4 移転の選定
目が覚めたら知らない洞窟。
いきなりゴブリンなる緑色の小人たちに追われ、気が付けば深い雪の森の中。
怪物に襲われかけたと思えば、少女に助けられ。
そして今、目の前にあるのは、バラバラになった天使?の死体。
俺が一体何をした?なぜこんなことになっている?
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ……」
同胞の天使?がバラバラになったのを見て腰を抜かすもう一人の天使?。
かくいう俺も、
「おげぇぇぇ……」
初めての人間(?)の死体を目の前にして、胃の中のものを全て吐き出していた。
「なにしてるんですか……あなたは……」
この惨劇の舞台を作り出した張本人である少女は、吐き続ける俺を白い目で見ていた。
両の手にはいつの間にか細身のショーテルのような剣を携えている。
あの剣で天使?をバラバラにしたのだろうか?
少女にバラバラにされた死体は、いつの間にか氷ついており、その体はまるでクリスタルのように透き通っている。
少女は剣を二本とも腰に収める。
すると剣は消えてしまった。
そして少女はバラバラになった死体に近づき、おもむろにその一部を手に取る。
それは赤い宝石のようなものだった。
「あ…あぁ……それはジルトさんのコアクリスタル……!」
腰を抜かした天使?が震える声で少女に懇願する。
「お……お願いします……それを返してください……!」
「お断りします」
しかし少女はにべもなく天使?の言葉を断るとコアクリスタルとやらをポイっとボトルへと投げる。
ボトルはコアクリスタルを器用に口に加えてそのままうずくまった。
「さて、凡その予想はつきますが、あなたたちの目的を聞いてもいいですか?」
そして何事もなかったように天使?に問いかける少女に俺は恐怖を覚えていた。
この世界に移転させられて感覚が麻痺していたのか、それとも俺が目を背けていたのか。
怪物であるボトルを従えて、そして自身も一瞬で、しかもためらいなく人を殺す。
確かに美しい少女だが、間違いなくこの世界に来てから最も危険な人物はこの少女であった。
だというのになぜだろう。
恐怖で彼女から距離を取ろうとは思わなかった。
俺は恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうか?
天使?は震えながら少女の質問に答える。
「わ……私の名前はアーシュリ・フィル・ウェンと申します……。わ……私たちは移転者であるそちらの男性、佐藤勝利様を天界にお連れするために……遣わされました……」
一息ついてまた天使?アーシュリは話始める。
「私たちは……天界の三大貴族の一つであるルゴット家に仕える天使です……。決して、けっしてあなた達魔族と戦争をするために、魔界に降り立ったわけではありません……」
ビクビクと震えながらも言葉を続ける。
「お願いします……ジルドさんのコアクリスタルを返してください……!」
そして最後は懇願し始めた。
胃の中のものを全て吐き終えた俺は、少しだけ冷静さをとり戻しつつあった。
「あー、えっとだな……?」
俺は天使?アーシュリに声をかける。
「───ひっ!」
話しかけたらビビられた……なんでだよ。
「とりあえず、状況を整理したいんだが……」
俺がこの世界に来た経緯は先ほど天使?が言っていた通りだろう。
少女が言ったように神人とやらが俺をこの世界に移転させた。
そしてその神人の遣いがこうやって、俺を天界に案内するためにやってきたわけだ。
っとそこまで考えて俺はふと少女の名前を知らないことに、今更ながら気が付く。
今の所、この世界で最もおっかない少女だが、ゴブリン及びボトルから助けてくれたのも事実だ。
「なぁ……そういやお前の名前を聞いてなかったんだが……」
そう言って少女のほうに向きなおり話かける。
「俺の名前は佐藤勝利。お前は?」
そう尋ねた俺に、少女は表情を変えずに口を開く。
「シアンです」
無視されるかと思ったが、素っ気なくだが答えてくれた。
なんだかそれだけでちょっと嬉しくなってしまう。
そんな俺にシアンはいぶしげな顔をして問いかけた。
「状況を整理するんじゃないんですか?」
「あぁ、そうだった」
そうしてアーシュリのほうに向きなおる。
先ほどまでは一杯一杯でよく見てはいなかったが、アーシュリもかなりの美少女だった。
すこしウェーブがかった金色の髪、そして大きな金の瞳にはいっぱいの涙をためている。
「とりあえず、だ。俺はなんでこっちに連れてこられたんだ?」
そう一番の疑問である。
なぜ俺がこの世界に連れてこられたのか。
そもそも俺は漫画や小説は読むけど、どっぷり漬かっているわけではない。
アニメやゲームだって人並だ。
友達のアニメ好きが、最近のアニメは異世界転生ものばかりでとかどうとか言っていたのは聞いていたが、その世界に行きたいなと思ったことはない。
そんな俺がなぜ選ばれたのか?
「あ……えっと………」
アーシュリは目を泳がせて一瞬口を噤んだ。
そして、
「ランダムです」
そう答えた。
「は?」
思わず聞き返す俺にアーシュリは言葉を続ける。
「ランダムです」
「いや、だから……」
再度聞き返す俺にアーシュリは答える。
「っち。ですから、ランダムです」
ランダム……だと……!
あと舌打ちしたかこいつ?!
俺はその答えに愕然としたのであった。