【異世界二日目 〜市場巡りと装備調達〜】
異世界で迎える初めての朝、悠真と龍華は金の葡萄亭の食堂へ向かった。
朝食の代金もフランツが支払い済みとのことで、ありがたくいただくことにする。
何よりこれから暮らしていく異世界の情報はどんなものでも欲しい、それが料理となれば生活水準に直結するのでなおさら興味深かった。
夜はバーだった場所が食堂になっており、すでに何組かの宿泊客が朝食をとっていた。
給仕をしているのは、数名の店員たちと、昨夜バーでバーテンダーをしていた猫人族のミャリナの姿も見える。宿の看板娘的な存在らしく、店内を軽やかに動き回っては、宿泊客に料理を運んでいた。
「おはようニャ、お二人とも。朝ごはんできてるニャよ!」
ミャリナは愛らしい猫耳をピンと立てながら、笑顔で声をかけた。彼女の尻尾が小さく揺れ、機嫌の良さが伝わってくる。
「さて、異世界の朝ごはんはどんなものか……」
悠真は興味津々にテーブルに並べられた料理を見つめた。
初めての異世界の朝食メニューは、焼きたての黒パン、燻製肉とチーズの盛り合わせ
そして異世界の野菜がゴロゴロ入った温かいスープだった。
食後にはハーブティーかヤクル茶という元の世界では聞いたことのないお茶が選べるらしい。
「ふむ、朝からボリュームがあるな」
「社長、この黒パンは少し硬めですが、バターを塗ると風味が増しますね。」
龍華は手際よくナイフでバターを塗ってから口に運ぶ。
悠真も同じように食べてみると、噛みしめるたびにライ麦の香ばしさが広がり、朝の活力を感じる味わいだった。
「このスープもなかなかだな。ジャガイモはわかるが、いくつか見たことのない野菜が入っている。」
悠真はスープを口に運び、根菜の優しい味わいを楽しんだ。
「このヤクル茶というのは、麦茶に近い感じですね。」
龍華はカップを傾けながら言った。
「確かに香ばしいな。意外と和食にも合いそうな味だ。」
異世界に来て二日目とはいえ、こうした食事を通して少しずつこの世界の文化に馴染んでいく感覚だ。
二人は食事をしながら、今日の予定について確認した。
「今日は市場を回って情報収集、そのあと武器屋と防具屋で装備を整える。その後、道具屋で旅支度をしてどこかで昼飯を摂ろう。夕方にはシュトラウス商会に寄って、トイレ事情の話をしてみるか」
「了解しました。市場では食料の価格や物流の流れについても調査しましょう。」
こうして、悠真と龍華は初めての異世界朝食を楽しんだ。
バルゼンの市場は、朝早くから活気に満ちていた。
狭い路地に所狭しと並ぶ露店、威勢のいい声を張り上げる商人たち、行き交う人々のざわめき。
異世界に来たことを改めて実感させられる光景だった。
「やはり市場は情報の宝庫ですね」
龍華が周囲を観察しながら言う。
「物価の確認もしないとな。この世界の経済がどう回ってるのか、少しでも把握しておきたい」
悠真は周囲を見回しながら、いくつかの露店で値段を尋ねた。
野菜、果物、干し肉、チーズ、パンなどの基本的な食料品の価格をチェックし、貨幣価値の感覚を掴んでいく。
パンが1カス、リンゴらしき果物が3個で2カス、干し肉が3カス、簡素な旅装束が1リオン、革製の旅靴が5リオン。
「やっぱり1カスが日本円で100円くらいですね」
龍華が分析する。
「なるほど、だとすると、この世界の物価は日本と同じくらいか物によっては少し安めか……」
「そうですね、日用品などは日本より高い印象です。たぶんですが、職人の手間賃ではないでしょうか」
「なるほど、工業化が進んでないから人の手がかかるものは高くなるということだな」
二人は市場を歩き回りながら、交易の要所や商業の流れを把握しつつ、次に装備を整えるために武器屋と防具屋へ行くことにする。
市場を抜けると職人街のような雰囲気になり、その一角にある武器屋へ足を運んだ。
店の前には大きな鉄の看板が掲げられ、店内には剣や槍、弓、盾、果ては魔法の杖までが並んでいる。
「いらっしゃい! 何か探してるのかい?」
屈強な体格をした店主が陽気な声をかけてくる。
「そうだな、初心者向けの装備を見繕いたい」
悠真は慎重に品定めを始めた。武器は種類が豊富だったが、異世界での戦闘経験がまだ少ないため、扱いやすさを重視することにした。
悠真は軽量な短剣を8リオンで、龍華は丈夫なダガーと投げナイフ5本セットを14リオンで購入する。
「社長、私の武器だけ高くないですか?」
「お前の戦闘能力を考えたら、いいものを持っておいたほうがいい。それに俺には魔法をメインにするつもりだから武器は護身用程度で十分だ」
龍華は少し考えたあと、静かに頷いた。
続いて、防具屋へ向かい、軽装ながらも動きやすさを重視した装備を整える。
悠真は革の胸当てと旅装束を併せて6リオン、龍華は強化レザーの手袋だけを5リオンで購入した。
「これで最低限の戦闘装備は整ったな」
悠真は自分の腕を動かして革の胸当ての感触を確かめる。龍華も鋼糸を手繰りながら手袋の具合を確認する。
「よし、あとは道具類を買うだけだな」
「道具屋へ行きましょう」
道具屋では保存食を10日分5リオン、大き目の水袋3リオン、ポーションを10本10リオン、簡易テントを二つで15リオンで購入した。
「これで旅の準備も万全ですね」
「予算はかなり削られたが、最低限の装備は整えた」
悠真は財布の中を確認しながら、しばらく考え込んだ。
「今後は資金調達の方法も考えないとな……」
「そうですね、昨夜は宿代を出していただきましたが、今夜からは自腹ですからね」
「明日はギルドで依頼を探してみるか」
「レベルも上げないと、この世界での生存率に直結していますからね」
「確かに、レベルを上げればそれだけ死ににくくなるというのは、わかりやすくて良いな」
午前中に買い物を終えた二人は、市場近くのレストランで昼食をとることにした。
「いらっしゃいませ! 今日は特製シチューと焼きパンがオススメですよ!」
店の看板娘が元気よく声をかける。店内は木の温もりがあり、落ち着いた雰囲気だ。
悠真は肉と野菜のシチュー、焼きパン、ハーブティーを、龍華はチーズ入り黒パン、温野菜、スープを注文した。
「異世界の料理か……朝食の時から思っていたんだが」
「味が薄い……ですね?」
「そうだ……これもなんとか改善しないと、俺たちにはストレスになりかねない」
「そうですね、醤油とまでは言いませんが、せめて塩や胡椒は早めに入手したいですね」
「できる事なら自分たちで料理をできるようにしたいところだな」
「野宿をすることもありそうですし、その辺もフランツ様に相談してみましょう」
「……いずれにせよ、金が必要だな」
二人は食事をしながら、今後の計画について話し合った。