【森の中の奇襲】
悠真と龍華が乗ったガルスの馬車は、静かな森の中を進んでいた。
木々の隙間から陽の光が差し込み、馬車の揺れに合わせて木漏れ日が踊る。
鳥のさえずりと、車輪が土を踏みしめる音だけが響く穏やかな道だった。
「この辺りは滅多に魔物は出ないが……まあ、警戒しておいて損はないさ。」
御者のガルスが、手綱を握りながら気楽に言う。
「とはいえ、こういう油断したときに限って、何か起こるんですよね。」
龍華が冷静に周囲を見回していた、その時——
「——!?」
突如、森の奥からぬめりとした不気味な音が響いた。
悠真が周囲を警戒していると、道の両側の茂みから、半透明の緑色のスライムがぬるりと現れる。五匹。
「スライムか……!」
警戒していた悠真が叫んだ
「おいおい! 冗談じゃねえぞ! 馬が驚いたら暴走しかねねえ!」
ガルスが叫びながら、必死に馬を制御する。
「ガルスさんは馬の操縦に集中してください! ここは私たちが片付けます!」
悠真も馬車を飛び降りながらガルスに指示を飛ばす。
「お、おう! 頼んだぜ!スライムは腐食性の体液を持ってる奴がいる、武器とかも溶かしちまうから気をつけろよ!」
ガルスはそう言うと、馬をなだめながら馬車の速度を落とす
「面倒ですね。」
龍華が素早く馬車を飛び降り戦闘態勢に入る。
スライムはずるずると地面を這い、馬車に向かってじりじりと詰め寄る。
彼らの粘液が地面に滴り、わずかに蒸気が上がっていた。
腐食性の体液を持つスライムか。悠真は一瞬で分析し、対策を考える。
「龍華、近接戦闘は危険だ。奴らの体液に触れるな。」
「……了解しました。」
龍華は馬車の屋根に飛び乗り、腰のポーチからアストライアにもらった鋼糸を取り出した。
操糸術——
彼女の指先が微細な動きを見せると、糸が生き物のように動き出し、スライムの動きを牽制するように宙を舞った。
「まずは、一匹・・・」
龍華が手を振ると、鋼糸がスライムの体を絡め取るが、スライムは形を変えて逃れようとする。
「・・・甘いですね。」
龍華は冷静に糸を操り、一瞬の隙を突いてスライムの中心核を締め上げた。
グシャッ!
スライムの核が砕け、ぬるりとした本体が地面に崩れ落ちる。
「よし、やれる!」
悠真は馬車の周囲を見回し、ちょうどいい長さの木の枝を見つけると、スライムを警戒しながらそれを拾った。
「おっと、馬車に手出しされると困るんでね」
そう叫ぶと馬車に近づいてきたスライムに木の枝を叩きつける。致命傷にはならなかったのかスライムは少し動きを鈍らせただけだ。
「そのまま!」
そこへ龍華の糸が再び飛び、木の枝で叩かれたスライムの核を鋭く切断する。
二匹撃破。
だが、残りの三匹がさらに距離を詰めてくる。
「くそ、まだいるな……!」
「社長、距離を取ってください!」
龍華が悠真を馬車の上へと誘導し、再び糸を操る。
しかし、スライムたちは学習したのか、先ほどよりも素早く動き回り糸の捕縛を避ける。
「これは……少し厄介ですね。」
悠真は周囲を見回し、武器になりそうなものを探す。
そのときガルスが叫んだ
「荷台に松脂の入った小樽があるはずだ!それを使え!」
確かに馬車の荷台に脇に小樽が積んであった。
悠真は小樽をスライムに向かって転がすと、龍華がナイフを投げつける。
ナイフは樽に突き刺さり、そこから松脂が広がる。
松脂がスライムの体表にべったりとまとわりつき動きを鈍らせた。
「次は火ですね……!」
「火と言っても、そんな簡単に火がつくアイテムなんか持ってないぞ」
ガルスは手綱を操りスライムに恐怖する馬をなんとか落ち着かせようとしながら叫ぶ
「お前ら、魔法は使えないのか!?」
「社長!魔法ですよ!」
「・・・いや、それが使い方を聞き忘れて・・・」
「・・・はっ?」
そう言われてみれば、スキルを取得はしたが、使い方は聞いていなかった。
しかし、龍華はさっき操糸術の使い方を習わずに使っていた。
ということは、イメージが大事なのかもしれないと気付く
「社長、魔法をイメージして、なんでもいいから呪文でも唱えてみてください!」
悠真は、とっさに以前読んだ異世界転生物の魔法詠唱のシーンを思い出し真似てみる。
「燃え盛る炎よ、我が命ずるままに燃え、敵を焼き払え!《ファイヤーボール》!」
悠真は詠唱と同時に松脂をまとったスライムに向かって手のひらを突き出す。
ボッ!
突き出した悠真の手のひらから赤々と燃える火球が飛び出すと、スライムに直撃した。
スライムは甲高い音を発しながら暴れ回ったが、松脂にも引火したのか火の勢いは止まらず、やがてその体を完全に焼き尽くした。
「三匹目撃破!」
残るは二匹だが、この二匹は仲間を燃やす炎に怯んだのか動きが鈍くなっている。
「龍華!糸で殺れるか?」
「お任せください!」
龍華はそう叫ぶと、まだ扱いなれない糸を何とか操りスライムの核を切断した。
「ふぅ……これで全部か?」
悠真は念のためにスライムの残骸を観察したが、もう動く気配はなかった。
龍華も糸を巻き取りながら、周囲の安全を確認する。
「お、おい! 無事か!?」
ようやく馬車を安定させたガルスが、振り返って声を上げる。
「ええ、何とか片付きましたよ。」
悠真が軽く手を振ると、ガルスは安堵のため息をついた。
「お前ら……すげぇな。ユーマは魔法を使えるし、リューカはなんか糸?みたいなのでスライムを切り裂いてたし。傭兵かなんかなのか?」
「いえ、商人と秘書ですよ。」
龍華がさらりと答える。
「秘書?とやらが何かわからんが、なんにしろ助かったぜ」
ガルスは笑いながら、再び馬を進めた。
悠真と龍華は、馬車の荷台に戻ると戦闘の余韻を感じながらも、静かに息を整えた。
彼らの異世界での旅は、まだ始まったばかりだった。