくて。

 私を見てくれてる。アリスとしてじゃなくて、私を見てくれてるんだ。芽衣を、認めてくれる。

 自分の存在を、受け入れてもらえた気がした。


「泣いていいんだ、芽衣。君はわしらの勝手な事情に巻き込まれたのだから。憎んでいい。怒っていい。否定していい」


 泣きじゃくる私に、芋虫は優しく語りかけるように言う。


「理解できなくても、それは仕方ないこと。馴染めるなんて、難しいから」

「……違う、の」


 私は止まらない涙を拭いながら、否定の言葉を吐き出した。だけど、声が詰まって、次の言葉が出てこない。芋虫はそれを深追いせず、私が口を開くのを待ってくれた。


「…わたし、確かにこんな事にわたしを巻き込んだこの世界を、恨んでる。でも、でもねッ……」


 芋虫は穏やかな表情で、頷く。


「わたし、ホントは……」


 本当は───


「みんなを、好きになりたい! 傷付いた心を持つみんなと、笑って接したい……!」

「…芽衣…」

「わたし、自分が酷い事してるって分かってる。みんなに迷惑かけて、本当わたし、もうっ、どうしたら……」


 ダムが壊れたように、わたしわんわんと泣いた。これでもかってくらい、涙をこぼして。

 だけど芋虫はそれを咎めることなく、わたしを慈しむような目で見つめる。


「芽衣、お前は優しい心をもつ。確かにわしらは向こうの世界から忌み嫌われ、追放された。手に入れた居場所さえも、アリスがいなくては歪んでしまうような不安定な世界だ」


 一呼吸おいて、だけど、と芋虫は区切った。そして再び言葉をつむぐ。


「本当は、わしらは行こうと思えば向こうの世界に帰れるんだよ」

「…えっ……!?」


 私は勢いよく顔をあげた。今の言葉に、耳を疑う。


「喋る花は黙ればいい。非常識な帽子家はマナーを学べばいい。首切り魔な女王様はストレスを溜めなければいい。半獣なら耳などを隠せばいい」


 大丈夫なんだよ、本当は。

 芋虫はそう言った。その時の私は混乱していて気付かなかったけど、今思えば、その声は哀しみに染まっていた気がする。


「ただ、怖いんだ」

「怖い?」

「そう。一度ついた傷は、なかなか消えない。ましてや心の傷なら尚更だ。また罵られて、傷付くのが怖いんだよ。きっと、この世界の誰もが」


 伝えられた真実は、とてつもなく切ないもので、私はやっぱり涙を流した。


「芽衣、お前さんはまだこの世界を知らない。もし、わしらのことを分かりたいと思ってくれるなら、視野を広げてくれ」


 私は頬を伝う涙を拭いながら、黙って聞く。


「森に行けばお茶会をやっている。海岸に行けば、話をしてもらえる。他にも色々な者がいる。案内なら、わしがするから」

「…うん…」


 私は小さく頷いた。



 その日から私の行動範囲は拡大した。毎日のように城を出て、たくさんの人に会った。

 ここの住人はみんな、優しい。それは私がアリスだからかもしれないけど、たくさん話して、私は色々な者と仲良くなった。

 時間はかかったけど、私はこの世界を受け止めた。アリスとして、生きようと思って。そして何より、皆を好きになったから。


 そして、五年たったある日。私は気付いた。今日は、妹の12歳の誕生日だと……。


「…唯…」


 愛しい妹の名前を漏らす。彼女は本当のアリス。私がアリスになった年齢と一緒の年になったんだね。

 私は本当の年齢は17歳。だけど外見はまだ14歳くらいだ。この世界では私の身体の成長は遅い。

 沸き上がる焦燥感。

 ――会いたい。あなたに、会いたい。

 抑えきれない思い。それは突然に。

 帰りたい。戻りたい。

 私はそう思ってしまった。だけど


『僕から、離れないで。どこにもいかないで』


 そう泣きすがる白ウサギ。私は彼を置いていくことなんてできなかった。

 始めは同情だったのかもしれない。だけど次第にそれは、愛しさが膨れあがって。

 私は彼を愛した。側にいたいと思った。









  ◇


 お姉ちゃんは、始終笑顔で話していた。胸が切なくなる話を、笑顔で。

 ――そっか。だから、お姉ちゃんは私と同年齢の外見なんだ。

 思うべきことは違うことのはずなのに、私はそんな事を他人事のように思った。


「分かった? 白ウサギ。私は貴方を愛してる。だから、勝手に傷付いて勝手に苦しまないで」

「っ…芽衣!」


 白ウサギは顔を歪める。止めてくれ、と言わんばかりに。

 彼は可哀想だ。傷付けて、酷いふりして、一番苦しんでいる。お姉ちゃんもそれが分かってるから、愛してるって言うんだ。

 どんなに痛いことをしても、嫌いになんかならないって。


「芽衣、なんでなんだ。どうしてそんな事が言えるんだ!」


 息を荒くして、白ウサギが叫ぶ。


「いっそ、僕のことを憎んだらいいのに。監禁して、君の命にまで手を加えたのに、なんで嫌いにならないの……!」


 ――命にまで?

 彼の言葉に疑問を感じた。そしてそれは、私だけではなかったらしい。


「今の言葉は、どういうことだ……?」


 こわばった顔でそう呟いたのは、女王様。

 私の隣で、チェシャ猫があーあ言っちゃった、と漏らした。


「…言葉の通りですよ、女王様…」


 白ウサギが答える。それに女王様はカッと怒りを露にした。


「だからそれがどういう事なのか聞いているんだ!」


 ヒステリックな貴女。声が僅かに枯れているのが、痛々しい。今にも崩れおちそう。

 ここの住人はみんな、脆い。


「そう荒れないで下さい。…話し、ますから」


 表情を歪めたまま、白ウサギが言う。


「待って! その話は私が──」

「駄目だよ」


 焦った口調のお姉ちゃんを、柔らかく、だけどキッパリと彼は遮った。お姉ちゃんは眉を下げ、笑顔を消す。


「だって君は優しいから、僕をかばうでしょう? 駄目なんだよ、それじゃ」


 先程とは逆に、今度は白ウサギが淡い笑みを浮かべ、お姉ちゃんが顔を青くした。


「今大切なのは、真実なんかじゃなくて事実なんだ」


 哀しい、哀しい、声。

 お姉ちゃんはかぶりを振る。それでも彼は、口を開いた。



「君が逃げないようにすがりついた」



 愛しすぎた代償。



「君を束縛したいがために監禁した」



 すれ違う想い。



「君に死んでほしくなくて、永遠を与えた」



 繋いだ鎖、千切れない。




 ――永遠の、命……?

 永遠なんて曖昧で。どのくらいの期間を表すか私は知らない。ただひとつ分かることは、そこに終わりがないということ。

 …永遠って、幸せなのかな?


 裁判は、続く。












不老不死。僕は彼女から、人間としての当たり前まで奪った。

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