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天(あま)の邪鬼と獄(ごく)の天使  作者: あかはる


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第四話: 『外装』と『インフラ』


朝日が完全に昇り、街が「通勤」という活動で一気に騒がしくなる中、ステラとアスエルは、真新しすぎるアパートから再び地上へと降り立った。

現金げんなまの詰まったバッグをそれぞれが無造作に抱えている。


「……チッ。なんだよ、さっき(夜中)より、やたらジロジロ見てきやがる」

ステラは、すれ違うサラリーマンや学生たちの視線に、苛立たしげに悪態をついた。


それもそのはず。

二人は、ヘブンとヘルから飛び出してきた時のまま――儀式用の、今や汚れと破れが目立つ布をまとった姿だった。

絶世の美少女二人が、そんな浮浪者同然の格好で、パンパンに膨らんだバッグを抱えていれば、目立たない方が無理というものだ。


「あら。私達の『属性』が、まだ地上に馴染んでいないようですわ」

アスエルは、好奇の視線を浴びながらも、おっとりと(しかし的確に)現状を分析する。

「確かに、このままでは『悪目立ち』しますわね。家具の前に、まずこの『外装』をどうにかするのが合理的ですわ」


ちょうどその時、二人の視界に、大きなガラス張りの建物が入った。

『New Style COLLECTION - All Items 30% OFF』

ショーウィンドウには、マネキンと呼ばれる無表情な人形たちが、色とりどりの「服」を身にまとって立っている。


「……おい、アスエル。家具屋の前に、あそこだ」

「ええ、ステラ。それが『順序』というものですわね」


二人は、自動ドアが開くのももどかしげに、その洋服店へと吸い込まれた。


「いらっしゃいませー! ごゆっくりご覧くださいませー!」

若い女性店員が、完璧な営業スマイルで二人を迎えた。

(……うわ、すごい美人。でも、格好どうしたんだろ? 撮影帰り? にしても、あの鞄、パンパンすぎ……)

店員の内心の動揺をよそに、二人は店内を物色し始めた。


「……チッ。なんだ、このペラッペラの布は」

「まぁ、随分と『破壊』しやすそうな素材ですこと」


お互いの知識が、これが地上の「衣服」であると理解していても、そのあまりの多様性と(ヘブンやヘルの基準からすれば)貧弱な素材感に、二人は顔をしかめる。


「……とりあえず、試すぞ」

「そうですわね」


二人は、それぞれ「これぞ」と思う服を数着ひっつかむと、試着室フィッティングルームへと消えていった。


---

数分後。

まず、ステラがカーテンを開けて出てきた。

彼女が選んだのは、体にぴったりと張り付く黒のレザージャケット、激しくダメージの入ったジーンズ、そして、ドクロのマークが大きくプリントされたTシャツだった。


「……どうだ」

ステラは、不器用に腕を組んで、アスエルを睨みつけた。


店員は、ここぞとばかりに駆け寄る。

「きゃー! お客様、すっごくお似合いです! ハードな感じが、お客様の雰囲気にピッタリ! カッコイイ!」


だが、アスエルは。


「…………」

アスエルは、ゆっくりと首を傾げた。

「……ステラ。それは、その……」

「……なんだよ、言いてえことあんなら言えよ」

「随分と、故郷ヘルに寄せた趣味ですのね」

「あァ!?」


「その、骸骨の意匠といい、攻撃的な黒といい……」

アスエルは、タレ目を優雅に細め、完璧な笑顔をステラに向けた。

「まるで、『私は悪魔です!』と喧伝けんでんして歩いているようですわ。……地上に『馴染む』という目的からは、少々、ズレておりませんこと?」


「ッ……!」

ステラは、顔を赤くして(怒りで)、「うるせえ!」と試着室に引っ込んだ。


次に、アスエルが出てきた。

彼女が選んだのは、首元までフリルが詰まった、真っ白なレースのワンピース。ふわりと広がるAラインのスカートが、彼女のおっとりとした雰囲気を強調していた。


「……ふふっ。いかがかしら」

「うわぁっ! 天使様みたいです!」

店員が、今度は本気で胸をときめかせている。

「清純で、とっても可憐です! 本当にお似合いです!」


だが、ステラは。


「…………ぶふっ」

ステラは、本気で噴き出した。

「おい、アスエル……! テメェ、それ、本気かよ!?」

「何か、問題でも?」

「問題だらけだろ! 『天使』のあたしですら、そんな反吐が出るような格好しねえぞ!」

「まぁ」

「お前こそ、『私は善人です!』って叫んでるみてえじゃねえか! 『馴染む』気あんのかよ、あァ!?」


「……(青筋)」

アスエルの笑顔が、一瞬だけ、凍りついた。

「……ステラこそ、先ほどの格好は『地獄ヘルの一般兵』。私のこれは、『天国ヘブンの一般市民』。まだ私のほうが、地上では無害に見られますわ」

「ハッ! 寝言は寝て言え!」


バチバチ、と火花を散らす二人。

(な、なんか、めちゃくちゃ仲悪いけど、二人とも物凄く似合ってるんだけどな……)

店員は、その迫力に口を挟めず、ただオロオロと見守るしかなかった。


---

「……チッ。もういい」

結局、二人はお互いが選んだ「趣味の服」と、それとは別に、店員が(恐る恐る)提案した、ごく普通のTシャツやパーカー、ジーンズといった「無難な服」を数着ずつ購入することにした。


レジで、ステラがバッグから無造作に現金の束を掴み、ドン、とカウンターに置く。

店員は、悲鳴を上げそうな顔で(しかし素早く)会計を済ませた。


「「…………」」

店のトイレで、一番「無難」な服に着替えた二人は、互いの姿を改めてジロジロと見つめ合った。

ステラは、グレーのパーカーに黒いスキニーパンツ。

アスエルは、ゆったりとしたベージュのニットに、ロングスカート。

儀式用のボロ布よりは、百万倍マシな姿だった。


「……ケッ。悪くねえ」

「ええ。随分と、体が軽いですわ」

買った服(趣味の服も含む)を、これまた店員に(圧をかけて)貰った一番大きなショップバッグに詰め込み、二人は店を出た。


「……よし」

ステラは、バッグ(現金)とショップバッグ(服)を両手に、次の目的地を睨みつけた。

「次こそ、『城』を完成させるぞ」

「ええ。まずは、私達の『寝床』ですわね」


ようやく「地上人」の姿を手に入れた二人は、今度こそ、と駅前の大通りにそびえ立つ、巨大な『家具・インテリア専門店』の看板へと向かって、歩き出した。


朝日を浴びながら、二人は巨大な『家具・インテリア専門店』の自動ドアをくぐった。

服を買い替えたとはいえ、未だにパンパンのバッグ(現金)を抱えた少女二人組に、店内の客や店員から奇妙な視線が注がれる。


「……うわ。広すぎだろ、ここ」

ステラは、どこまでも続くベッドやソファの陳列に、うんざりしたように呟いた。

「まぁ。合理的ですわ。全ての『インフラ』が、一つの建物で完結している。素晴らしい効率ですこと」

アスエルは、むしろ感心したように店内を見渡す。


「……まず、寝床だ。あたしは奥、見る」

「そうですわね。では、私はこちら側を拝見します」


『同棲』のルールはあれど、プライベート空間にまで口を出す気は、二人とも毛頭なかった。

二人は、示し合わせたように、それぞれの「城」を完成させるため、別々の方向へと歩き出す。


---

ステラの趣味は、早かった。

彼女が足を止めたのは、黒のスチールパイプで組まれた、無骨なロフトベッドと、同じシリーズのデスク。

「……ケッ。これなら、多少手荒に扱っても、ぶっ壊れねえだろ」

彼女の『創造』は「改良」が専門。だが、彼女の『本質』は粗暴だ。どうせすぐに何かをぶつけたり、蹴飛ばしたりする。ヘブンで使っていた繊細な調度品は、彼女の手にかかって何度も『改良』の憂き目に遭っていた。

「マットレスは……一番硬えやつ。よし、決まりだ」


---

一方、アスエルは、正反対のエリアで足を止めていた。

彼女が優雅な指先で撫でているのは、猫足のついた、真っ白なアンティーク調のベッドフレーム。

「……まぁ、美しい。この曲線、無駄がありませんわ」

彼女の『破壊』は「完璧」が信条。だが、彼女の『本質』は秩序と(歪んだ)美意識だ。ヘルで使っていた黒鉄の寝床は、彼女の手にかかって何度もミクロ単位で『調整はかい』され、滑らかなオブジェへと変貌していた。

「ドレッサーも、お揃いのデザインがよろしいですわね。ええ、これに決めます」


---

それぞれの「個室」のインフラを決定した二人が、次に落ち合ったのは、ダイニングテーブルのコーナーだった。

途端に、空気が険悪になる。


「……おい、アスエル。こっちの、黒い鉄のやつでいいだろ。頑丈そうだ」

ステラが指差したのは、工業デザインの、重厚なテーブル。


「あら、ステラ。正気ですの?」

アスエルが指差したのは、真っ白な大理石の、華奢な円テーブル。

「食事をする場所ですのよ? ヘルの酒場でもあるまいし。こちらの方が、よほど文化的ですわ」


「あァ!? テメェ、あんな真っ白なモンで、メシなんか食えるかよ! 汚れが目立って、落ち着かねえだろ!」

「まぁ。食事中に、わざわざテーブルを『汚す』と?」

「(チッ……!)そういう意味じゃねえ!」


バチバチ、と火花が散る。

店員が、慌てて二人の間に割って入った。

「お、お客様方! も、もしよろしければ、こ、こちらの……ナチュラルウッドの、シンプルなデザインなどは、いかがでしょうか……! どんなお部屋にも、合いますよ……!」


店員が、必死の形相で指差したのは、何の変哲もない、ただの木製の四角いテーブルだった。


「「…………」」


ステラとアスエルは、その「没個性」の極みのようなテーブルと、怯える店員の顔を見比べる。


「……ケッ。……まあ、いい」

ステラが、そっぽを向いた。

「……どっちの趣味でもねえ。フェアで、いいんじゃねえか」


「……はぁ」

アスエルも、ため息をついた。

「……『合理的』な落とし所、ということですわね。仕方ありません。それで手を打ちますわ」


二人は、そのテーブルと、同じデザインの、これまた何の面白みもない椅子を二脚、共同購入することを(渋々)決定した。


---

「では、お会計、こちらに……」

店員に連れられてレジカウンターに向かう途中、ステラが、カウンターの端に積まれたチラシに気づいた。


『新生活応援! 完璧セット!』


「……おい、アスエル。なんだ、ありゃ」

「『冷蔵庫』『洗濯機』『炊飯器』……?」

アスエルは、そのチラシを手に取ると、その文字を(禁書の知識と照合しながら)読み上げた。

「……まぁ。ステラ」

「……あァ」


二人は、顔を見合わせた。

『寝床』と『食卓』は手に入れた。だが、文明的な生活を送るための「インフラ」が、まだ何もなかった。


「……クソが。金、かかりすぎだろ、この世界……」

ステラは、頭をガシガシとかきむしった。

「……店員!」

「は、はいっ!」

「このチラシの、『新生活応援』ってやつ。この、一番高いセット。それと、さっき選んだベッドとテーブル、全部だ」

「ぜ、全部、ですか!?」

「ああ。今すぐ、この住所に『配達』しろ」

ステラが、不動産屋の契約書を叩きつける。

「か、かしこまりました……!」


店員が、震える手で合計金額を打ち出す。

ステラは、バッグ(現金)から、分厚い札束を鷲掴みにし、叩きつけた。


---

夕方。

全ての家具と家電が、配送業者の手によって、がらんどうだった2DKの部屋に運び込まれ、設置されていく。

業者が慌しく帰っていくと、部屋には、ついに「生活」の匂いが満ちた。


「「…………」」


ステラは、自分の部屋のロフトベッドに、アスエルは、自分の部屋の猫足ベッドに、それぞれ倒れ込む。

そして、二人は同時に、床に放り出したバッグを見た。


あれほどパンパンに膨らんでいた二つのバッグは、見た目にも明らかに嵩が減り、軽くなっている。空にはなっていない。まだ、ずっしりとした重みは残っている。だが、地上に降り立ってから、わずか一日も経たずに、その中身がごっそりと消え失せたのは、紛れもない事実だった。


「……おい、アスエル」

ステラが、ダイニングへのドアを開け放ったまま、ベッドの上から声をかける。

「……はい、ステラ」

アスエルも、自分の部屋のドアを開けたまま、優雅に(しかし疲労を隠さずに)答える。


「……カネ、すげえ勢いで無くなってねえか?」

「……ええ。驚くべき『消費速度』ですわ。私達の故郷の感覚で『豪遊』すれば、あっという間に底を突きますわね」


ステラは、ロフトベッドから飛び降りると、嵩が減ったバッグを掴み、ダイニングテーブル(買ったばかり)の上に、中身をぶちまけた。

アスエルも、自分のバッグの中身を、その隣にそっと置いた。

まだ、それなりの厚みを残した札束が、テーブルの上に積まれている。


だが。


「……このままのペースで使い続ければ」

「いずれは、この『城』を追い出されますわね」


二人の間に、冷ややかで現実的な沈黙が落ちる。

無から有を生み出せない二人が、この地上で「インフラ」を維持し続けるには、この世界のルールに従い、通貨を稼ぎ続けるしかない。


「……決めた」

ステラは、その「減ってしまった」現金を睨みつけ、拳を握りしめた。

「……あら」


「やるぞ、アスエル」

「……何を、ですの?」

「『バイト』だ」


ステラは、家具屋のレジで握りしめてきた、もう一枚のチラシをテーブルに叩きつけた。

そこには、『急募! 未経験者歓迎!』という、力強い文字が躍っていた。


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