46 戦闘開始
魔王マッハブージは自分の名乗りに満足そうに頷くと、シアンを見定め力を溜める。
彼の乱入に皆が動けなくなっている皆を横目に魔王マッハブージは飛んだ。
瞬時に音速の壁を超える超音速となり、ソニックブームによりホテルの会場を吹き飛ばしながらマッハブージはシアン目掛けて拳を振りぬいた。
シアンはマッハブージの拳を最低限の動きでひらりとかわすと、両手に自らの得物であるショーテルを召喚し瞬時に切り裂く。
シアンの鋭い斬撃をギリギリで躱しながらマッハブージは右手に魔力を溜める。
そして
「ビオラデ・グランデカ!!!」
灼熱の火球をシアンに向かって撃ちだした。
会場を覆いつくすほどの灼熱の火球をシアンは事も無げに切り裂くと、火球は瞬時に凍り付き巨大な氷塊へと姿を変える。
一瞬の攻防だった。
この一瞬の攻防を理解出来たものは会場内で数名しかいなかった。
誰もが生唾を飲み込む中クリムがシアンに口を開く。
「ねぇシア。僕ら先いくね?」
「ええ、そうして下さい。私もこの人倒したらすぐに追いつきます」
「おっけー」
この場に似つかわしくない呑気な会話を終えたクリムは佐藤勝利やアルデンに言った。
「さ?いこ?ご主人様。おじさん」
その言葉に目の前の超高速戦闘によりフリーズしていた場が動き出す。
「い……行かせるな!!総員戦闘配備!!」
王国筆頭軍2番隊隊長パルアキの号令に筆頭軍の騎士たちが構える。
「させるかよぉ!!てめぇら出番だぜ!!」
王国筆頭軍5番隊隊長ジャランカも負けじと叫ぶ。
彼の叫びで会場に隠れていた彼の部下たちが一斉に姿を現す。
「ちぃ!!邪魔な!!大魔王の娘よ!!場を整えるぞ!!」
「は?」
臨戦態勢に入った周りを見たマッハブージは、シアンの答えを聞かず会場に向かって拳を振り下ろした。
「いけない!!」
スワンナの叫びが辺りに響くが時すでに遅く、マッハブージの拳が会場を殴打した。
極大の魔力を込めた拳は瞬時にホテルの会場を吹き飛ばし、その余波の衝撃波で会場のみならずホテル自体が崩壊する。
「う?!うわあああ?!」
「ご主人様!しっかり掴まっててね!」
崩壊に巻き込まれる前にクリムは片手で佐藤勝利を抱きかかえ、もう片方の手でアルデンを掴むとそのまま窓ガラスを割り飛び出した。
その他の者たちも慌ててホテルの崩壊から免れようとホテルから飛び出す。
数秒ののちホテルは周りの建物を巻き込みながら完全に崩壊した。
崩壊した瓦礫の山の上でマッハブージとシアンは睨み合う。
「これで邪魔はコバエどもいなくなったな!!」
「貴方は馬鹿なんですか?仲間も巻き込んで」
「は?……ぐわははははははは!!!コバエ共が仲間なわけがなかろう!!クラシーを巻き込んだのは少々悪いことをしたが、彼奴も一応は指導者の一人!!この程度で死ぬならばその程度ということよ!!」
そこでいったん言葉を切り、にやりと笑ってマッハブージは続けた。
「そんなことより大魔王の娘よ!!感服したぞ!?その若さでよくもまぁそこまで練り上げたものよ!!!」
褒めて遣わす!!と言うマッハブージを冷めた目で見つめながらシアンは構えた。
「しかぁし!!その程度では俺には勝てん!!貴様には悪いが我が覇道の礎となるがいい!!」
恨むなら大魔王の娘に生まれたことを恨むがいい!!その言葉と共にマッハブージは自身が抑えている魔力を開放した。
ホテルや他の建物の崩壊を遠巻きに見ていた市民たちは、その今まであてられた事もないような圧倒的魔力に体が持たず蹲って倒れていった。
次の瞬間マッハブージはシアン目掛け飛んだ。
最初の強襲よりも更に早いマッハブージの突進。
そこから放たれる拳は摩擦と魔力により発火しており、拳に触れただけで全てを粉砕してしまう威力をもっていた。
その拳をまたも最低限の動きで避けるシアンだが、マッハブージはそこに猛攻を仕掛ける。
目にもとまらぬ拳の連打。
「俺を興ざめさせるのなよ!!大魔王の娘!!!」
そう言うが否やマッハブージは、拳の嵐を更に早める。
しかし息もつかせぬ猛攻の最中マッハブージは聞いた。
「雹演舞3節氷纏い……」
瞬間辺りを覆いつくす氷の竜巻が発生する。
氷の竜巻の斬撃で一気に体が切り裂かれたマッハブージは、たまらずシアンから距離をとる。
竜巻が収まり投げた剣をキャッチしたシアンは静かに告げた。
「興ざめはこっちのセリフです。お願いですからこの程度で死なないで下さいね?」
そう言って冷たい笑みを浮かべるシアンに、マッハブージは冷や汗を一つ流したのだった。
★
魔王マッハブージの乱入に聖女クラシーは諦めのため息をついた。
と言うのも事前の打ち合わせではマッハブージにはまだ控えてもらうつもりだったのだ。
シアンを大魔王の娘と言い戦うことを望んでいたマッハブージだが、クラシーとしてシアンを同志として迎え入れたい。
故にまず自分が交渉をした上で、失敗したならマッハブージがシアンを仕留める。
そういった手筈となっていたのだが、クラシーとしてはまだシアンの交渉は終わっていない。
だがマッハブージとして先ほどのアルデンたちの先制攻撃で既に交渉が決裂したとなったのだろう。
アルデン達の動きは彼らの内にいるスパイのお陰で、手に取るようにして分かっていた。
滞在しているホテルから彼らの人数、更にはシアンは変装していることまで全て知っていた。
今朝の報告で、先日ブルリカで改造スライムを排除したという魔族の少女も合流したという報告を受けたが、シアン含めその魔族の少女もあわよくば同志にしたかった。
始めの手筈ではまずクラシーが佐藤勝利を魅了し彼を手中に収めた上で、シアンともう一人の魔族の少女を此方側に引き込む。
一度魅了さえしてしまえば、最早佐藤勝利ではどうすることも出来ない。
クラシーが命令すればその命すら断つことを厭わないだろう。
それ故、彼を慕う魔族の少女たちはクラシー達に従わざる負えない状況になる。
その後アルデン達を料理するのは、赤子の手をひねるよりも簡単な作業となる。
しかしシアンの予想外の行動。
口づけによって自身の魔力を佐藤勝利に流し込み、クラシーの魅了の為の神力を中和する事による魅了解除を目のあたりにしてクラシーは益々シアンに好意を抱いた。
───嗚呼。貴女は本当に彼を愛しているのね……
愛。愛。愛とは本当に素晴らしい。
愛によって人は強くもなれるし、また弱くもなる。
アルデン達の中にいるスパイもまた愛ゆえに彼らを裏切っているのだ。
愛ゆえに人はどこまでも変れるのだ。
だからこそまだまだ彼女とも交渉の余地はあるはず。
そう思っていたのだが、マッハブージの乱入によって状況も変わった。
彼がこの場に来た時点でシアンとの交渉はもう不可能だろう。
崩壊したホテルから天使達によって助けられていたクラシーは、空から瓦礫と化したホテルの上で戦うマッハブージとシアンを見てもう一度ため息をついた。
最早どちらかが倒れるまであの戦いは終わらないだろう。
だがもしも彼女がマッハブージを打ち倒したのなら・・・
───同志の敗北を望むのは可笑しいけれど、その時はまたお話しましょう?シアンさん……
マッハブージには悪いが出来ればシアンに勝利してもらいたい。
その時また改めて彼女とお話がしたい。
彼女に……自分を知ってもらいた。
クラシーは恋焦がれる少女の様にシアンの勝利を望みつつ、自らの役目を果たすため天使たちに指示を出し『王の壁』へと向かうのであった。




