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TL

誰もいない(ただし、隣ん家の幼馴染はいる)

作者: 春野ふぶき
掲載日:2025/09/08

——目が覚めた瞬間、違和感に気づいた。


大沢若菜16歳は布団の中で耳を澄ます。


家のどこからも生活音がしない。


いつもなら、母が台所で食器を並べる音や、弟のゲーム機の電子音が聞こえてくるはずだ。


それが今朝に限っては、しんと静まり返っている。


「……寝坊?」


布団から飛び起きて制服に着替え、階下に降りる。


リビングも、ダイニングも、誰もいない。


テーブルには皿も並んでいない。


玄関の靴箱には父の革靴も、母のパンプスも残っていた。


「お母さん?お父さん?雄大?」


呼んでも応えは返ってこなかった。



慌てて自転車に飛び乗る。


学校に行けば誰かいるかもしれない。


通学路を駆け抜けるが、見慣れた朝の光景はそこになかった。


商店街も、横断歩道も、人影はゼロ。


車も走っていない。


ただ蝉の声だけがけたたましく響いている。


校門をくぐり、教室に駆け込んだ。


そこも同じだった。

机と椅子だけが整然と並び、黒板には昨日の授業の板書が残っている。


人間の気配が、まるで世界ごと消えたみたいにどこにもなかった。


「……うそ」


背筋に冷たいものが走り、思わず駆け出した。


どこにもいない。誰もいない。


——怖い。


自転車をこぎ、家に戻る途中。


「若菜!」


突然、後ろから呼ばれて振り返る。


見知った顔がかけてくるのが目に入った。


「勇輝……!」


隣に住む幼馴染、武井勇輝。


幼稚園、小学校、中学校……高校まで同じで、今はふたりとも近所の公立高校の一年生だ。


サッカー一筋で脳筋なところがあるけれど、子どものころからずっと一緒に遊んできた存在だ。


その勇輝が、汗だくで息を切らしながら駆け寄ってきた。


「やっぱり……!お前もか!」


「え?」


「朝起きたら家に誰もいなくて……街も空っぽで……!俺、どうすりゃいいか分かんなくて!」


その必死な声に、若葉の胸が少し軽くなった。


——自分ひとりじゃなかった。



ふたりで並んで街を歩く。


コンビニに入ると、電気はついていて冷蔵庫も稼働している。


商品も棚にぎっしり詰まっているのに、店員も客もいない。


スーパーも、交番も同じだった。


電気も水道も動いているのに、人間だけがごっそり消えたようだった。


「……なあ、俺たち以外、誰もいないってことか?」


「そんな、バカな……でも」


勇輝がこちらを見て、無理に笑ってみせる。


「大丈夫。俺が守るから」


「は?」


「なんだよ、こういうときは男がしっかりしねーと!」


唐突な頼もしさに、思わず吹き出してしまう。


「……勇輝って、ほんと単純」


「うるせー!でも笑ったな。元気でたろ?」


確かにそうだった。


怖さは完全には消えないけど、幼馴染が隣にいるだけで、だいぶちがう。




夕日が沈むころ、若菜の家に戻った。


冷蔵庫にはまだ食材があったけど、ふたりで作る余裕はなく、コンビニで持ち帰った(ちゃんとレジにお金は置いてきた)パンやカップ麺を並べて夕食にした。


「……なあ」


食べ終えてから、勇輝が当たり前の顔で言った。


「今日、俺、泊ってくからな」


「えっ?」


「だって若菜ひとりにするわけにいかねーだろ。絶対怖いって」


口ごもりつつも、否定できなかった。


実際、夜になったらもっと不安になるのは分かっていたから。


時計は、すでに夜の12時をまわっていた。


布団に入っても、やっぱり眠れなかった。


窓の外からは、虫の声と風の音しか聞こえない。


街灯が照らす道は誰も歩いていない。


世界に取り残されたような孤独が胸に広がる。


気づけば、勇輝のいる隣の部屋の襖をそっと開けていた。


「……眠れないのか?」


「……うん」


勇輝は少し驚いたように目を丸くして、それから照れくさそうに布団をめくった。


「入ってこいよ。ほら」


同じ布団に入ると、肩と肩が触れ合って心臓に悪い。


「明日も……このままなのかな」


小さな声で呟くと、勇輝はしっかりと答える。


「分かんねえ。でも大丈夫。俺がいる」


その一言に、涙がにじみそうになった。


気づけばふたりは自然に抱き合っていて、唇が触れる。


少しカサついた勇輝の唇の感触。軽い口づけはすぐに深くなった。


何度も重ねるうちに、勇輝の呼吸が熱を帯びていく。


頬に、首筋に、震える指先が触れるたび、背中がそくそくと熱くなる。


「若菜……嫌ならはっきりと、そう言えよ」


「……やだ、なんて言うわけないよ」


囁きに応えるように、さらに唇を重ねた。


布団の中で重なり合う体温。


互いに触れる場所が増えるたびに境界が曖昧になっていく。


初めての感覚に戸惑いながらも、勇輝の優しい手が導いてくれる。


少しの痛みと、胸の奥からこみ上げる甘さ。


涙と笑みが混ざり合う瞬間、若菜は世界にふたりきりであることを強く実感した。


体を預けるたび、孤独は遠のき、勇輝の存在だけが鮮やかに迫ってくる。


求めあう熱の中で、若菜は「ひとりじゃない」とはっきり分かった。



夜が明けた。


やはり、世界には人は戻っていなかった。


でも若菜の心は不思議と落ち着いていた。


布団の中で眠る勇輝の寝顔を見つめ、そっと微笑む。

「……大丈夫。だって、勇輝がいるから」


彼が目を覚ますと、いつもの調子で笑った。


「よし、今日もサバイバルだな!俺たちが新しい世界を作るんだ!」


呆れて肩をすくめながらも、心は温かかった。


誰もいない世界。


けれど隣には、幼馴染の彼がいる。


それだけで、生きていけると思えた。



読んでいただき、ありがとうございました。

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