56 魔王の戦慄
『失敗した。魔族の化け物がいる。重々警戒し計画の練り直しをせよ』
カイン・アルベルトからの最後の念話を受け取った時、魔王マッハブージは戦慄して暫く動けなかった。
一度だけカインに連れられて発展途中のディオスパイダーの群れを視察に行ったことがあったが、その時すでにマッハブージの手に負えない程の群れと化しているディオスパイダーに、恐れを抱いたのを今でも覚えている。
完全に完成したであろうディオスパイダーの群れを殲滅したというのだろうか?
一体だれが?
その後聖女クラシーの報告で、ディオスパイダーの群れを殲滅したのは魔族の小娘だということが分かった。
───あり得ぬ!!!
マッハブージ自身ですらあのディオスパイダーの群れを相手にしろと言われれば、NOと答えざる得ない。
正直あの群れを相手にできる者など魔界に措いても大魔王ラジゴ・ドラキングその人だけだろう。
それを、たかが小娘がやってのけたと言うのだ。
つまりその小娘は、自分をも上回る戦闘能力を持っているというのだ。
馬鹿馬鹿しい与太話だと一笑したいが、事実ディオスパイダーの群れは殲滅されている。
そこでマッハブージは、とあることを思い出す。
大魔王ラジゴ・ドラキングは大層の女好きで至る所に現地妻を作っているらしいが、その中でも数名大魔王にも勝るとも劣らいない実力の子供たちが出来ているらしい……と。
それを聞いた時は何を世迷言をと一笑に付していたが、その話が本当だというのならば合点がいく。
つまり年端も行かない小娘でありながら、大魔王に近しい実力をもつ娘。
圧倒的実力者が大魔王一人ならば、革命軍の力で何とか抑えることが出来るかもしれない。
事実ディオスパイダー作戦が成功し、ファルデア王国を制圧したならばその後、ディオスパイダーはファルデアを足掛かりに地上を支配していくだろう。
それを食い止めるため、連合軍と天界と魔界は動き始める。
そしてディオスパイダーを殲滅出来るのは、魔界の覇者大魔王ラジゴ・ドラキングのみだろう。
連合軍が所有している勇者もいるが、マッハブージに言わせれば勇者など大魔王に比べれば遥かに劣る。
そして大魔王がディオスパイダーを処理している間に、革命軍は更なる一手を先に打つことが出来るのだ。
そう思っていた。
少なくともディオスパイダー作戦が失敗するなど夢にも思っていなかった。
しかしラジゴ・ドラキングの子供たちが圧倒的実力者だとなると話は変わってくる。
もはや革命軍が何をしようとも、彼らに勝つことは出来ないのではないか?
そしてラジゴ・ドラキングはその子供たちと共に革命軍を殲滅し、裏切り者である自分も処理されてしまうのだ。
マッハブージは恐怖と緊張のあまり、その夜眠ることが出来なかった。
そんな中先日の革命軍の会議中に、革命軍の長イオグマ・マグナッソを差し出した進化の種。
運命だと思った。
自分自身が進化すれば、大魔王をも超えることが出来るかもしれない。
いや。自分が超えなければ革命軍はもはやどうすることも出来ないだろう。
マッハブージは己の更なる進化と革命の為、進化の種を飲み込んだのだった。
★
こうして新たな力を手に入れたマッハブージだが、自分はどうやら思っていた以上に強くなりすぎてしまった様だ。
ディオスパイダーを殲滅した大魔王の娘を前にしても、その圧倒的戦闘能力を肌で感じる事はあっても脅威とまでは感じなかった。
現にその小娘は自分の渾身の一撃を受けてダウンしている。
これならば奥の手を切る必要すらない。
恐れおののいていた大魔王の娘だが、蓋を開けてみればこんなものか。
「大魔王の娘よ……。少々興ざめだがこれで……っ!!?」
次の瞬間首筋に冷やりと悪寒が走った。
全力でその場から離脱すると、そこにはマッハブージの首を刈り取る死の斬撃が繰り出されていた。
背後からの完全なる不意打ち。
───馬鹿な!!?
先程まで目の前で大魔王の娘は倒れていたはず!
あの状態から一気に自分の後ろを取って攻撃したというのか……!?
その時マッハブージにとある仮説が頭をよぎる。
大魔王の娘の固有魔術の存在。
恐らく小娘の固有魔術は瞬間移動なのだ。
目の前に居ながら発動を悟らせない魔術コントロールには感服するが、能力さえ分かってしまえば対策はいくらでも出来る。
今の一撃を外してしまった小娘に、最早勝機は無くなったのだ。
だが、
「今の一撃感服した!!敬意を称して俺の最大の力で貴様を葬ってやろう!!」
言葉と同時に地面に片手を当てる。
次の瞬間地面から、溶岩を纏った巨人の兵士や魔物、ドラゴンなどが出現する。
これこそ彼の魔王のしての権威にして、固有魔術。
「溶岩の兵士たち!!!」
進化の種により強化されたその力は、普段ならば数百程度の軍勢だが今は数千にも及びシアンを取り囲む。
一体一体が無双の力を持った怪物の軍勢。
「ぐわはははははあ!!!大魔王の為の取って置きだ!!!誇りに想い死ねぇい!!!」
「雹演舞8節、氷界」
言葉と共に少女はクルリとその場で一回転する。
瞬間全てが凍結した。
街も、瓦礫も、呼び出した溶岩の巨人もドランゴンも、初めから氷のオブジェかの様に凍り付いた。
「……は?」
「何度も言わせないでください……。それはこっちのセリフです」
目の前の怪物は冷たく言い放つと、氷よりも冷えた瞳でマッハブージをとらえ口を開いた。
「この程度の事で白旗を上げないでくださいね?興ざめです」
★
雹演舞8節氷界。
シアンを中心に直径数百メートルにわたり円を描く。
その円の中にいる生物、無機物、そして神術や魔術全てを氷結させる結界術である。
それは魔王や神々の機能すら凍結させ、封じる力がある。
雹演舞は舞の名称を唱え、その舞を舞うことで発動する魔術の一種のため一度発動してしまえば魔力が続く限り効力が消えることは無い。
この8節の舞こそ、シアンが家にいる時に防犯の為発動している舞であり、この舞の効力で最初天使たちの機能は停止していたのだ。
家にいるときは極力威力を抑えて発動しているため、基本的に魔術や神術にしか作用しない様になっているが、本気で発動すればご覧の通りマッハブージの軍勢を一気に氷結させる力を持っている。
久しぶりの敵との闘争だ。
心行くまで楽しみたかったが、シアンは目の前の魔王と遊ぶのを辞めさっさと片付ける事に決めた。
既にマッハブージに殴られたダメージは回復している。
後は目の前の得物をさっさと狩るだけだ。
───ショーリさん。私が行くまで無事でいて下さいね
シアンは心の中で佐藤勝利を案じると、決着を付けるべく魔王に剣を向けるのであった。




