34 脱走は淑女の嗜み
「勝利君。シアン殿は恐らく『王の壁』の中だろう」
「『王の壁』?」
アルデンさんが言うにはこの街には二つの城壁があるらしい。
外敵から敵を守るための外壁デポカの壁。
そして上流階級とその他を分けるための内壁である王の壁だ。
バンギアスさんたちの情報によればシアンは今、聖女と呼ばれる女性に合って罪の懺悔を行っているらしい。
シアンが謂れのない罪で聖女に懺悔するかは別として、これはかなり異例の事らしい。
というのも本来ならばまず容疑者を逮捕後、取り調べ、その後留置所に送られ、起訴され、はじめて聖女への懺悔を行い、その後裁判へと進む流れらしい。
俺達の世界とは似てはいるが多分システムが違うため何とも言えないが、起訴されない限りは聖女との謁見は無いという事だ。
しかも聖女への懺悔は基本的に凶悪犯罪者に限るため、逮捕後まだ容疑が固まってもいないのに聖女に合うということは本来ならあり得ないそうだ。
そしてその聖女は『王の壁』の中、つまり上流階級の人たちの住む街にいる。
ということはシアンを救うためには『王の壁』の中に入らなければいけないそうだが、そこへ行けるのは上流階級のみ。
王国筆頭軍の隊長でも、聖女の護衛や王族の護衛といった仕事でない限りは『王の壁』の中に入ることは出来ないそうだ。
どうやら天使たちは手続きをすれば『王の壁』の中に入ることは出来るらしいが、俺やアルデンさんは簡単に入ることは出来ない。
「私たちが先に手続きを行い、『王の壁』の中に入って状況を確認してきましょう」
そう言ってスワンナさんとアーシュリは先に『王の壁』の中へと向かった。
バラバさんは俺の護衛として、アルデンさんと残ってくれている。
つまり今、俺達三人は『王の壁』の外でスワンナさん達の報告を待っているのである。
★
スワンナさんたちが『王の壁』の中へと潜入してから一時間ほどたった。
何もできない自分がもどかしいが、ここで騒ぎを起こすわけにもいかないので待っているしかない。
「勝利君。こんな時に言うのもなんだが、せっかく王都に来たんだ。少し気分転換に街を見て回ってはどうかね?」
「アルデンさん……」
「私がここに残ってスワンナ殿たちを待とう。君はバラバ殿と少し街を歩いてきなさい」
「でも……」
確かにここに残っても俺に出来ることはない。
だからと言って何もせずに街の観光に勤しむなんてことは出来なかった。
「アルデンさん。ありがとうございます。でも俺、スワンナさん達を待ちます」
「勝利君……」
「確かにここにいても俺はなんの役にもたちませんけど、でも、ここで待っていたいです」
「……わかった」
アルデンさんはため息をつくと俺がここに残るのを認めてくれた。
「少しいいかね?勝利君」
「はい。なんですか?」
「前から気になっていたのだが、君とシアン殿はどういう関係なのかな?」
「……う」
「言いづらいなら言わなくてもいいが、少し気になってね」
「俺と……シアン……」
改めて聞かれると少し困る。
シアンは金のために俺を助けてくれて、その後なんやかんやで俺と居てくれている。
人間界でもう少し楽しみたいと言っていたが、いつまで俺と一緒に居てくれるのだろうか?
俺からのシアンの想いも恐らく一方的なものなのかもしれない。
大体にして俺はシアンに惹かれているにもかかわらず、クリムにも惹かれてしまった。
俺はもしかして結構なクズなのではないだろうか?
そんな思考の渦に飲まれているとバラバさんが口を開いた。
「勝利殿。難しく考えるな」
「バラバさん……」
「愛しているならそれだけでいい」
「愛……!!」
「言語化できない愛もある。あの魔族の少女達に君は惹かれている。それはとても素晴らしいことだ」
「素晴らしいんでしょうか?」
「左様。愛は素晴らしい。それが一人に向いていようが多くに向いていようが、そのことに大きな差はない」
そんなものだろうか?
なんかバラバさんの言ってる事は少しズレてる気もするが、まあとにかくバラバさん的に俺を慰めてくれているのだろう。
多分バラバさんは、あまり気にするなと言いたいんだろう。
「すまない勝利君。やはり不躾にこんなことを聞くものではないな」
やはり年寄りはだめだな。と言うアルデンさんに俺は慌てて言う。
「違います!はっきりしない俺が悪いんですよ!」
「なにがですか?」
「だから俺とシアンの関係とか!シアンが好きなのに俺はクリムにも惹かれてたりとか!」
「クリムに合ったんですね?だからクリムの匂いがするんですか」
「助けてくれたんだよ!クリムが!」
「へぇ?クリムが人助けなんて珍しいこともあるものですね?」
「そうなのか……って?……え?」
俺は今誰と問答していた?
そう思い俺が後ろを振り返ると、そこには青い髪を揺らし、不思議そうに俺を見つめるシアンが立っていた。
★
「申し訳ありません!!」
深々と頭を下げるシスターにクラシーは苦笑いと共に言う。
「貴女のせいではありませんよ?シスタークラリス。私もまさか彼女が脱走するなど……」
考えが少し甘かったですわね。と言ってクラシーは頬に手を当てた。
シアンの為に与えた一室。
そこには魔力封じの超高級な『無光石』を部屋に複数配置していた。
彼女を連れて行っていたのは王国筆頭軍5番隊隊長ジャランカだ。
部屋の外には王国筆頭軍の警備も配置していた。
いくらシアンとて簡単には脱走出来ないと思っていた。
クラシーの考え的にシアンは恐らく脱走するだろうと思っていたので迅速に彼女の容疑を晴らし、彼女にクラシー本人は本当に敵意がない事を知らしめる予定であったが、こんなにも早く脱走するとは想定外であった。
シスターの話によればシアンは部屋に入ったと同時に姿を消したらしい。
シスターやジャランカ達が見ている前で堂々と脱走してみせたシアン。
瞬間移動の魔術の類だろうか?
どちらにせよ彼女は容疑者のまま脱走したのだから、一応は指名手配しなければいけない。
クラシーとしてはシアンと敵対などしたくはないので、取り合えず指名手配しつつ彼女の容疑は晴らしておく予定である。
それに……
───彼女が向かったのは彼の元でしょう……
移転人、佐藤勝利。
将を射んとする者はまず馬を射よ、とはよく言ったものだ。
シアンは簡単には魅了出来ないし説得も難しいだろう。
だが只の弱い人間でしかない彼ならば?
もし移転人である彼が手に入れば、邪神、ボムバ・ヌクリアの復活用の移転人も、あのバックアップ用の移転人だけでなくもう一人手に入る。
そして彼が手に入ればおそらくシアンも手に入る。
どちらにせよシアンは自由にして、佐藤勝利の元へ向かわせるつもりだったのだ。
それが少し早くなっただけの事。
そう……
「なにも問題ありませんわ」
「クラシー様……」
今にも泣き出しそうなシスターを抱きしめ、クラシーは優しく微笑むのであった。




