5 2度目の移転
ランダム、ランダム……意味は分かる。
つまり俺は偶然にこの世界に連れてこられたというわけか?
「おい……」
「……うっ!」
俺が思わず手を伸ばすとアーシュリはビクリと肩を震わせて後ずさる。
「それじゃなんだ?ランダムで選ばれたから俺はこの世界に来たわけか?」
そう尋ねた俺にアーシュリは答える。
「そ……そうです」
その回答に俺は怒りを隠せない。
「……ざけんなよ」
「……ひぃ!あ……あの!ランダムと言っても本当に名誉あること……なんですよ!」
怯えながらもアーシュリは言葉を続ける。
「本来なら……あなたは天界にあるポータルに呼ばれるはずでした!でもちょっとした手違いで、今は使われていなかった魔界のポータルに呼ばれてしまったんです。そして私たちはあなたをお迎えするために地上におりたったんです……!」
名誉だと!?
いきなりゴブリンに殺されかけ、凍えて死にそうになり、しかも何やら凍傷で壊死したらしい体をどうやってか治してもらったけれども───!
この世界に来て何一ついいことがない!
「なにが名誉だ!俺はこんなこと望んでいない!」
「そ……それは……」
アーシュリは俺の言葉を聞いて、すがるような視線をシアンに送る。
しかしシアンは表情をピクリとも動かさずに言った。
「では彼を今から天界に連れていくんですね?」
「は……はい!佐藤勝利さんをこれから天界にお連れしたいので……あの……」
アーシュリは言いにくそうにシアンに告げる。
「天界に戻るためには……その……ジルドさんのコアクリスタルが必要なんです」
そして縋るような瞳でシアンを見つめる。
「お願いします……。ジルドさんのコアクリスタルをお返しください……」
そう言って頭を下げたアーシュリに、しかしシアンは無情にも告げた。
「いくらですか?」
「え……?」
「いくらですか?」
シアンはアーシュリに再度問いかける。
「そ……それは……」
口ごもるアーシュリを、しかしシアンは急かすことなくただ見つめる。
そんな二人に俺は抗議する。
「ちょっとまてよ!俺は天界に行くなんて一言もいってないぞ!」
「先ほども言いましたが、あなたが元の世界に帰るには神人に戻してもらうしかありません。
あと、神人が魔界に来ることは稀ですので、あなたが天界に行くのが一番はやいのですよ」
「だからって……!」
抗議しようとした俺だったが、そんな俺にシアンは首を傾げる。
「何がそんなに嫌なんですか?」
「それは……!」
何が嫌かと聞かれると正直こまる。
だが、神人とやらが勝手に俺をこの世界に連れてきて、そしてそいつらの都合で俺が振り回されるのが何となく腹が立つのだ。
たしかにシアンの言う通り、神人にあって元の世界に帰してもらうのが一番の近道なのは今までの説明でわかる。
だからと言って、ハイ分かりましたと言うほど俺は素直ではなかった。
と、言うかさっきから聞き流していたが、ここは魔界なのか!?
突然の事ばかりで、頭がぐちゃぐちゃだ。
そして口ごもる俺を無視して、シアンは今度はアーシュリに問いかけた。
「それで?いくら払えるですか?」
「う……うう……」
アーシュリは涙目でシアンを見つめる。
「15……15万バルお支払い……します……」
「わかりました。では交渉成立ですね」
そう言うとシアンはフィンガースナップの要領で指を鳴らす。
すると、うずくまっていたボトルが口に加えたコアクリスタルをシアンに投げ渡す。
「15万バルが支払われるまでの間、これは私が預かっておきます」
「え…ええ!?」
アーシュリは驚き目を見開く。
「そ……そのコアクリスタルがないと佐藤勝利を天界にお連れできません!ですからそのコアくりす……!」
アーシュリの言葉を遮るように、アーシュリの喉元にはシアンの剣が突きつけられていた。
「ひっ……!」
アーシュリは恐怖で顔を引きつらせる。
そんなアーシュリにシアンは言った。
「私がこれを持っていても、あなたは転送の術ぐらい発動できるでしょ?転送の術にあなたの神力だけでは足りないので、これが必要なはずです……。ですが近くにあればこのコアから神力を吸収ぐらいできるしょう?」
そして剣をアーシュリに突き付けながら、俺のほうを向かずに話しかける。
「私も天界へ行きます」
「え?」
いきなりの展開に俺はついていけない。
俺のそんな様子を無視して、シアンはアーシュリに話しかける。
「お金が支払われるまで、私はあなたについていきます」
「ま……魔族を天界に招き入れることはできません!」
恐怖で顔を強張らせながらアーシュリは抗議する。
「そ……それに天界に行けば、あなたの身の安全は保障できませんよ!?」
「……はっ」
シアンはそんなアーシュリの抗議を鼻で嗤うと
「あなたごときに、私の身の安全を心配して頂かなくて結構ですよ?自分の身は自分で守ります」
そう言って続ける。
「さぁ、話が進まないのでさっさと術を発動させてください。このままでは日が暮れてしまいますよ?」
シアンは剣を更に強く首に押し当てていく。
アーシュリはこのままでは、自分の命も危ないと分かったのだろう。
半泣きになりながら、急いでぶつぶつと知らない言葉を紡ぎ始める。
そして───
「もうどうなっても知りませんからね!!」
その言葉と同時に俺たちの足元には魔法陣のようなものが現れた。
「ではボトル。留守は頼みます」
シアンがそうつぶやくと、ボトルは嬉しそうに「ぐるる」とひと鳴きした。
「お……おい!ちょっとまてよ!」
俺の抗議はむなしく、あたり一面が光が包み込み、一瞬の浮遊感を感じたかと思うと俺達はその場から消え去ったのであった。