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天(あま)の邪鬼と獄(ごく)の天使  作者: あかはる


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第三話:『圧』と『契約』


ネオンが溢れ、排気ガスと様々な食べ物の匂いが混じり合う地上の夜。

その雑踏の中を、儀式用のボロ布をまとった少女二人が、確かな足取りで進んでいく。

周囲の人間たちは、彼女たちの浮世離れした美貌と、あまりにもみすぼらしい、あるいは奇抜な服装のギャップに、一瞬だけ視線を送るが、すぐに自分の喧騒へと戻っていく。


「……チッ。やたらとギラギラしてやがる。ヘブンの光より目に悪ィ」

ステラは、点滅するパチンコ店の看板を睨みつけ、悪態をついた。

「あら。私はこの混沌とした光、ヘルのマグマよりは好みですわ。無秩序なようでいて、どこか規則的で」

アスエルは、物珍しそうにきょろきょろと周囲を見渡している。


やがて二人は、いかにも怪しげな「高価買取 なんでも買います」と書かれた看板を掲げる、小さな雑居ビルの古びた店先で足を止めた。


「……ここか?」

「書庫によれば、こういう場所が『富の交換所』だとありましたわ」


二人は、薄暗い階段を上り、重い鉄のドアを開けた。

カウンターの奥で、脂ぎった中年の店員が、小さなテレビで競馬中継を見ながら、面倒くさそうに顔を上げた。


「……あァ? ウチ、ガキの来るとこじゃねえぞ。帰んな」

「「…………」」


ステラとアスエルは、無言でカウンターに近づいた。

そして、


ドンッ。


ドンッ。


二つの「物体」が、ほぼ同時にカウンターの上に置かれた。

完璧なカットが施された、大粒のダイヤモンド。

そして、ズシリとした金の塊。


「…………は?」


店員は、テレビから視線を戻し、カウンターの上の「それ」と、二人の少女の顔を、交互に三回は見比べた。


「……おもちゃか? イミテーションの置物にしちゃ、よくできてんな……」

店員は、嘲笑を浮かべながら、ステラのダイヤを指先で弾こうとした。


「……触んな、汚え手で」

ステラの低い声が響く。


「……あら。鑑定もなさらないうちに、価値を決めるのは『非合理的』ですわ」

アスエルが、にこりと微笑む。


そのただならぬ雰囲気に、店員はゴクリと唾を飲んだ。しぶしぶ鑑定用のルーペを手に取り、まずはダイヤを覗き込む。


「(……は? なんだこれ……インクルージョンが、ない? Dカラー、フローレス……)」

冷や汗が、額に滲む。

震える手で、次に金を手に取るり、純度を測る試金石を当てると、それは見たこともないほどの鮮やかな黄色を示した。


「(純度……99.999(ファイブナイン)……いや、それ以上……!? バカな!)」


店員は、完全に血の気が引いていた。目の前のボロ布の少女二人が、とんでもない「シロモノ」を持ち込んでいる。


「ど、ど、ど、ど……!」

店員は、椅子から転げ落ちそうになりながら、慌ててカウンターの奥の金庫を見た。

「ど、どちらも、とんでもないお品物で……! し、しかし! あいにく、こんな大金、今の手持ちが……!」


店員は、苦渋の決断を下した。

「お、お客様方……! どちらか、片方だけなら、今すぐ現金でお支払いできるのですが……! 両方は、とても……!」


「「…………は?」」


ステラとアスエルの声が、綺麗にハモった。

空気が、再び凍りつく。


「んだよ、それ。じゃあ、こっち(ダイヤ)先にしろ。どう見ても、こっちのが価値あんだろ」

ステラが、自分のダイヤを指差す。


「あら、ステラ。それは違いますわ」

アスエルが、自分の金塊をそっと撫でる。

「重さで言えば、私の金が先ですわ。それに、ダイヤは所詮、地上のありふれた『炭素』。私の金は、高貴な『元素』そのもの。格が違いますの」


「あァ!? 意味わかんねえこと言ってんじゃねえぞ、この悪魔!」

「まぁ、天使さんこそ、無知は『悪』ですわよ?(にこ)」


バチバチ、と二人の間に火花が散る。

店員は、この世の終わりかという顔で、二人を交互に見た。


「ひ、ひぃぃ……! お、お客様方! 揉めないでください!」

店員は、必死で声を張り上げた。

「そ、すぐそこの角を曲がったところに、ウチの系列店がもう一軒ございます! ど、どちらかはこちらで、残りはそちらで買い取らせれば、万事解決でございますから!」


「……あ?」

「……まぁ」


二人は、ピタリと動きを止めると、顔を見合わせた。

そして、チッと舌打ちをしたステラと、ふふっと微笑んだアスエルは、揃ってカウンターの店員へと向き直った。


「……じゃあ、とりあえず、こっち(ダイヤ)からだ。いくらになんだよ」

「そ、そうです! まずはこちらの金塊を……!」

店員は、この場を収めるため、どちらでもいいから片付けようと、慌てて電卓を手に取った。

(……ヤバいブツだが、ここで安く買い叩ければ……!)

「え、えーっと、ではこちらのダイヤですが……ま、色々手数料とか、鑑定料とか、ございまして……はい、このくらいのお値段で……」


店員が、弱々しく電卓の数字を差し出す。

それを見た瞬間。


ピシッ。


「……え?」

店員が見ていたテレビの競馬中継の画面に、ヒビが入った。

ステラのツリ目が、カッと見開かれていた。彼女の「創造」の力が漏れ出し、店内の蛍光灯が、異常な速度で明滅を繰り返す。

「……おい。あたしらが、地上の常識を知らねえとでも思ったか?」


サァァ…………


「……あら?」

店員が脂でベタついていたはずの電卓が、突如として黒い粒子となって崩れ落ち、指の間から消えていった。

アスエルのタレ目が、優雅に、しかし一切の光を宿さずに細められていた。

「……ふふっ。その金額。『破壊』するべきか、悩んでしまいますわね」


「ヒィィィィィィィーーーーーーッ!!」


店員は、金切り声を上げ、カウンターの裏にひっくり返った。

「も、も、申し訳ございません!! じょ、冗談でございます! もちろん、正規の価格! い、いえ! それ以上! 当店の最高額でお引き取りさせていただきます!!」


---

数十分後。

二軒の買取店から、それぞれパンパンに膨らんだ現金の束が詰まったバッグを受け取った二人は、夜の街を歩いていた。


「ケッ。チョロいもんだな、地上ってのは」

「ええ。とても『合理的』な交渉ができて、満足ですわ」


時刻は、すでに午後九時を回ろうとしていた。

「……おい、寝床どうすんだよ」

「そうでしたわね。確か『ふどうさんや』……『住居』を斡旋する場所があるとか」


二人が、煌々と明かりが灯る駅前の不動産屋に飛び込んだのは、それからすぐのことだった。


「いらっしゃいませー! お部屋探しですか?」

若い茶髪の店員が、営業スマイルで二人を迎える。


「あァ。『二人』で住む。『2DK』だ」

「あら。『同棲』ですわ。私達、『地上にいない種族』ですの」

「……は、はぁ?(なんだこの設定……)あー、ハイハイ! 2DKですね! こちらの物件なんか、新築でおススメですよー!」


話が早いことに満足し、二人は一番家賃の高い(=一番安全だと判断した)新築物件を選んだ。


「では、こちらに初期費用と……あ、あと、保証人様のご署名をお願いします。それと、お二人のご職業とか、ご親族の連絡先も……」

店員が、契約書を差し出した、その時。


「あァ? 保証人? んなもん、いねえよ」

ステラが、心底面倒くさそうに言った。

「職業?……『天使』だ(ボソッ)」


「まぁ。ご親族ですか?」

アスエルが、完璧な笑顔で店員を見つめる。

「あいにく、『悪魔』しかおりませんの(にこ)。……それに、この『契約書』、少し紙が、硬いですわね? 私の指先、傷ついてしまいそうだわ」

アスエルの指先が、契約書の端に、そっと触れる。


店員の背筋を、買取店の店長と同じ種類の、原始的な恐怖が走った。

(……ヤバい。この子ら、ガチの「設定」で生きてるヤツだ……! しかも、なんか、アツが、スゴい……!!)

ステラの背後で、蛍光灯がまたチカチカと点滅し、アスエルの指が触れた契約書の角が、わずかに黒く変色したように見えた。


「は、はは……!」

店員は、乾いた笑いを上げた。

「そ、そうですよね! 大丈夫です! 最近は保証人不要のプランもございますし、初期費用さえ、こ、こんなに(バッグの中身を見て)お持ちなら、何の問題もございません! ご職業も……あー、『フリーター』って書いておきますね!」


こうして。

ステラとアスエルは、地上に降り立ってからわずか数時間で、莫大な現金と、「圧」で契約した新築の城の鍵を手に入れた。

その鍵を乱暴にひったくったステラと、優雅に受け取ったアスエルは、疲れ切った不動産屋の店員に目もくれず、自分たちの「同棲」生活が始まる場所へと、夜の闇の中を歩き出すのだった。


カチャリ、と軽い金属音が響き、不動産屋で「圧」をかけて手に入れたばかりの鍵が、真新しいシリンダーの中で回った。


「……ここか。あたしらの『城』ってわけだ」

ステラは、乱暴にドアノブを回して、中へと足を踏み入れる。

「まぁ、新築ですもの。清潔そうで何よりですわ」

アスエルも、その後に続いた。


二人を迎えたのは、新築特有の、接着剤と新しい木材が混じった匂い。

そして――


「「…………」」


玄関から続く短い廊下。その先にある、リビングダイニングキッチンと、二つの洋室。

その全てが、がらんどうだった。

あるのは、壁紙と、フローリングと、窓ガラスだけ。

照明すら、まだ天井のソケットに裸電球がぶら下がっているだけだ。


「……チッ。そういや、そうか」

ステラは、忌々しげに舌打ちした。

「『住居』ってのは、ハコのことかよ。寝床とか、調理場とかは、別で揃えねえといけねえのか」

「あら……。それは、少々『非効率』ですわね」

アスエルも、困ったように眉をひそめた。

「ヘブンでは『創造』すれば、ヘルでは『破壊』の余り物で、どうとでもなりましたけれど」


ステラは、試しにリビングの壁に向かって手をかざし、「創造」の力を発動させようとした。

だが、ピクリともしない。

「……クソ。やっぱりか。無から有は生み出せねえ。 神様の領域だ、そりゃ。 何か『改良』するベースがねえと……」


ぐうぅぅぅぅ……………


静まり返った、がらんどうの部屋に、先ほどよりも一際大きく、そして切実な音が響き渡った。

発生源は、言うまでもなくステラだ。


「…………ッ」

ステラは、自分の腹を睨みつけながら、顔を真っ赤にする。

「な、なんだよ! 文句あんのか!?」

「いえ、別に何も」

アスエルは、口元を袖で隠しながら、くすくすと笑った。

「ヘブンでは『徳』がエネルギー源だと伺っておりましたが、地上ではそうもいきませんようですわね」

「……うるせえ。テメェだって、そのうち腹減んだろ」

「ふふっ。私は『コア』が源でしたから。でも、確かに、この身体……地上に適応したのか、何か『エネルギー』を欲している感覚はありますわ」


二人を突き動かしていた、故郷からの逃亡という高揚感と、地上に降り立った緊張感は、現金を手に入れ、寝床を(仮)確保したことで、急速に薄れていた。

残ったのは、空腹と疲労だけだ。


「……仕方ねえ」

ステラは、膨らんだバッグ(現金)を、無造作に床に放り投げた。

「こんな場所で干からびる前に、『メシ屋』探すぞ」

「賛成ですわ。確か、地上には『二十四時間』、食事を提供してくれる場所があると禁書に……」


二人は、再びアパートのドアを開け、真夜中の街へと出た。

幸い、駅前の大通りには、煌々と明かりを灯す場所がいくつもあった。

その中で、ひときわ大きく『ファミリーレストラン』と書かれた、眩い看板を見つける。


「……ファミ……リー……?」

「家族の食事処、ですの? 私達、家族ではございませんが……」

「知るか。二十四時間開いてんだろ。入るぞ」


---

店内は、真夜中にもかかわらず、数組の客がいた。

二人は、窓際のテーブル席に案内される。

目の前に置かれた、分厚いメニュー(写真だらけの書物)に、二人は一瞬、面食らった。


「(……なんだ、この『創造』のバリエーションは……!)」

「(……まぁ、『破壊』するのが勿体ないほど、美しく整えられて……)」


結局、一番大きく写真が載っていた「ハンバーグステーキ」と「ドリンクバー」というものを注文し、ぎこちない沈黙が訪れた。

ドリンクバーから運んできた、ステラは黒い液体コーラを、アスエルは透明な炭酸水ソーダを、それぞれ無言で見つめている。


先に口を開いたのは、ステラだった。


「……おい、アスエル」

「はい、ステラ」

「テメェ……なんで『昇天』なんてしようと思ったんだよ」

ステラは、コーラの氷を、ストローでかき混ぜながら、ぶっきらぼうに尋ねた。

「……『良い人』と会うため、とか言ってたが……。ヘルってのは、そんなに居心地悪かったのか?」


「……居心地、ですの」

アスエルは、ふっと炭酸水ソーダの泡を見つめた。

「……ステラ。ヘルでは、『悪』こそが全てですわ。 より邪に、より混沌と、より派手に『破壊』することこそが、悪魔の『善』なのです」


「……だろうな」

「ですが……私、どうにも、それが馴染めなくて」

アスエルは、タレ目を少し伏せた。

「悪魔のくせに、おっとりしている、と。 無駄な破壊は好まない。そのくせ、一度『破壊』を始めると、ミクロの単位まで完璧に消滅けしとばさせてしまう。 ……それが、他の皆には『気味が悪い』『天使かぶれ』と映ったようですわ」

「…………」

「『そんな“良い奴”は天国にしかいないね』……それが、私の故郷での、挨拶代わりでしたもの」


ステラは、コーラをかき混ぜる手を、ピタリと止めた。

その言葉は、彼女が聞き飽きるほど、ヘブンで浴びせられた言葉と、鏡写しのように酷似していたからだ。


「……そうかよ」

ステラは、自分のグラスに視線を落としたまま、呟いた。

「……あたしは、逆だ」

「……え?」

「ヘブンじゃ、『善』こそが全てだ。 秩序と調和。それが天使の『誇り』だ」


ちょうど、店員が二つのハンバーグを運んできた。

ジュウジュウと音を立てる鉄板を前に、二人は再び口を閉ざす。

未知の食べハンバーグに、恐る恐るナイフとフォークを入れる。


「……!」

「……まぁ」


口に運んだ瞬間、二人の目が、わずかに見開かれた。

(……うまい)

(……美味しい)


「……天使のくせに、口が悪い。粗暴だ。 創るモンも、荒々しくて野蛮だ、ってな」

ハンバーグを、子供のように夢中で頬張りながら、ステラは続けた。

「周りと同じように、穏やかで、綺麗なモンなんざ、創りたくもねえ。 それが、あいつらにとっちゃ『悪』らしい」

「…………」

「『そんな悪い奴は地獄にしかいないね』……ハッ。聞き飽きたぜ、その台詞」


食べ終えた皿の上で、ナイフとフォークが、カチャン、と音を立てた。

アスエルは、自分が飲み干していた炭酸水ソーダのグラスを、静かに見つめていた。


「……ふふっ」

「……んだよ」

「……いいえ」

アスエルは、顔を上げた。そのタレ目には、先ほどの憂いはなく、深い共感と、少しの安堵が浮かんでいた。

「……ステラ。私と、同じですのね」


「……あァ?」

「天使なのに『悪魔みたい』と言われ、疎まれた貴方と」

アスエルは、自分を指差す。

「悪魔なのに『天使みたい』と言われ、疎まれた私」


ステラは、一瞬、虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに、ふいっと窓の外に視線をそらした。

「……ケッ。……違えねえ」


その時、二人は気づいた。

あれほど憎いほど暗かった夜空が、いつの間霞み、白み始めていることに。

真夜中のファミレスを、早朝の、柔らかい光が照らし始めていた。


「……うわ」

「……朝、ですの」


二人は、どちらからともなく立ち上がった。

膨らんだ現金入りのポケットから、適当に数枚の紙幣を掴み、レジに叩きつけるように置いて(店員が目を丸くしていたが)、店を出た。


朝焼けの中、二人はアパートへと戻る。

ドアを開けると、昨日と何も変わらない、がらんどうの部屋が広がっていた。


「…………」

「…………」


ステラは、床に放り投げていたバッグを、乱暴に蹴とばした。

「……腹も膨れたし、眠気も覚めた」


「ええ」

アスエルも、そのバッグ(の片割れ)を、優雅に持ち上げる。

「まずは、この『城』を、私達の『寝床』にしなければ、なりませんわね」


「決まりだな」

「ええ」


「「家具、買いに行くぞ(買いに行きますわ)」」


朝日が差し込む、何もない部屋で。

家出してきた二人の「問題児」の、地上での奇妙な『同棲生活』が、ようやく、本当の意味で始まろうとしていた。

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