12 戦場の爪痕
50年前、三界大戦と呼ばれる大きな戦争があった。
天界、地上界、魔界の三つの世界で争い、多くの犠牲者を出したその戦争は、20年の時間を経て魔界の勝利で事を終えた。
後に大魔王と呼ばれる男、ラジゴ・ドラキングは圧倒的な力をもって三界を平定した。
その後平和条約が結ばれ、三界は自由と平等の元、自由に行き来することが可能となった。
ラジゴ・ドラキングは自由を愛し面倒ごとを嫌う性格であったため、他の世界の支配を望まなかったのである。
こうして三界は大戦前と違い、天界人(神人や天使など)、地上人(人間や獣人、ドワーフやエルフなど)そして魔族(魔界に住む人型の知性体全体)が分け隔てなく平等に住める世界になった。
しかしそれはあくまで表向きの話であり、今でも戦争の爪痕は多く残っているのである。
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「いやー!本当に本当にホントーっに!!感謝してます!!」
ブルリカの市長であるデカリオさんが何度目かになる頭を下げた。
あの後、噴水広場まで移動した俺たちはそこにいるデカリオさんと、警備隊の隊長であるアルデンさんと合流した。
屈強な巨体の白髪初老のアルデンさんと、ひょろっとしたビジネスマン風の男性であるデカリオさんが、少女であるシアンに頭を下げている姿はなんだか見ていてとても違和感があったが、当の本人であるシアンは全く興味がなさそうにそれを受け流していた。
「市長。今はとりあえず王国への報告を急いでください。
デポカはもう市民の受け入れ準備を進めていて、王国筆頭軍がもう出動したそうですよ」
見るからに秘書!っといった感じの女性、エアードムさんが眼鏡をくいっとさせてデカリオさんに言う。
するとデカリオさんはサムズアップしながらエアードムさんに言った。
「よーし、では王国筆頭軍の方々には街の復旧を手伝ってもらおう!!」
「報告はしなくていいのか?」
そんなデカリオさんにアルデンさんが問いかける。
「一応報告はしますけど!でももう出動しちゃったんならこのまま来てもらって手伝ってもらいましょうよ!」
「やれやれ……報告を怠ったとあとで怒られるのは我々警備隊なんだがな……」
「そこはほら!アルデンさんの手腕でなんとかこうとか誤魔化しといてください!!」
「はぁ……やれやれ……」
いつもこんな感じなんだろうか?
アルデンさんは呆れた風に肩を竦めたがそれ以上追及はしなかった。
っとそんな二人を見ていると俺のお腹が大きな音を立てた。
───いやこんな時に……!!
広場で仲間の冒険者たちと話していたジークさんや、天使たちに指示を出していたスワンナさんまでもが手を止めて俺に注目する。
「お腹すいているんですか?」
羞恥で顔を赤くしている俺にシアンが問いかけた。
こっちの世界に来てから何も食べていなので、確かに腹は減っているが、何もこんな時に鳴らなくても……!
すると市長が大笑いをしながら俺達に話かけた。
「よし!!英雄のボーイフレンドもお腹を減らしていることだし!!後の事は皆に任せて我々はいったん食事にしますか!!」
この街を救った英雄をまずはもてなさなければね?!っとデカリオさんが言うとエアードムさんが眼鏡を上げながらデカリオさんを窘める。
「たしかに彼女たちに食事を振る舞いたいのは山々ですが、今は街の復旧作業が先です」
「しかしねぇ……」
「しかしもへちまもありません!少なくとも市長は復旧作業の手続きや王国への報告などやることが山積みですよ!」
「ええ……」
そうして引きずられていくデカリオさんを見ながら、俺もなにか手伝えることはないかと辺りを見回していると、冷たいものが俺の頬を触れた。
「うわ!!」
驚いて飛びのくとそれはジュースが入ったコップとサンドイッチを持ったシアンであった。
「ふふ……はい。ショーリさん……食べ物をもらってきましたよ……ふふふ」
「シ……シアン」
俺の反応が面白かったのか、シアンは笑いながら俺にサンドイッチとジュースを渡してくる。
「あ……ありがとう!」
「お礼なら彼に……えーっとあの冒険者の男の人がもらってきてくれたんです」
そう言って指をさした先には、ジークさんがひらひらと手を振っていた。
俺はジークさんに頭を下げるとシアンから受け取ったサンドイッチとジュースを持って、広場から少し離れたベンチに座った。
するとシアンも同じベンチに腰掛けた。
周りの皆はまだ作業しているのに心苦しいが、正直空腹が限界だった俺はサンドイッチを頬張る。
「……うまい!」
空腹で食べる食事はなんでもうまいと言うが、このサンドイッチはまた格別においしかった。
こんがりベーコンとチーズと卵を挟んだサンドイッチは元の世界で食べたサンドイッチと遜色がないほどにおいしかった。
「おいしいですか?」
そんな俺にシアンは興味深げに聞いてきた。
「おいしいよ!シアンはもらってないのか?」
「私はいりませんよ。地上の食事は魔素が少ないので食べてもあまり空腹を癒せません」
「魔素?」
俺は聞きなれない言葉に首を傾げる。
「魔素は天界を除いて、どこにでも存在する魔力の元素です」
「魔力の元素……」
「大気中を漂っている水素や酸素と同じように魔界と地上には魔素が漂っているんですよ」
へえ……。この世界は既に化学元素が発見されているのか。
そして元の世界にはない元素である魔素が存在しているということか。
「まあ魔界に比べて地上の魔素は薄いですけどもね」
「うーん。じゃあシアンは大丈夫なのか?」
「なにがですか?」
シアンは首を傾げる。
「だって魔素が薄かったらシアンたちみたいな魔族には辛いんじゃないのか?」
多分だけど人間が酸素が必要なように、魔族には魔素が必要なんじゃないだろうか?
心配げな顔をしていたからだろうか、シアンは微笑みながら俺に言った。
「ふふ……そんな顔しなくても大丈夫ですよ」
「……そうなのか?」
「ええ。程度の低い魔物ならいざ知らず、魔族が地上に出て魔力不足に陥ることは殆どありません」
まあ雑魚なら別かもしれませんが、と付け加えてシアンは続ける。
「私たちはもともと持っている魔力が高いので、外気から魔素を取り込む必要はありません。
魔素が必要な時は戦闘後に魔力が減っている時とかですかね?
でも私は魔力の効率がいいので、よっぽどのことがない限り戦闘で放出した魔力より、自分の心臓で作り出す魔力のほうが多いのですよ?」
だからっとシアンは続ける。
「魔族が活動に必要なエネルギーは全て魔力で補っているので、人間のように食事は必要ないんです」
「そんなもんなのか……」
「ええ。さっきは言い方が悪かったですけど、私は生まれて一度も空腹に陥ったことはないので心配しなくても大丈夫ですよ?」
だから食事は必要ありませんよ?っと首を傾げるシアン。
なるほどそれなら食事は必要ないのだろう。
そう思いおれは手に持っているサンドイッチを見つめた。




