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  蘇りゆく記憶




「唯、そろそろ帰ろう。あまり遅くなると、お母さん心配するよ」


 12くらいの女の子が、目前でブランコに揺られる少女に呼びかけている。少女は、はーいと高らかに返事し、パッと腕を放してブランコから飛び降りた。

 役目を終えたそれは、未だに前後に振動していて。時折キィ…と哀しげな音色を響かせる。


「もう、危ないでしょ」

「平気だもーん」


 腰に手をあて怒る女の子に、少女は悪戯に笑った。無垢な笑顔に、女の子の頬が緩む。



 ――これは、いつの記憶? あの少女は、きっと私。じゃあ、私を呼ぶ女の子は誰……?



 夕日が差す細い道路、二人は手を繋いで笑いあっていた。他愛めない話をして、帰路を楽しむ。

 微笑ましい姿は、二人の距離の近さを感じさせた。きっと深い関係のはず。だってまるで、**みたいだから。



 ――え? 何? 聞こえない。**って……。



 不意に少女は足を止める。それに、手を繋いだままの女の子も歩みを止めた。どこか一点を見つめている少女に、女の子は首を傾げつつもその視線の先を追った。

 なんてことはない。ただの曲がり角だ。そう、見慣れた帰り道、そこを曲がればもうすぐ我が家。


「どうしたの? 何かいる?」


 女の子は問掛ける。少女は曲がり角を見つめたまま答えた。


「声が……」

「声?」

「呼んでる。わたしを呼んでるの」


 そう言って少女は、女の子の手を振り払う。ふらふらとおぼつかない足で角を曲がった。

 そこまでは良い。だけど、少女は自分の家を通りすぎ、そのまま足を早める。女の子は自分に背を向けた少女を追った。


「ちょっと、どうしたの唯!」


 女の子は少女の肩を掴んだが、少女はそれを無視して走り始める。まるで何かに取り憑かれたように。

 いきなり豹変した少女に、女の子は混乱した。だけどひたすら見失わないよう、少女の後ろ姿を追い続ける。たった一人の****のために。



 ――また、聞こえない。大事なところが、分からないよ。



「待って、止まって唯! 迷子になっちゃうよ!」


 必死に叫ぶが、全然届かない。周りの景色はどんどん変わりゆき、まったく知らない場所にまで来ていた。

 女の子は幼いながらに予感した。このままじゃ危ない、と。十二歳の自分と七歳の****が迷っては、後戻りできない。


「唯、お願い止まって……!」


 どんなに腕を伸ばしても追いつけない。どうしてこんなにも少女は速いのだろうか。

 しばらく走り続けた後、不意に少女は止まる。女の子は息を切らせて、少女の傍らに寄り添った。

 少女はやはり、虚ろな瞳である場所を見つめている。ある場所──寂れた井戸を。

 それは緑の苔がはっていて、歴史を感じさせた。こんな所あったのかと、女の子は周りを見渡す。落ち着いて見れば、ここは林の中。

 たくさんの木々に囲まれて、どこか閉塞感が拭えない。沈みかけた太陽の光さえ、僅かしか入ってこなく。



 ――あれ、ここって、何処かで見たことがある。…あ、私が落ちた井戸だ。



 少女は黙りこくったまま、井戸に近付く。女の子も隣についた。井戸の淵に手をつき、中を覗けば吸い込まれそうな暗闇。かなり深いのか、底が見えない。


「あ、危ないからあまり覗きこんじゃダメよ」


 すかさず注意したが、時すでに遅し。隣の少女は深く頭を突っ込んでいた。


「な、なにしてるのっ」


 そう言って女の子は少女の首ねっこを引っ張る。多少乱暴であったが、そんなこと言ってる場合ではない。


「放して! わたしを呼んでるの。アリスアリスって、呼んでるの!」


 そう叫んで、少女は彼女の手を払った。その反動で、ふらつく小さな身体。


「危ない、唯!」


 女の子は少女をかばい、代わりに彼女は深く冷たい井戸の中へと


「………あ」


 ───堕ちた。

 少女がもう一度覗いたときには、女の子の姿はなく、ただ不気味な闇が揺らいでいるだけ。


「****……」


 少女は呟く。しばらく呆然として、へなへなと地面に座り込んだ。

 冷たい風が髪を濡らす。木々のざわめきが不気味な音色を響かせ、鳥の鳴き声が切ない。

 少女は気付いた。大変なことをしてしまったことに。理解すると共に、ひくつく鳩尾。指先から震えが襲ってくる。涙腺が、壊れた。


「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…!」


 故障したラジオのように、同じ単語を繰り返し。**に向かっての謝罪。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 目を赤く腫らして、両手で顔を覆う少女。頭に浮かぶは、そう。

   『わたしのせいだ』

 声に導かれて、大好きな**を犠牲にした。いけない子。悪い子。



 ――あ、これ。知ってる。怖くて怖くて、ひたすら泣いて、そして私は──



「いやぁ……!」


 少女は泣き叫びながら、井戸に背を向けた。罪から逃れるように、林の外へと走り去る。



 ――逃げたんだ。



 少女はみるみる内に、林から姿を消した。劣化してゆく記憶。何度も呟く免罪符の意味すら忘れて、それでも謝り続ける。


「ごめんなさい、お姉ちゃん……!」


 叫んだそれを最後に、少女は姉のことを忘れた。

 そう、忘れたんだ。私はお姉ちゃん──芽衣のことを忘れたんだ。



 あんなにも、大好きだったのに。あんなにも、仲良かったのに。あんなにも、あんなにも。

 どうして忘れてなんかいたの。最低、私最低だ。罪悪感に勝てなくて、都合良く、お姉ちゃんとの記憶全てなくした。なんてひどい。

 あの時、私をもとの世界に帰してくれようとした時、お姉ちゃんは何て思っただろう。多少年齢は違っていたけど、面影は充分あった。なのに私は、あなた誰?なんて言って。

 ごめん、ごめんね。傷付いたよね。実の妹にそんなこと言われたら、苦しいよ。だから、あんな風に切ない表情を浮かべてたの? 本当にごめんなさい。鈍くて、無神経で。


 でも、もう思い出した。全部思い出したよ、芽衣。…ううん、お姉ちゃん。

 私の代わりに、地下の国に落ちたんだね。私のせいで、この世界から忘れられて。私のせいで、アリスという者にされて。

 分かったよ。チェシャ猫が思い出せって言ったのは、あなたのことだったんだ。

 でも不思議。どうしてチェシャ猫はそんなに思い出してほしかったんだろう。どうして、私と芽衣が姉妹って知ってたの。


 解けた謎と出てきた謎。分岐点はいっぱいあって、一難去ってまた一難。正しい道なんて予想もできない。

 この迷宮に私はいつまで迷いこんでるの?

 ゴールはあるの?

 そもそも、いつスタートを踏み込んだの?

 いったい誰が、ピリオドを打つの。













回る輪舞曲。くたびれた身体。迷えば迷うほど、泥沼にはまる

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