【シュトラウス商会へ】
無事に冒険者ギルドへの登録を済ませた悠真と龍華は、ギルドを後にしてバルゼンの街を歩き始めた。
「社長、これで正式にこの世界の冒険者となりましたね。」
龍華が手にしたギルドカードを確認しながら言う。
「そうだな。とりあえず、ギルドの仕組みやルールも把握できたし、ギルドカードも入手できた。今後の活動拠点としては使えそうだな。」
「次はシュトラウス商会ですか?」
「そうだな。ガルスにご紹介してもらったし、この世界で商売をするにしても、俺たちが異世界の知識を活かすにしても、まずは情報収集と根回しが必要だろう。」
二人はギルドの大通りを抜け、市場が広がる方へと歩を進めた。
バルゼンの市場は活気に満ちていた。
石畳の道沿いには、果物や穀物を並べた屋台、革製品や武具を扱う店が立ち並んでいる。
行商人たちが大声で商品を宣伝し、通りを行き交う客と交渉する姿が見られた。
「なかなかの賑わいですね。」
龍華は市場の動きを観察しているようだ。
商人たちの品物を見定める目は鋭く、売り手の呼び声にもどこかしたたかさを感じた。
「この国の経済がどの程度成熟しているのか、ここを見るだけである程度わかるな。」
悠真も市場の構造を観察する。
露店だけでなく、しっかりした店舗を構える商家もある。
中には、貴族向けの高級品を扱う店も見られた。
「シュトラウス商会は確か、この市場の一角にあるんだったな。」
「はい、ガルス様の話では、王国でも指折りの規模を誇る商会とのことでした。」
二人は市場の奥へと進んでいった。やがて、通りの中でも特に人通りの多い区画に、立派な看板を掲げたシュトラウス商会の商館が見えてきた。
シュトラウス商会の建物は、バルゼンの市場の中でもひときわ目を引く存在だった。
二階建ての石造りの建物で、入り口には「シュトラウス商会」と金の文字で刻まれた看板が掲げられている。扉の横には数人の従業員らしき人々が忙しそうに出入りし、馬車で運ばれてきた荷物が次々と倉庫へ運び込まれていた。
「さすが大商会ですね。」
龍華が感心したように呟く。
「バルゼンにおける物流の拠点になっているようだな。貿易だけでなく、物資の保管や流通まで手がけているのかもしれない。」
悠真は扉をノックし、店内へと足を踏み入れた。
店内に入ると、そこはまさに商業の中心といった雰囲気だった。
広々としたカウンターの奥には、取引のためにやってきた商人や貴族らしき人物たちが並び、次々と商談が進められている。
壁には品物の価格リストや契約書の掲示板があり、商人たちがそれを見て自分の取引を決めていた。
「いらっしゃいませ! お客様、どのようなご用件でしょうか?」
受付にいた若い男性の店員が声をかけてきた。
龍華が前にでて店員とのやり取りを始める。
「交易商人のガルス・ベイルマン様からご紹介されたのですが、私はリューカ、こちらは私の主でユーマと言います。ご当主のフランツ・シュトラウス様か店長様とお会いしたいのですが?」
龍華がそう伝えると、店員は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「ガルス様からお話は伺っております。フランツ様に……少々お待ちくださいませ。」
彼は奥の部屋へと消えていった。
「社長、フランツ様がどれほどの実力者か、ここを見ているだけでよくわかりますね。」
「市場を抑えているということは、この国の経済の流れをある程度握っているということだ。そう簡単にはいかないかもしれないが、俺たちの異世界の知識が活かせるかもしれない。」
悠真がそう呟いた時、奥から威厳のある声が響いた。
「やあ、待たせたな! よく来た、ナガレ・ユーマだったか?ガルスから聞いているぞ」
現れたのは、立派な口髭をたくわえた精悍な顔つきで堂々とした体格を上質な仕立ての衣服に身を包み、まるで貴族のような風格の男だった。
笑顔を浮かべつつも鋭い眼光で二人を値踏みしているように見える。
「ただの商人とは思えない風格だな……」
悠真はその呟き、並の商人ではないと直感する。
一方、龍華も警戒心を持ちながら、その立ち居振る舞いから交渉のプロであることを見抜いた。
「ああ、まずは自己紹介だな。俺の名前はフランツ・シュトラウス。ガルスから聞いているかな?この街で小さな商会を営んでいる。君たちはどこから来たんだい?」
龍華は小声で囁く。
「社長、私たちが異世界から来たことは、まだ話さないほうがいいでしょう。」
「そうだな。彼が敵か味方かも分からないしな。」
こうして二人は、異国の商人と使用人という設定で話を進めることにする。
「俺たちは、ここから東の方から来た商人なんだ。」
「君たちも商人なのか。もし面白い商品があるなら、ぜひ私のシュトラウス商会で扱わせてもらえないか?」
「ああ、そういう話をしたいと思っていたんだ!この出会いも何かの縁だろう。」
悠真がそう言いながら握手を求めると、フランツも手を差し出し
「俺は、商売とはお互いが得をするから成立すると考えている。これからお互いに良い関係になれたらいいな!」
フランツは龍華にも握手を求めてきたので、龍華は手を差し出す。
「おや・・・リューカはただの使用人ではないようだな。身のこなしと言い礼儀正しい仕草といい。かなり高度な教育と訓練を積んでいるように思えるが?」
「いえ、そんな評価されるほどの物ではございません。フランツ様こそ気さくな雰囲気ながら”小さな商会”とやらのご当主とは思えない所作でございます」
「おやおやユーマ、君の”使用人”とやらは油断ならない人物のようだな」
そういうと、悠真とフランツは大きく笑った。
「さて、立ち話もなんだし、奥で話そうか」
フランツはそういうと、奥の部屋への扉を開け二人を招き入れる。
部屋の中には立派な机が設えてあり、その手前には来客用のソファーとテーブルが置かれている。フランツは奥の椅子に座ると、二人にも座るように促してきた。
「何か飲むかね?」
悠真と龍華は部屋に入り、しばらく家具や調度品に目を奪われた。
店の入り口からここまでに通された部屋の家具などもなかなかの物だったが、この部屋に置かれているものは確実に一流品だろう。
それらに呆気に取られていると、フランツが入口に立っていた使用人に何事かを告げる。
「まあ、そう固くならずに、ゆっくりしたまえよ」
「ああ・・・ありがとう。部屋の調度品があまりに素晴らしくて・・・」
「なるほど、君たちにはこれらの価値がわかるのだね」
「もちろんだ。東方ではこれほどの品にはお目にかかれない」
二人は圧倒されながらソファーに座る。
「良い目を持っているな。」
そこへ使用人が戻ってきた。
手にはシルバーのトレイに載せられた紅茶らしきものを持っている。
「まあ、紅茶でも飲んで口を湿らせてくれ。」
「ありがとう。さっそくいただいても?」
「ああ、冷めないうちに」
龍華が先に紅茶に口をつける。
「ははは、毒なぞ入れてないぞ?」
「これは失礼しました。ただ私はどんな場面でも悠真様をお守りしなければならない立場ですので。」
「ああ、警戒することは良いことだ。なに、気にはしていない。お互い信用を築くのはこれからだしな」
フランツがそう言いながら少し笑うと、龍華も微笑み返す。
「さて、今日はどんな話をしようかね? お前さんたち、ただの流れの商人ではないように見えるが。」
悠真は微笑みながら、静かに話始める。
「それはお互いさまだろう、フランツさん。あなたの商会はただの商売人集団ではなく、王国経済そのものに影響を与えるほどの存在だろう?非常に興味深いよ。」
小手先のやり取りでは、有利な話を進めるのは無理だと判断した悠真は深く切り込むような会話に切り替えた。
「ほう……察しがいいな。だが、君たちもタダものではない気がする。そう、まるでこの世界の住人ではないような・・・どうかね?」
二人は息をのむ。
フランツは鋭い眼光で二人を見つめている。
豪奢な調度品に囲まれた部屋に沈黙が流れる。
先に口を開いたのはフランツだった。
「ははは、いや、試すようなことをしてすまなかった」
「・・・」
さすがの悠真もすぐに返すことができなかった。
「まあ、人には秘密にしておきたいこともあるだろう」
「さすが王国全土に商会を広げた人だ・・・」
「大丈夫だ、商人は信用が命、君たちの事は誰にも言わないし、これ以上詮索もやめておこう」
「・・・そうしてくれるとありがたい」
悠真はこういったやり取りで後れを取ったことがないと自負していただけに、動揺を隠しきれないようだ。
「しかし、その代わりと言ってはなんだが、もし良い商売の話があるなら、必ず私を通してくれないか?」
「ああ、まだ今は言えないが、俺はこの国で力をつけたいと思っている。そしてさまざまな商売のタネや手法を試そうとしている」
「非常に興味深いね」
フランツは紅茶を一口飲み、一言だけ返してきた。
そこへ龍華が口を開く。
「どうやらフランツ様はいろいろご存じのようですね」
「いや、まだ直感のようなものだったが、どうも君たちには無条件に協力しておいたほうが良い気がするんだ」
「さようでございますか・・・」
「さて、これから長い付き合いになる気がするし、今日はこの辺までにしておかないか?」
フランツは雰囲気をガラッとかえた口調でそう言ってくる。
「東方から今日この街に到着したのなら、さぞ疲れているだろう、良い宿を紹介するから、今日はもう休んだほうが良いだろう」
フランツは部屋の入口で待機していた使用人に出かけることを伝えると、悠真たちを促して商会の外まで連れ添ってくれた。
商会の玄関まで来た時、悠真が口を開く。
「フランツさん、俺たちももう少しこの国や自分の置かれた環境について調べたい」
「ああ、今日の今日でどうこうなるとは思ってないさ。しばらくこの街に滞在してこの国について知るといい。俺もしばらくこの街にいるから、また話がしたくなったら気軽に商会を訪ねてくれ」
夕闇が迫るバルゼンの街へと出た悠真と龍華はフランツに別れを告げ、紹介された宿へ向かうことにした。