プロローグ 【テンプレ通りに異世界転生】
蒼穹に轟く咆哮。
龍華の目の前にそびえ立つのは、巨大な紅蓮のドラゴンだった。
「……厄介ですね」
悠真を庇うように前に出た龍華は、静かに眼鏡を押し上げた。理知的な瞳には一切の動揺がない。タイトなスカートが微かに揺れ、彼女のしなやかな身体が戦闘態勢に入る。
「グォォォォォ!!」
ドラゴンが空気を震わせるように吼えた瞬間、その口元に燃え上がる灼熱の光が宿った。
「……ブレスですか、社長は防御魔法を展開して下がっていてください」
「わかった、この場は任せたぞ!」
龍華は跳躍する。刹那、彼女の足元を焼き尽くさんばかりの炎の奔流が駆け抜けた。周囲の地面が焼け焦げ、大地が灼熱の熱波に晒される。
「相手が大型なら……こちらも大きく使いましょうか」
彼女の指が僅かに動く。途端に、彼女のスカートの奥から、目に見えぬ糸が舞い上がった。細く、強靭で、鋼よりも鋭利な操糸術の銀糸が、陽光に反射して一瞬だけその輪郭を浮かび上がらせる。
「銀糸は試験運用でしたが、実戦で試すのも悪くありませんね」
龍華は冷静に呟きながら、両手の指を僅かに操った。
「縛!」
シュバッ!
ドラゴンの巨大な腕に、瞬時に数本の糸が絡みつく。直後、龍華が力を込めると、まるで数十本の鎖で締め付けられたかのようにドラゴンの動きが鈍った。
「グルォォォォ!!」
巨体を揺らしながらもがくドラゴン。しかし、操糸術は相手の力を利用し、より強固に締め付ける。
「……効いてはいるものの、これだけでは決定打にはなりませんね」
龍華はすっと指を横に払った。
「では、切らせていただきます」
「刃!」
糸が鋭利な刃へと変化する。
一瞬後、ドラゴンの右腕に深い裂傷が走った。灼熱の血が地面に滴る。
「グギャァァァァァ!!」
悲鳴を上げるドラゴン。しかし、龍華は冷静だった。
「まだ、終わりませんよ」
新たな糸が宙を舞う。今度はドラゴンの首元、羽の付け根、四肢……戦闘において致命的な部位に次々と絡みついた。
「……沈めます。」
指を交差させる。
「操糸千斬!」
その瞬間、ドラゴンと龍華を取り巻く範囲に静寂が訪れる。
次の刹那、無数の糸が疾風の如く閃き、ドラゴンの巨体を一閃した。
——シュバッ!!
その場の空間に、一瞬の静寂が訪れる。
そして、数秒後——
ゴシャアァァァァ!!
ドラゴンの四肢が次々と崩れ落ち、最後にその巨体が地響きを立てながら崩れ落ちた。
悠真が目を丸くして龍華を見た。
「……お前、本当に秘書か?」
「社長のお役に立つのが私の仕事ですので」
龍華は何事もなかったかのように、糸を仕舞いながら眼鏡を直した。
悠真は苦笑しながら呟く。
「万能秘書……ね。お前の“万能”の範囲がどこまでなのか、ますます分からなくなってきたよ」
静寂が戻る戦場で、龍華は優雅に微笑んだ。
-----2025年2月10日 22時 日本・東京都港区-----
都会の夜景が煌めく中、タクシーが静かに停車した。
「今夜もお疲れさまでした、社長。」
黒髪をなびかせ、鋭い眼差しの女性・桜井龍華は、タクシーから降りたスーツ姿の男性に声をかける。
彼の名は流石悠真。若干30歳にして急成長中のベンチャー企業「ヴェルサ・フロンティア株式会社」を率いる社長である。
ヴェルサ・フロンティア株式会社は、企業のDX推進や戦略コンサルティングを専門とするベンチャー企業だ。
市場分析、AIによるビジネス最適化、グローバル展開支援などを主軸に、多くの企業の経営改革を成功に導いている。
悠真の論理的思考と大胆な戦略が、この企業の急成長を支えている。
悠真は冷静で合理的な思考の持ち主であり、物事を大局的に見極める能力に長けている。
もともと大学時代に起業した天才肌の経営者で、成功の裏には計算された戦略と的確な判断があった。
その外見はまさに敏腕経営者を体現しており、30歳という若さながら、鋭い眼差しと落ち着いた表情が堂々たる風格を醸し出す。ファッションにはこだわらず、基本的には秘書の龍華に選ばせているため、常に洗練されたスーツ姿をしている。
その端正な顔立ちとスタイルの良さは、どこにいても人目を引く。
「ありがとう、龍華。お前がいてくれるおかげで、何もかもスムーズに進んでるよ。」
悠真は軽く微笑みながら、ビル街に吹く夜風を感じる。その横で、龍華は穏やかな微笑みを返しながら
「当然のことです」と短く答えた。
桜井龍華は、冷静沈着かつ完璧主義な秘書である。
その姿は、まさに「万能秘書」という言葉を体現しており、彼女は白いブラウスにタイトなスカートという定番スタイルで、スラリとした美しいシルエットを強調する。普段はきっちりまとめたロングヘアだが、時折揺れる前髪が知的さに柔らかさを添えている。伊達メガネ越しの瞳は鋭く、それでいてどこか優雅な光を放っている。
また、スタイルの良さとは裏腹にグラマラスな体型で、ビジネスシーンでも一際目を引く存在だ。均整の取れたスタイルと、上品かつ洗練された美貌が彼女のカリスマ性をさらに際立たせる。鋭い観察眼と卓越した分析力で多くのビジネス交渉を成功に導き、格闘技の心得もあるため、アメリカのPMC(民間軍事会社)での訓練経験も生かし、悠真のボディーガードとしても一流の実力を発揮する。唯一、恋愛経験が皆無な点だけが、彼女の弱点と言えるだろう。
ふと悠真は、龍華の存在について改めて考える。
「彼女がいなかったら、俺はここまで来れただろうか?」
ただの秘書ではなく、経営の最前線で悠真の意思を汲み取り、最適な形で補佐してくれ、ビジネスの場では、時に悠真以上に冷静かつ的確な判断を下し、予想外の事態にも即座に対応して危険から守ってくれるのだ。
「龍華は本当に万能だな。」
悠真がそう呟くと、龍華は
「何を、今さら。」
と、ほんの少し柔らかな表情を見せるだけだった。
その瞬間、轟音とともに、猛スピードのトラックが突如として二人に向かって突っ込んできた。
視界の隅にまばゆいライトが迫る。
ブレーキ音もクラクションもなく、巨大な鉄の塊のトラックが獲物に襲い掛かる獣のように、凄まじい速度でこちらへと突進する。
「——ッ!」
咄嗟、龍華は悠真を突き飛ばそうとするが、時間が圧縮されたかのように世界がゆっくりと動く中で、悠真の脳裏には一瞬で様々な疑問が駆け巡った。
(これは……事故なのか? それとも、何者かの意図が? まさか…最近読んだ異世界転生…?)
疑問を精査する間もなく、背後から龍華の手が伸びる。
彼女の強靭な力なら、悠真一人でも救える可能性があった。
しかし、彼女の手が悠真に届く前に、鋼鉄の巨体が二人を飲み込み、全身に激しい衝撃が走る。凄まじい衝突音とともに、悠真と龍華の意識は暗闇へと沈んでいった。