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  芽衣の証言



 開けられた扉。そこに立っていたのは、赤いエプロンドレスを着た少女。

 胸が高鳴る。

 息ができない。

 鳩尾が震える。

 涙が出そう。

 言いようのない波が、喉元にせまりあがってきて。

 嗚呼、このまま壊れてしまいそうだよ。


「ア、リス……?」


 壇上の女王様が小さく漏らした。その表情は、信じられないと言っているのと同義で。アリスが消えたと思っていた聴衆たちは、この有り得ない光景に声を失っていた。

 コツ、コツ、と。彼女が一歩踏み出す度に、静まりかえった空間に靴の音が響く。法廷内の中心、私や白ウサギがいる所まで来ると、彼女は足を止めた。

 そして、ふんわりとしたスカートの端を軽くつまみ、みんなに向かってお辞儀をする。

 私はそれを、どこか夢心地で見つめていた。


「本当に、アリスなのか……?」


 聞き取るのが困難なくらい、小さな声で女王様が尋ねた。

 少女はそっと顔をあげると、薄く微笑して言う。


「心配かけてごめん。私は正真正銘、芽衣よ。……女王様」

「め、い──」


 実感が沸かないのか、女王様の反応は小さい。

 目の前に立つ彼女──芽衣をじっと見ていると、不意に目が合った。

 ――あ

 芽衣は、お姉ちゃんは笑った。憂いを帯びた、悲しげで淋しい笑顔。胸がきゅっと狭くなる。思わず、泣きそうになるほど。


「女王様、少し話をしてもいい?」


 お姉ちゃんは私から視線をはずし、女王様を見上げる。彼女はその頼みに、まったくも間を置かず答えた。


「もちろんだ! アリスの願いは絶対。……それに、わらわも知りたい。白ウサギの話は事実なのか?」

「ありがとう。白ウサギの話は、おおよそ間違ってないわ。でも、事実が真実とは限らないの」

「それはどういう……」

「それを今から、お話します」


 女王様の言葉を遮り、お姉ちゃんははっきりと言う。凛とした横顔は、決意にあふれていた。


「芽衣、なんで……」


 その声にハッとする。お姉ちゃんはゆっくりと振り返り、声の主、白ウサギを見た。僅かに歪んだ表情はすぐに消え、笑みへと変わる。


「どうやって勝手に抜け出したの? 駄目って言っただろう」

「白ウサギ」


 責めたてる彼を、なだめるように名前を呼ぶお姉ちゃん。少しだけ、白ウサギの身体がこわばった。

 それでも彼は表情をきつくし、こちらを睨む。

 ――え?

 一瞬びっくりして肩が震えたけど、睨まれたのは私ではなかった。彼の視線の先は、私の隣。笑っている猫だ。


「チェシャ猫、君か」

「まぁな。このままあんたの計画通りいくのは癪だし、何より暇潰し?」

「つくづく嫌な性格してる」

「あんた程じゃないよ、狂ったウサギさん」


 挑発的な言葉に、白ウサギが眉を寄せる。相変わらずな口八丁ぶり。彼が反論しようと口を開きかけたとき、違う声が被さった。


「そこ、勝手にケンカしない」


 咎めたのは、この国の最高権威、アリス。その言葉に私達は振り向く。怒った声色とは裏腹に、呆れた表情をするお姉ちゃん。

 外見はやっぱり、私と同い年くらいに見える彼女。それでも中身は、ずいぶんと大人びて感じた。

 私の七歳までの記憶なんて、あてにならないけれど。


「……これから私は話を始めるけど、途中で口を挟まないでね。黙って聞いて」

「芽衣」

「あなたの話、全部聞いていたけど、めちゃくちゃだよ。それじゃ皆が誤解する。……それとも、白ウサギ自身が変な思い違いしてる?」


 そう言って見つめ合う二人。どちらも切なげな雰囲気を纏っていて。入れない、近づけない、触れれない。

 私はなんだか堪らなく不安になり、チェシャ猫を仰ぎ見た。少年は瞳を細め、二人を見つめてる。

 私の視線に気付かない。それがもっと切なくさせた。


「白ウサギ、チェシャ猫、女王様。……そして、唯」


 お姉ちゃんは一呼吸おいて名前を呼ぶ。その笑みはどこか寂しげで、誰かに似てると思った。


「まず、全てを話す前に一言言わせてほしい」


 みんなが緊張するのを感じる。彼女は澄んだ瞳でこう言った。


「私は彼を、愛しています」


 たとえ、向けられた愛情表現が歪んでいたものでも………。




 幸せを夢みた愛



 下された判決



 涙の湖




 導くはウサギ



 惑わすは猫



 教えるは芋虫



 かばうは帽子屋



 怒るは女王



 じゃあ泣いているのは……?




 ああ、泣かないで



 愛しのアリス



 こんなにも大好きなのに












繋がらない想いは可哀想。本当は今にも、触れ合いそうなのに

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