2 覚醒(目が覚めただけ)
「………っ!」
俺はベッドから飛び起きた。
「ここは?」
周りを見渡すとどうやらどこかの寝室のようだった。俺が寝ていたベッドの他には机や椅子が置いてあり、机の上には水差しとコップがある。
「目が覚めたのですね」
突然声をかけられて驚きつつ声のしたほうを振り向く。そこにはあの少女がいた。
「君は……」
少女は俺が起きたことを確認すると、俺のいるベッドに腰掛ける。
そしてゆっくりと口を開いた。
「右足は凍傷になっていて、壊死寸前でしたので切り落として治しました。」
「───は?」
いきなり訳の分からないことを言い出した少女に俺は思わず呆けた声を出す。
「ちょっとまってくれ、君は一体何をいっているんだ」
「右腕はボトルが噛みついたときに落ちてしまったので治しておきました。
左足のほうはゴブリンに斬りつけられた時の傷が膿んでいたので切り落として治しておきました。
いろいろと人間なら危険な状態でしたが、一命をとりとめているところを見るとあなたは中々運がいいのですね。」
少女は表情も変えずにスラスラとそう告げる。
「いやいや、まってくれって」
少女の言葉を遮るように俺は疑問を口にする。
「切断したって、俺の右腕もこうしてあるし、足だって両足ある」
「だから治したっていってるじゃないですか」
面倒くさそうにそう告げると、少女はベットから腰を上げる。
「まだ、安静にしていてください」
そして少女は俺の額に手を当てるとそのままベッドに押し倒す。
「お、おい!」
「お代は後ほどいただきます。ですが今は安静にしててください」
少女は俺の額から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。
そしてそのまま部屋を後にした。俺は少女の後ろ姿を呆然と眺めつつ、少女の言葉を思い返す。
「お代ってなんだよ……」
そう呟くが当然答えは返ってこない。
「はぁ」
ため息をつきながら俺はもう一度ベッドに横になる。
するとすぐに眠気が襲ってきて、俺は再び眠りについた。
★
目が覚めると全てが夢だった。
なんて事はなく俺は先ほどと同じベットで目を覚ます。
辺りを見回すと、机の上には水差しとコップがある。
「喉が渇いたな」
俺はベッドから降り、机の所まで行く。そして水を一杯飲む。
すると突然、俺の腹から大きな音が出た。
「腹が減った……」
俺はそう呟き、何か食べるものはないかと部屋を見渡す。
しかし食べ物らしきものは見当たらない。
この部屋を出てもいいんだろうか?
なんとなくだが、部屋を出るとまたとんでもないところに飛ばされやしないだろうな?
若干疑心暗鬼になっていると部屋の扉が開かれた。
「起きていたんですね」
扉を開けたのは、昨日?俺を治療?した少女だった。
少女はゆっくりと部屋に入ってきて、俺が寝ていたベットに腰掛ける。
「少し元気になったようなので、お代をいただきます」
そう言って少女は手を差し出した。
「お代は共通通貨のバルで構いません。もしくはルド、ポルクでもいいですよ?」
少女はそう告げるが、俺は首を傾げる。
「どうしました?」
俺の反応に少女も首を傾げる。そしてお互いしばしの沈黙の後、少女が口を開く。
「ああ……値段を言っていなかったですね」
少女は合点がいった、という風に頷く。
「10万バルでいいですよ?あれだけ破壊された体を治してあげたんです。法外ではないでしょう?」
少女はさも当然のようにそう告げた。
「いやいやまってくれ。バル?ルド?そりゃどこの通貨だ?ドルとか円じゃなくて?」
俺は慌てて少女に尋ねる。
「どこの通貨って……共通通貨ですよ?もしかして、遠い国の方ですか?」
少女は不思議そうに俺を見るが、俺も訳がわからないので首を傾げる。
すると少女は何かに気づいたように手を叩いた。
「ああ……。もしかしてあの洞窟に飛ばされたのですか?」
「洞窟?」
俺は少女の言っていることが理解できずに首を傾げる。
しかし少女はそんな俺を無視して話を続ける。
「それなら通貨も知らなくて当然ですね。」
少女は一人うなずくと、ベットから立ち上がった。
「とんだくたびれ損です。身なりがいいのでそれなりの……と思いましたが、飛ばされてきた方なら此方のお金も持っていないでしょう」
そう言いながら少女は腰に手をやる。
「あのままボトルの餌にしてしまったほうがましでしたね」
少女は腰に手をやったままため息をつく。
その姿を見て俺の中の何かが切れた気がした。
「あ、あのなぁ!」
「さっきから何なんだよ!治療してくれたことは感謝してるし、助けてくれたこともありがたいと思う。でもくたびれ損とか餌にしたほうがましとか!人を何だと思っているんだよ!」
俺がそう言うと、少女は気だるげに俺を見て言った。
「何って……どうでもいい人ですよ」
どうでもいいって……。
内心かなりのショックを受けている俺をよそに、少女は感情のこもっていない瞳でこっちを見ながら続けた。
「私はあなたが何者だろうとどうでもいいんです。治してあげたのはお金がほしかったから。
でもお金が払えない以上あなたには何の価値もありません。だからくたびれ損・・・」
そしてため息をつき言葉を続ける。
「あなたは恐らく移転者です。」
移転者……?なんだそれ。俺がそう尋ねると、少女は説明を続ける。
「移転者というのは、神人たちの悪戯により並行世界のどこかから、この世界に移転させられてしまった人たちの事です。」
「神人……?」
「はい。神人は天界という場所に住む、神々の子孫にあたる種族です。」
「神々……」
いきなりスケールのでかい話になり俺は息をのむ。
「まぁ神々の子孫といっても所詮は雑種なので、ただ天界に住む害虫と思ったほうがいいですよ」
呆れたように言う少女に俺は驚きつつ、疑問を口にする。
「害虫って……。その神人とかいうのが俺をこの世界に移転させたと?」
「恐らくは……。あなたはあの洞窟からここにきたのでしょ?
ここ数年使われていなかったので忘れていましたが、あの洞窟は移転ポータルの一つだったはずです」
「そ、それじゃあ元の世界には帰れないのか?!」
俺は思わず身を乗り出して少女に問う。しかし少女は淡々と答える。
「戻れますよ?」
「え………?」
自分で聞いていおいてなんだが、正直俺は元の世界に戻ることは出来ないと思っていた。
だってそうだろ?
大体小説とか漫画とか、そういう類のものは異世界に飛ばされたら戻っては来れないか、簡単じゃないのが普通だ(多分)。
しかし少女は元の世界に戻れるとこともなげに言ったのだ。
「先ほどに言ったように、あなたがこちらに来たのは神人の仕業です。
なら、あなたをこちらに連れてきた神人を見つけ出し、元の世界に戻すよう交渉すればいいんですよ」
「い、いやいや!そうは言うけど神人とかいうのは神様なんだろ?」
「そうですよ」
「そんなのとどうやって交渉すればいいんだよ!」
俺がそう言うと少女は呆れたような表情をした。
「それは───
「グゥオオオン!!」
少女が何かを言いかけた時、外から地響きのするような遠吠えが聞こえた。
それと同時に部屋の窓がガタガタと揺れ、外からは獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。
次から次へと起こる珍事に俺はもうついて行けない気がした……。