雷電、渾身の叫び!
荒れ果てた相撲部屋の土俵。その上で立合いの姿勢を取り向かい合うおいどんと大関ボーン。一瞬でも動けば、その瞬間から激しい取組が幕を開けるだろう。
「ど、どうしよう小雪ちゃん……小雪ちゃん?」
背後で見守る小春達。だが、片方から並々ならぬ相撲力を感じる。会話からして小雪に違いない。
「しっ! ……来る」
小雪の、その未来予知のような呟きが耳に入った瞬間、おいどんと大関ボーンの間に張り詰めていた緊張の糸が弾けた。
双方の初手は、ぶちかましだった。
おいどんと大関ボーンは頭から衝突し、お互い弾けるように仰け反る。その衝突音は無であった。衝突音と衝突音が打ち消し合う。調和、あるいは共鳴と呼ぶべきだろうか。稽古場の寄せ太鼓だけが、微かに揺れ、稽古場にその音を響かせた。
「「うおおおおおっ!!」」
更に雄叫びをあげ、がっぷり四つで組み合うおいどんと大関ボーン。今度こそ響いてきた衝撃音、一拍遅れて肉体が軋む音が不規則なリズムを刻む。まるでフリー・ジャズのセッションだ。
「久しぶりだな! こうやって相撲を取るのはっ!」
大関ボーンは嬉しそうな声を出す。だがその息遣いは苦しそうだ。当然だろう。油断すれば差し返されるのだから。
「くっ……」
大関ボーンの取組みは隙が少ない。更に攻勢も技巧的で、迂闊に返答しようとすれば、確実にその息遣いの隙を突いてくるだろう。何も答えられずにいると、大関ボーンがジリジリとおいどんを押し始めた。
「どうしたっ! 言いたいことがあるんだろうっ!?」
そう言われた時には、おいどんの踵が土俵の俵に付いてしまっていた。語らうことすらできず、おいどんは土俵際に追い詰められてしまう。だが、おいどんは、お前に聞きたいことがある。それも山程な!
「そうだともっ!」
その叫びは、身体の奥底から新たな力を湧き上がらせた。丹田に力を込め、踏ん張りを強める。土俵際の俵に踵を預けて押し返す体勢を整えた。
「なぜ二人を危険に晒した!」
「なぜ本人たちに黙っていた!!」
「なぜ……俺に相談しなかった!!!」
おいどんは叫ぶように問いかけた。その怒りのこもった声に大関ボーンがたじろぎ、半歩下がる。おいどんは無意識のうちに、その隙を突いていた。
「おおおおっ!」
ただ真っ直ぐに押し進むおいどん。押されても、押し返す。何度でも挑むのだ。おいどん達はバランスを崩しながら、もつれるように土俵の中心へと倒れ込む。おいどんが上、大関ボーンが下となり、重なるように土俵を占めた。
「隊長!」
「雷電さん!」
小雪達の声が響く中、この大一番の勝敗は決した。
決まり手、押し倒し。
おいどんの勝ちだ。
「腕は衰えてないようだな、雷電」
目を開けると、大関ボーンの顔が眼前に広がる。その顔を見る限り、疲労困憊のおいどんと違いまだ余裕があるようだった。全く、兄弟子には敵わないな。
「余韻に浸るのもいいが、そろそろ退いてくれるか?」
「そうでごわした、ううっ……」
おいどんは大関ボーンにのしかかった状態だ。すぐにどかなければ……疲れ果てた体に力を入れ、腕の力で上体を起こす。
「よっと!」
すると、僅かな肉の隙間を縫うようにして、大関ボーンは抜け出してしまった。
「ふぅ、いててっ」
大関ボーンは土俵を降り、何とか形を保っている畳の間の一角に腰を下ろす。おいどんも追いかけるように立ち上がり、何とか彼の前の地面に腰を下ろした。土間のひんやりとした土が、火照った体を冷やしてくれる。良い心地だ。
「隊長、雷電さん……」
「凄い立合いでした!」
小雪と小春が駆け寄ってくる。興奮している小春と、何かソワソワしている小雪。2人とも、何か得るものがあったら良いのだが。そう思っていると、大関ボーンが膝を叩いた。
「さて……3人揃ったことだし、お前の疑問に答えてやらんとな」
「聞かせるでごわす」
先程のおいどんの問いかけ。その回答をくれるというのだ。真剣な気持ちでボーンの顔を見た。
「まずは小雪、小春。すまんな。お前たちは特別な出自を持っているのだ」
「はい。先程の会話で、何となくは察していました」
「行司……懸賞金がかけられるほどなんですよね」
小雪も小春も、今晩の一件で気がついたようだ。いやむしろ、よく気が付かずに過ごせたものだと思う。今まで大関ボーンが守り通して来たおかげだろう。
「そうだ。だからドスコイトルーパーとして引き入れた。軍警察なら――俺の手元なら守れると思ったからだ」
確かに軍警察ならば、裏社会の人間もおいそれと手は出せない。道理には適っている。ではなぜおいどんの下へと送ったのか。
「……だが甘かった」
その疑問への答えは、すぐに出された。座ったまま拳を握りしめる大関ボーン。どうやら、事態はおいどんの想像より深刻なようだ。
「文民統制ってやつだ。政府やお偉方がいかに腐っていようとも、正式な手続きを経た命令には逆らえない」
大関ボーンは、まわしから一枚の書類を取りだす。そこには、小春と小雪の異動を命じる文言が書き連ねてあった。
「なんですか、この滅茶苦茶な命令は……」
「こんな命令、今まで聞いたことがありません」
小春と小雪のリアクションからしても、異常な配置転換なようだ。つまり、大関ボーンの庇護から引き離す意図が透けて見えるということなのだろう。
「小雪達を狙う連中は、表からも手を伸ばして来たのだ。このままでは守りきれないと予感した」
命令書には、軍閥化防止と尤もらしい理由が書かれている。しかし、対象を2人に限定している時点で狙い撃ちなのは明白だ。
「だからおいどんに預けたのでごわすか」
頷く大関ボーン。
「敵は強大だ。できれば弟弟子を巻き込みたくなかった……許せ」
おいどんも頷き、その謝罪に応えた。一人で抗い、限界を迎え、忸怩たる思いでおいどんを頼ったのだ。もはや大関ボーンを責める気にはなれなかった。
「俺は軍に留まり、軍が侵食されるのを防ぐ」
そう言うと大関ボーンは立ち上がり、装甲服を装着し始めた。しかし、あえて軍警察に残るか。相変わらずの粘り腰に、思わずおいどんの口から笑みがこぼれる。
「雷電。お前は、お前にしかできないやり方を貫いてくれ」
大関ボーンは、大銀杏アンテナの輝くヘルメットを被るとおいどんに手を差し出してきた。
「ごっつぁんです!」
男と男の固い握手。それが何よりの誓いとなった。
雷電、荒ぶると一人称が俺になります




