表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆるゆる。復讐日記

作者: 露(つゆ)

「はあぁぁぁ!! あんのクソ上司!! てめーのミスをこっちに押しつけやがって!! くたばれ!! ボケ!!!」

 私は思いの丈を日記に書き殴る。

 ストレス社会の現代。ムカつく事はたくさんある。

 だが私は大人だ。事を荒立てては、いけない。表面上は穏やかに。

 しかし、そんな事をしていればストレスは行き場を失くして健康を害す。

 そこで私が出会ったのは日記だ。

 日記に、愚痴を、怒りを、憎しみの感情を書くと、あら不思議。ストレス解消。

 そんな事を続けて三ヶ月。

「くたばれクソ上司……と。あ、ついにページも終わるな~。我ながら、よく続いたもんね」

 アンティークの古書を思わせる黒い装丁の日記帳は、なんだかんだ、お気に入りで私の相棒だ。

「お疲れ様。名残惜しいけど、新しい日記帳に変えないとね」

 私は日記帳を閉じ、そっと慈しむ様に表紙を撫でる。

 ……と、突然、日記帳が青白く光だした。

「は? え、え、え……?」

 呆気に取られているうちに、その中から燕尾服を着た男が現れた。

 男は、こちらを見て、にこりと微笑むと、こう言った。

「お初にお目にかかります、我が主」

「我が……主……?」

 目を丸くしていると、男は机の上から下り、跪いて私を見上げる。

「ええ、わたくしは、この日記帳を媒体として、結菜(ゆいな)様の潜在能力と、怒り、憎しみの力を注がれ生まれた『復讐の化身』でございます」

「潜在能力……? 化身……? ってか私の名前……」

 何がなんだか、わからない。

「噛み砕いて申しますと、結菜様は不思議な力を持っており、それが様々な要因で作用した結果、わたくしが生まれました。ですから、結菜様の事は、存じ上げております」

「はあ……」

 わかった様な、わからない様な……。

「わたくしの役目は一つ。結菜様、憎い相手がいますね?」

「まあ……星の数程……」

 とりあえず、男の問いに答える。

「そう、わたくしは、その相手に凄惨な復讐をする為に生まれました! さあ! 結菜様! わたくしに命令を!」

 男の勢いに気圧されながら、私は言う。

「あの……復讐って何を……」

 男は顎に手を当て、ふむ、と少し考えると、

「まあ、殺すか、生き地獄を味あわせるか……」

 と、さらっと言った。

「……いや、引くわ」

「は?」

 男は私の言葉に初めて戸惑いの表情を見せた。

「あのね、私は日記に愚痴書いて、もうスッキリしてんの。それを殺すとか、生き地獄とか言われたら普通に引く」

「え? で、では、わたくしの役目は……」

 おろおろする男に私は告げる。

「いらないかな」

 私の言葉に男はショックを受けた顔をした後、がくりと項垂れた。

「わたくしの……生まれた意味……」

 そんな男の様子を見て、なんだか可哀想になってきた……。

「あ、あの……代案とかない?」

「代案……?」

 男は顔を上げ、こちらを見る。

「えっと……例えば、凄惨な復讐はいらないけど、ちょっとした復讐とか……」

「と、言うと……」

「えーっと、財布失くさせるとか……? お金だけじゃなくてカード類とか失くすと結構なダメージじゃん。そういうのは面白いし、スカッとするかも……?」

 そう言うと、男の顔は輝きだした。

「お任せください! では、手始めにクソ上司の財布を盗んで参ります!」

「え」

「はい!」

 次の瞬間、男の手には茶色い折り畳み財布が、あった。

「どうぞ!」

 男は財布を私に差し出す。

「これは……」

 困惑する私に男は意気揚々と言う。

「クソ上司の財布です!」

 中身を見てみると、確かにクソ上司の免許証があった。

「どうやって……」

「わたくしは復讐の化身ですよ? こんな事は朝飯前です」

 どういう理屈よ……。

「さぁ、財布を失くしたクソ上司の様子です」

 男は、そう言うと、手のひらを上にし、こちらに近づける。青白い光が出たかと思うと、その光の中にクソ上司の姿が見えた。クソ上司はポケットや鞄をひっくり返し慌てている。涙目になって「嘘だろぉ~~!」という悲痛な声が聞こえてくる。

 なんだこれは……。なんて……。

「ふ……ふふ……」

「いかがでしょう? 結菜様」

「最っ高~~~~! ざまぁクソ上司~~~~!!」

 なんて気持ちがいいんだ。

「結菜様のお気に召した様で光栄でございます」

 男は、にこりと微笑む。

「結菜様」

「何?」

「復讐を果たされますか?」

 男の言葉に、私は笑って答える。

「ええ、もちろんよ」

 こうして、私と、こいつの復讐生活が幕を開けた。


「『フク』?」

「ええ、名前が無いと不便でしょう? 『復讐の化身』だから『フク』。どう?」

 フクは嬉しそうに、ふわりと笑う。

「結菜様に名をいただけるとは、ありがたき幸せ」

 私は、そんなフクの様子にドキリとした。

「結菜様?」

「え、あ、なんでもない」

 心情を悟られるのが気恥ずかしくて、私は誤魔化す。

「そうですか?」

 フクは、「では……」と一つ咳払いをする。

「次の復讐相手は、どいつになさりますか?」

「うーん……そうねぇ……」

 私は顎に手を当て、目線を上にして憎い相手を思い浮かべる。少し考えてピンときた。

「コンビニ店員!」

「ほう」

「近くのさぁ、コンビニなんだけど……」

「態度が悪く、いちいち舌打ちをされ、釣り銭を投げつけられトレーから落ちるが自分で拾えと言われた、あの」

「え、なんでわかったの?」

「日記に書かれておりましたから」

 フクは微笑む。

「そういやそうね」

 日記から生まれたんなら知っててもおかしくはないか。少しフクの事がわかってきた。

「では、早速……」

「あ、待って」

「? どうかなされましたか?」

「あのさ、こういう力って使えない?」


「ターゲット発見……」

 私は、そっとコンビニの扉から中の様子を覗いた。

「結菜様、他の人間から我々は認識されませんので、その様にコソコソする必要はありませんよ」

 後ろでフクが笑う。

「まあ……雰囲気っていうか……」

 そう、せっかく復讐をするのだから、直に見たい。だから、フクの力を使って、わざわざここまでやって来た。ダメ元でも提案してみるものだ。

「あ、結菜様、ターゲットが店長に呼ばれています。ここからが見物ですよ」

「そうね」

 私達は、店員が呼ばれたバックヤードまで足を運ぶ。


「あのねぇ! 君!! これ大損失だよ!?」

「え、え、お、俺確かに、ちゃんと……」

「実際、30個発注が300個発注になってるの! どうするつもり!?」

「え、そ、そんな……」

 私達は二人のやり取りを眺めていた。もちろん、これは私達の仕業だ。

「ざまぁとしか言えない」

「今回の復讐はお気に召しましたか?」

「もちろん」

 私はフクに笑いかける。フクは少し目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。


 さて、次のターゲットは会社の同僚だ。こいつは、私のプレゼンをパクりやがった。許せねぇ。

 だが、立ち回りの上手い奴なので私は泣き寝入りするしかなかった。

 今日はプレゼン発表の日。私は会議室の席に座り、奴の発表を待つ。フクは姿を消して私の後ろに。

 ついに奴の発表の番だ。奴は私からパクったプレゼンの内容を意気揚々と話す。

「えー、ではスライドをご覧ください」

 ここだ。

 出されたスライドの内容と音声に、会議室はざわめく。

『加藤(かとう)ちゃ~ん、良いプレゼン内容ありがとね~。俺がきっちり使わせてもらうから、ありがたく思ってね~』

『……』

『あれあれ? 嬉しくて黙っちゃった~?』

 私と奴の、プレゼンパクられ現場の映像と音声が流れる。

「……君、これはどういう事だね?」

 重役が奴に尋ねる。

「あ……いや……こ、これは……クソッ……映像変わんねぇ!」

 重役はため息をつき、淡々と告げる。

「君には悪い噂があったが、まさか本当とはね。処遇は追って言い渡すよ。過去の事も、きっちり洗い出してね」

「そ、そんな……!」

「加藤くん」

 青ざめる奴を見限り、重役は私の方を向く。

「これは、元々、君のプレゼンだね?」

「はい」

「君が引き受けてくれるかい?」

「もちろんです」


「よっしゃー!!」

 私は会社の帰り道、拳を握り締めて喜んでいた。

「おめでとうございます、結菜様。あなた様の努力が報われる日が来ました」

 フクは隣で、いつもの様に微笑む。

「あなたのおかげよ」

「わたくしは自身の使命を果たしたまででございます」

「それでも、あなたのおかげなの」

「……そうで、ございますか」

 フクは、なんだか嬉しそうだった。

「勝利のハイタッチよ」

 私は万歳をする。

「誰かに見られると、おかしく思われますよ」

「いいのよ」

 私は満面の笑みを浮かべた。フクは、そんな私の様子を見て、くすりと笑い、腕を私に合わせて上げる。そうして、私達は、パアン! と良い音を鳴らしてハイタッチをした。


 私達は、それからも復讐を続けた。

 小気味良くて、楽しくて。それは、復讐自体の事なのか。それとも、フクと一緒にいたからだろうか。

 いつの間にか、私にとってフクは大切な存在になっていた。そう、これからも一緒に。

「……」

 そんな事を考える私を切なげに見ているフクを私は気がつかなかった。


「フク、今日の復讐は……って、なんか、あんた薄くない……?」

 フクの姿が透けている。

 フクは、いつもの様に微笑みながら言った。

「お別れの時間が近いのです」

「お別れ……?」

 嫌な予感がする。

「はい。わたくしは『復讐の化身』。日記を媒体とし、結菜様の潜在能力と、怒り、憎しみを元に生まれました。ですから、復讐を遂げると……」

「まさか……」

 フクは、いつもの様に微笑む。

「消えるのです」

 そんな……そんな……。

「じゃ、じゃあさ……復讐……しなかったら、ずっと……」

「いえ、それは無理でございます」

 フクは少し切なげに笑う。

「なんで!」

 私は、つい声をあらげてしまった。そんな私にもフクは優しく接する。

「もう、わたくしを形作る力があまり無いのです。なので……復讐を遂げずとも、消えるのは時間の問題です」

「……」

「結菜様」

 いつの間にか涙を流していた私をフクは優しく抱き締める。

「ご無礼をお許しください」

「……フクは……楽しかった?」

「結菜様と過ごしたお時間は夢の様でございました」

「生まれて……良かった……?」

「もちろんでございます」

 復讐の為に生まれたフク。そして、フクと過ごした日々。

 私は答えを出した。


「いたわ」

「ええ、います」

 私とフクの最後の復讐相手。カフェの一席に座るブランド物に包まれた女は、私の知り合い。

 友達ほど親しくはないが、時たま連絡が来るので会うと、私の服や持ち物を見ると安物だと馬鹿にしてくる。

 ブランド物が悪だとは思わない。だが、それを笠に着て他人を馬鹿にするのは腹が立つ。

 連絡先をブロックしようと思っていた矢先、フクがやって来た。

「では、結菜様、ご覧ください」

 そう言ってフクは、人差し指を立てて軽く一振りした。

「ご注文のアイスティーで……ああっ!」

 バシャア!

「きゃあ!!」

 ウェイトレスが運んできた飲み物をそいつの服に、もろにぶちまけた。

「ちょ、ちょっと! どうしてくれるのよ!! この服は限定品で、もう売ってないのよ!?」

「も、申し訳ございません!」

 最後の復讐が、終わった。


「結菜様、どうでございましたか?」

「最高よ」

「そうでございますか」

 そう言って微笑むと、フクの体が青白く光り始めた。

「時間でございます」

「フク」

 私は消えかかるフクに抱きつく。

「好きよ」

「恐悦至極にございます」

 フクも私を抱き締め返す。

「ありがとう」

「結菜様……ありがたき幸せ」

 フクは、光の泡となって消えていった。

 こうして、私とフクの復讐生活は幕を閉じた。


 フクが消えてから三ヶ月ほど経っただろうか。私は相変わらず日記を書いていた。

 だが、その内容は愚痴ではなく、フクへの想い。もう届かない彼への言葉は日に日に増えてゆく。

「あ……」

 もうページが無い。

「新しい……日記帳にしなきゃね……」

 私はページを閉じて、日記帳の表紙を慈しむ様に撫でる。

「こんなに……書いたんだ……ん……?」

 日記帳が青白く光だした。

「え、え、これって……」

 光の中から……フクが現れた。

「フ、フク!? な、なんで!?」

 フクは微笑み、机の上から下りると、跪いた。

「お久しゅうございます、結菜様」

「だ、だってフクは……!」

 フクは、おかしそうにクスリと笑った。

「以前のわたくしは、日記を媒体にして、結菜様の潜在能力と、怒り、憎しみの力を注がれ生まれました。では、それが、わたくしへの想いの力だとすると?」

 彼が言わんとする事がわかった。

「フク!!」

 私はフクに抱きつく。フクは慌ててそれを抱きとめる。

「もう……消えないでね……」

「今度のわたくしは、結菜様と共にいる為に生まれました。一生、お側にいますよ」


 復讐が何も生まないなんて嘘だ。

 だって、私は今、こんなに幸せだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ