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ある世界  作者: SYNCi
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異形

いかなる理由によってか、私は見知らぬ小径を辿っていた――疑問を抱くことすらなく、まるで何者かに導かれるかのように。それは人間の往来を想定して作られた道というよりは、むしろ原始の獣どもが踏み固めた痕跡に近い、忌まわしいほどに心細い獣道であった。左右からは、太古より存在するかのような鬱蒼たる樹木が不吉に迫り、その枝々は薄暗い空を覆い隠していた。まるでグリム兄弟が記録した、あの暗黒めいた寓話の世界に迷い込んだかのような錯覚に囚われる。

やがて――永劫にも等しく感じられた時間の後に――右手に一軒の建造物が姿を現した。奇妙なことに、それは店、それも書店のようであった。いかなる商業的論理に基づいてこのような辺境の地に書肆が存在するのか、理解に苦しむところではあったが、書店とあらば入店せずにはいられないという、私の中に根付いた強迫観念めいた習性が私を駆り立てた。

店内は陰鬱なほどに狭小であった。奥には――恐らくは店主であろう――一人の女性が本に没頭していた。私の侵入に対して何ら反応を示さぬその態度は、むしろ安堵をもたらした。

陳列された書物の数々は、既視感と未知との狭間で揺らめく、形容し難い中途半端な懐旧の念を喚起するものばかりであった。遠い過去の銀幕の偶像が表紙を飾る雑誌、幼児向けの絵本、文庫本が密集する棚、そして重厚な装丁の学術書――要するに、表面上は平凡極まりない書店であった。古書を扱っている様子もなかった。

その時、薄いオレンジ色の一冊が私の視線を捉えた。表紙中央には、セピア色に退色した巨木の写真が配されていた。宗教書の類いと思われ、通常であれば私の関心の埒外にあるはずのものであったが、何か得体の知れぬ力に突き動かされるように、私は無意識のうちにその書を手に取り、ページを繰っていた。内容は人の在り方、神の本質、神と人との関係性について説いているようであったが、手に取った時と同様、特段の印象も残さぬまま元の場所に戻した。他に注意を引くものもなく、私は店を後にした。店主は相変わらず訪問者への関心など微塵も示さず、読書に耽溺していた。

道は続いていた。次第に視界が開けてくる。そして前方――遥か彼方に、何か巨大な物体が朧げに姿を現した。私の遠近感が狂ってしまったのかと疑うほどに、その大きさは異様であった。山塊なのか。あるいは人工の構造物なのか。夕闇か曇天か判然としない薄明の中で、その物体にのみ光が当たり、周囲はただ仄暗く滲んでいるという光景は、言いようのない戦慄を呼び起こした。それでもなお、私の足は――まるで意志とは無関係に――その方向へと進み続けた。

そして理解した時、私の精神は恐怖に震撼した。

「手だ……」

そのフォルムは紛れもなく人間の掌であった。指の数すら判然としないほどの巨大さでありながら、軽く内側へ曲げられたその形状は、まさしく人の――おそらくは右の――掌そのものだった。手首から上の部分が、まるで原初の時代から地中に埋もれていたかのように大地から生え出ていた。それが薄暮の中、不可解な光を浴びて屹立していたのである。

名状し難き恐怖が、私の全身を包み込んだ。

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