7 決意
呆然と立ち尽くす俺たち。
するとシアンは欠伸をしながら呆然とする俺たちに話しかけた。
「さて、今度こそ天界に連れて行ってくださいね?」
そう言うと手に持った赤いコアクリスタルをアーシュリに近づけた。
「え……?」
「どうしたんですか?このままだとスタンピードに巻き込まれますよ?」
驚くアーシュリをよそにシアンは本当に分からないといった表情で続けた。
「それともまさか貴女が、このスタンピードをどうこうしようとでも考えているんですか?」
「そ……それは……」
口ごもるアーシュリを無視してシアンは続ける。
「さっきの人も恐らく魔物に殺されるでしょうけど、それでも貴女よりは強いですよ?」
「……え?」
「そこに貴女が加勢したところでもって数秒です」
「あ……あぅぅ」
そして呆れたようにシアンは続けた。
「さあ、余計なことは考えずに早く転送してください」
「まってくれ!」
ようやく頭が働いてきた俺がシアンに話しかける。
「シアンなら……このスタンピードを何とかできるか?」
期待を込めてシアンに聞いてみる。すると・・・
「まぁできますよ?」
さも当たり前のように答えた。
「ほ……本当ですか!?」
アーシュリも驚いたようにシアンに問いかける。
そして祈るようなポーズでシアンに懇願した。
「お願いします!シアンさん!この街を救っては頂けませんか!?」
そしてハッとしたような表情のあと続ける。
「お……お代はその後必ず追加で払います!ですからどうか……」
そうやってシアンに懇願するアーシュリを俺は少し以外に思っていた。
ちょっとしか彼女と話していないが、自己中な女かと思っていたがどうやら違うようだ。
そしてシアンもお金さえもらえればやってくれるはず・・・!
俺も期待を籠めてシアンを見るが、その期待は裏切れる。
「いえ、15万バル頂けるのでもう結構です」
シアンは無情にもそう言い切ると呆然とするアーシュリに続けた。
「では転送してください」
感情のこもっていない目でアーシュリを見据えながらコアクリスタルをアーシュリに突き出す。
「ふ………」
顔を伏せたアーシュリは声を震わせた。
そして
「ふっっざけんじゃないわよ!!」
ばっと顔をあげて声を荒げる。
「なんなのよあんた!!金金金金言ってるかと思えばもういらないとか!!」
そして怒りで顔を真っ赤にしながらシアンに掴みかかる。
「ほんとはびびってんでしょ!?できやしないんでしょ!?だったら余計な事言わずにここで黙ってなさいよ!!」
アーシュリは怒りに任せてさらに続ける。
「この街には私の友達がいたの!!彼女が率いるアークエンジェルズがここにいたの!!それが全滅してるって言うのよ!?」
そしてシアンを突き飛ばし続けた。
「私はアークエンジェルズの一員よ!彼女の意思を継いでこの街を守る責務がある!!」
そして少し声を落ちつかして俺に言った。
「あんたには悪いけど私は行くわ。住民たちが避難が終わるまでは時間を稼いで見せる」
だからっとアーシュリは続ける。
「あんたは早く住民たちと逃げなさい。そうすれば他の天使があんたを迎えに来ると思う」
そこまで言ってアーシュリは少し悲しそうな顔をして飛び立った。
残された俺は呆然とそれを見送る。
勝手にこの世界に呼び出されて、死にかけて、死体を見て、天界に連れていかれそうになったら知らない街で、そして魔物の大群に襲われかけている。
なんだこれ?なんだんだこれ?
正直な話、なにひとつわからな。
ちゃんとした説明もないまま、ただただ状況に流されていく。
「ふわぁ」
俺が混乱していると、シアンは興味がなさそうに欠伸をした。
「また金づるに逃げられました」
そしてつまらなさそうに一言呟いた。
轟音がもう近くまで聞こえる。
最初のゴブリンたちとは違う圧倒的な存在感が近づいてくる。
それらから発される死の恐怖に俺はなすすべもなく立ち尽くしていた。
そんな状況にあってもシアンは全く動じることはなく、俺に話しかけた。
「それでどうしますか?」
どうする?って俺にそんなこと聞かれても困る。
「と……とにかく噴水広場ってところに避難しよう……」
辛うじて絞り出した言葉にシアンは頷く。
「わかりました。ではここでお別れですね」
「え……?」
お別れ?なんでだ?
「私はもうここに用はないので帰ります」
そう言うとシアンはあっ、と思い出しように手を打った。
「そうだショーリさん。これ多分あなたのだと思うので返しておきます」
ごそごそと腰にぶら下げている袋から何かを取り出す。
そしてどうぞっと渡されたものは俺の学生証とスマホだった。
「ぼろぼろだった貴方の衣服から出てきたものです」
そう言えば俺はいつの間にか着替えさせられていたのか。
そんなことも気づかない程俺はいっぱいいっぱいっだったらしい。
そもそも学生証なんて俺ポケットに入れてたっけ?
そんなどうでもいいことを考えているとふと馬鹿らしくて笑えて来てしまった。
「くくっ」
嗤えると少し冷静になってくる。
そしてシアンを見た。
こんな状況なのになんで彼女はこんなに冷静なんだろう?
決まっている、シアンには確信があるのだ。
この状況にあっても彼女だけは絶対に切り抜けることができると。
なら……
「なあシアン……君ならこの状況を打破できるんだよな?」
いきなり笑ったからだろうか、シアンはいぶしげな顔をしながら、しかしはっきりと答える。
「できますよ?」
「なら……」
「ですが私がこの街を助ける義理はあせませんよ?」
かぶせ気味に俺の言葉を遮るシアンだが俺は構わず続けた。
「違う違う。俺が言いたのはまたくたびれ損でいいかって話だ」
「……む」
「このまま俺と別れればまたシアンはくたびれ損だろ?」
これで三度目だっと俺は続ける。
「俺はこのまま避難しとけばいずれまた天使が迎えにくるかもな?」
「でもそれじゃあシアンはもう金はもらえない。アーシュリじゃないと金はもらえないからな」
そこまで続けてシアンはいぶしげな顔のまま俺に言った。
「なにが言いたいんですか?」
「俺は今からスタンピードに行く。そこの魔物たちから俺とアーシュリを救ってくれ」
「……は?」
「彼女と俺がいればまだ金はもらえるだろ?なら助けたほうがいいじゃないか!」
そしてっと俺は続ける。
「ついでに魔物も退治してくれれば追加ももらえる!
もしかしたらこの街からも謝礼金がもらえるかも!」
「……」
「何で金がいるのか知らないけど、金はあるだけあって損はないだろ!」
「……」
だめか……?
だがもう後戻りはできない。
俺は震える足を叱咤してアーシュリや男が消えた方へ体を向けた。
「じゃあ……」
そう言って駆け出そうとした時、シアンに腕をつかまれた。
「なぜですか?」
「え?」
シアンの問いかけに俺は振り向くと彼女は本当に分からないっと言った顔をして続けた。
「なぜ見ず知らずの人たちのためにそこまで貴方が体をはるのですか?」
「それは……」
「貴方はあの天使に恨みはあれど恩はないはずです」
確かに俺はアーシュリに恩は全くない。
シアンの言う通りむしろ恨んでもいいぐらいだ。
でも……
「でも目の前で大変な思いをしてる人達がいるなら俺は手をのばしたい」
昔からそうだった。
友達たちにもいつも言われていた。
そんな無駄な人助けばっかりしてたらいつかお前が大変な目にあうぞって。
でも皆になんと言われようと、偽善かもしれないけど困っている人を見たら放ってはおけなかった。
そんなことを学生証を見て思い出した。
それを聞いてシアン少し驚いたように目を開いた。
そして
「……ふふ」
優しく微笑んだ。
彼女が微笑んでいるのを初めてみた。
それだけで、忘れていた心臓がまた高鳴っていく。
そう言えば俺は魅了を掛けられていたんだっけ!?
「あなたはゴブリン程度に怯えて失禁するぐらい臆病な人なのに、意外と勇敢なんですね?」
「いや!漏らしてはないよ!?」
そしてクスクスと笑うと彼女は言った。
「わかりました。貴方を助けます……ショーリさん」
ついでにあの天使もっとシアンは続ける。
次の瞬間俺の目の前からシアンが消えた。
驚いて辺りを見渡すと建物の上からシアンの声が聞こえた。
「急いでくださいショーリさん。でないと見逃してしまいますよ?」
光に照らされたシアンは優しく微笑んで続けた。
「魔界で最も極寒の秘境、氷の谷。そこで舞う踊り子の雹演舞を……」