32 勧誘
聖女クラシーは生まれながらに強大な神力と固有神術を持っていた。
固有神術や固有魔術は勉強や修行などをすれば誰で扱える基本神術や魔術と違い、生まれながらに宿ったそのものだけの能力。
そしてクラシーに宿った固有神術は『魅了』であった。
上級の神や魔族は存在するだけで、下級の種族にある程度の魅了を掛けることが出来るし、魅了事態は基本神術、魔術でも存在する。
しかしクラシーの『魅了』はその他の魅了と一線を画していた。
クラシーの『魅了』はクラシーに対する好感度で、心を奪うことが出来る。
好感度は10段階で分かれており、クラシーは相手の好感度を視ることが出来る。
好感度の真ん中が5となっており、好感度が5以上ある場合、クラシーに対して少しでも好感を持てばそのままずるずるとクラシー魅了されていき、7以上になればクラシーに逆らえず、10にもなれば完全なる傀儡と化す。
逆にクラシーに対して、好意的な感情を持っていないつまり好感度5以下の場合でも、彼女と話したり接するうちにどんどん魅了されるのだ。
クラシーの魅力に逆らえるものは、圧倒的な神力や魔力及び、圧倒的な精神力が必要となる。
しかしそんなものを持ち合わせる者は一握りであり、実質クラシーはファルデア王国の王都デポカのほぼ全てを掌握していた。
★
───彼女の好感度は1ですか……
聖女クラシーは初対面でここまで低い好感度が初めてだったため少し面食らう。
疑り深く、用心深い現国王ですら最初の好感度は3はあった。
どうにも彼女は自分に興味が無いようだ。
クラシーは言葉を選びながら会話を続ける。
「私たち革命軍『ル・ルシエ』は、今の三界の在り方に疑問を持っています」
「……」
「貴女はどう思いまして?今の三界の在り方に」
「……別にどうも思いませんよ?」
「そうでしょうか?貴女ほどの魔族が戦いも出来ず、腑抜けたこの三界情勢に不満を持たないはずがありませんわ」
そこで一息つき、紅茶を飲みながらラクシーは続ける。
「私には分かります。貴女は燻っている」
「……」
「戦後生まれてしまった不幸。貴女の力は戦場でこそ輝くというのに、その輝きを奪われてしまった不条理」
「……」
「私は貴女の味方です。貴女が私の手を取ってくださったならば、必ずや『ル・ルシエ』はこの世界を破壊し、戦前の素晴らしい闘争の世界へと導くことが出来ます」
「……ふわぁ」
欠伸をされた。
非常に無礼な態度だが、聖女クラシーはむしろ目の前の魔族の少女に益々好感を得ていた。
まさしく自身の感情のみで動く戦前多く見られた魔族そのものだ。
自身の力こそが全ての行動理念。
彼女ならばこの腐った世界を破壊出来るという確信がある。
───何としても彼女を魅了しないと……
少ししか対話をしていないが、彼女の性質は分かった。
ならばあとは彼女が好む様な会話で彼女の心を掴む。
数多くの人間を魅了してきたクラシーは目の前の魔族の少女の様な、心を閉ざした者への対話術も熟知していた。
「ふふ。興味のないお話でしたか?では貴女の事を教えて下さい」
心を閉ざしている人間には、まず相手のペースに合わせて会話をすべきだ。
自分が敵ではないという安心感を与える必要がある。
「私は貴女の事が知りたいのです」
「私は貴女の事を知りたいとも思いませんので、結構です」
「うふふ。かわいらしいですわね?貴女は私の事を警戒しているようですが、私は貴女の味方です」
「……警戒?」
「その証拠をお見せしますわ」
そう言うと聖女は指をパチンと鳴らす。
するとシアンの拘束具が解かれる。
「これで貴女は自由ですわ。ここで私を生かすも殺すも貴女次第」
そしてクラシーは穏やかな笑みを浮かべて続けた。
「私は貴女の味方です。対等な立場で貴女を同志として迎え入れたいの」
魔族の少女の拘束具を解くということは、猛獣を檻から出して自由にさせると同じである。
彼女の気分次第で自らの命を自由に支配できる。
クラシーは対等と言っているが、実際の所今シアンに圧倒的アドバンテージがあった。
しかしそれそこがクラシーの狙いである。
拘束具から解き放たれた彼女を抑えることは誰にも出来ない。
その状況において直も対話を続けるということは、シアンに対してクラシーが全くの敵意を抱いていないという証拠にもなる。
これでシアンは少しはクラシーに対して警戒を緩めるはず。
そう思ってクラシーはシアンの好感度をチェックする。
しかしシアンの好感度は以前1から変化はなかった。
───うふふ。本当に手強いですわね
どうやらシアンは本当にクラシーに興味がないようだ。
根気強く彼女と対話を続ける必要があるが、今日このまま会話を続けていても暖簾に腕押しだろう。
彼女とは何度か会って少しずつ距離を縮めていく必要がある。
「今日は貴女と挨拶が出来て満足です。この後貴女は収容されますが、安心して下さいな?
貴女は留置場などには行きません。私が用意したお部屋へご案内いたします」
クラシーが両手を二三回叩くと、先ほど控えていた騎士二人と、何人かのシスターたちが部屋に入ってくる。
「聖女様!!!」
シアンの拘束具が解けていることに驚く騎士達だが、クラシーは微笑み首を振った。
「彼女を縛っておくものなど必要ありません。私は彼女が事件の犯人などとは思っておりませんから」
「しかし……!!」
「今回の事件は腑に落ちないことばかり。恐らく何者か、彼女の事をよく思っていない者によって彼女は容疑者にされたのですわ」
「聖女様……」
「しかし彼女の疑いが晴れない限りは彼女は容疑者。故に彼女の身柄は私が預かりますわ」
クラシーはシスターたちに彼女をお連れして?と言うとシスターたちはシアンを連れて部屋を退出する。
シアンが部屋を退出する時、クラシーはシアンに微笑み語り掛けた。
「シアンさん。またお話しましょう?」
「……」
その問いかけに答えることなくシアンは部屋を後にしようとした時、王国筆頭軍5番隊隊長ジャランカが声を上げた。
「俺も護送手伝いますわ」
そう言うとジャランカもシアンに続いて部屋を後にした。
こうして部屋にクラシーと王国筆頭軍2番隊隊長パルアキだけが残った。
他に部屋に誰もいないことを確認して、パルアキは聖女に問いかける。
「聖女様。よろしいのですか?あの魔族を自由にして」
「うふふ。心配性ですわね?」
「聖女様……」
「大丈夫ですわ。彼女はいきなり暴れたりするような方ではありません」
「……あの魔族は同志に?」
「いいえ。振られてしましました。でも……」
そう言ってクラシーは笑みを深める。
「必ず彼女を手に入れます。どんな手を使っても」
「……聖女様」
「でも時期尚早でしたわね?アナシスさんも。お陰で大急ぎでこの場をセッティングする羽目になりましたわ」
そしてからからと笑いながらクラシーは続ける。
「まあお陰で早くにシアンさんとお話出来ましたから、よかったですけれども」
「アナシスには後で強く言っておきます」
「ほどほどにね?彼女も一杯一杯なんですわ」
「分かりました。して、あの魔族はどうされるのですか?」
「シアンさんの次の行動は手に取るように分かります。彼女は途方もなく強いですが、とても若い少女ですもの」
「魔族を見た目で判断しないほうがよろしいかと」
「うふふ。彼女。間違えなく二十歳には届かない少女ですわ」
確信を持ってい言うクラシーにパルアキは疑問に思う。
なぜこうも確信めいているのだろうか?
「女の感ですわ」
そういって微笑むクラシーにこれ以上の問答は無駄だとパルアキは悟る。
そんなパルアキを微笑ましく思いながらクラシーは考える。
───シアンさんは恐らくこの後、脱走するでしょうね?愛しの彼のもとへ行くために
クラシーはシアンの事を何も知らない。
ブルリカを救い、そして移転人の少年と行動を共にする魔族。
それ位しかシアンの情報を知らないクラシーだが、あの短い会話とも呼べない対話で彼女の事は理解した。
なにものにも興味を示さないシアンが、なぜ何も力を持たない少年と行動を共にするのか。
簡単なことだ。
彼女は少年に惹かれているのだ。
ならなぜあれだけの力を持っていながら、無抵抗で王都まで来たのか。
はっきりとは言えないが、彼女はもしかして少年と待ち合わせのような事がしたかったのではないだろうか?
だとするとなんとも可愛らしいことだ。
クラシーは益々シアンへの好感度を上げた。
そして懐かしい。
かつての自分と今はもういない彼を想う。
───そういえば私もそんな風に抜け出したりしてたね……オルドビアス……
今でも鮮明に残る記憶の海に飛び込みそうになる自分を戒める。
今はシアンの事だ。
今シアンに脱走されるといろいろ面倒だ。
脱走するともう彼女は自分の元へは戻ってこないだろう。
「パルアキさん。彼女の容疑を至急晴らしてください。そしてその後、彼女を客人として持て成しますわ」
「いいのですか?あの魔族の容疑を晴らしても」
「当然ですわ。アナシスさんには悪いですけれども、彼女を何時までも容疑者として扱うわけにはいきません」
「わかりました……それと聖女様。お耳に入れておきたいことが……」
「なんでしょうか?」
「ジャランカが余計なことを感づいています。始末してもよろしいでしょうか?」
クラシーは少し驚いてパルアキを視る。
彼の瞳にはすでに殺意が宿っていた。
「あの男を放置しておくと我々にとって邪魔になります。早急に対処すべきです」
「……分かりました。そちらの件はパルアキさんにお任せしますわ」
「は!!」
ジャランカは失うには惜しい人物だがどうせこの先、同志以外の人間は皆消えるのだ。
彼の始末はパルアキに任せ、クラシーはシアンの事を想う。
何もかも自分と違う魔族の少女だが、彼女はどことなく昔の自分に似ている。
だからこそ
───必ず彼女を手に入れますわ
クラシーは改めて心に誓うのであった。




