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【6.氷の湖の城】

 さて、国王との話し合いはまったく嚙み合わなかったものの「王妃辞めます」と宣言したことに前進を感じていたイベリナ妃だったが、ヴォルカーとの約束の金曜がやってきたので、期待を胸に王立公園に向かった。


 イベリナ妃が到着した時にはヴォルカーはいなかったが、しばらくするとヴォルカーが姿を現したので、イベリナ妃はほんのり嬉しそうな声をあげた。

「ヴォルカー。来てくれたのね!」

 機嫌(きげん)がよさそうに手を振る。


 ヴォルカーは変な顔をした。

「約束でしたからね。その顔、何かいいことありましたか?」


「ええ、いろいろ覚悟をつけてきたわ」

とイベリナ妃が(ほが)らかな声で答えたので、ヴォルカーは逆に深刻な顔をして、

「本気で女神ズワンに祈る気ですか?」

(おそ)(おそ)る聞いた。


 ヴォルカーが慎重な態度なのに、イベリナ妃の方は

「やめないわ。祈らせてほしい」

と熱意を込めて言い、「お願い」とばかりにヴォルカーの手を取った。


 ヴォルカーは触れられた感触にドキッとして慌てて手を引っ込めたが、平静を(よそお)って言った。

「何を見返りに要求されるか分かりませんよ」


「いいの、ジャスミンにお子ができたら私は王妃を辞めるの。それくらいの覚悟を女神ズワンに差し上げるわ」

 イベリナ妃がきっぱりと言い切るので、ヴォルカーは驚いた。

「え、そんな……! 愛人に夫を盗られて、王妃の地位まで失うなんて、それじゃあなたはただの負け犬になるじゃないですか」


 イベリナ妃はもう未練のない顔で微笑(ほほえ)んだ。

「負け犬ね、上等よ。でも、これが私の最後の務め。嫁ぎ先にきちんと跡継(あとつ)ぎを用意する。そしてお役御免(やくごめん)


「なんだか極端だなあ」

 ヴォルカーはイベリナ妃の覚悟を感じ取ったのでもうそれ以上は言うまいと思ったが、開き直った女は怖いとばかりに頭を()いた。


 イベリナ妃はヴォルカーが自分の気持ちを理解してくれたことを感じてほっとし、感情的なことを口にした。

「でも一番は……私が自分を大事にしたいと思った事なの」


「!」

 ヴォルカーはハッとした。

 イベリナ妃の整った可愛らしい顔をじっと見つめる。


「女神ズワンという選択肢をもらって色々考えたの。私はあんまり幸せじゃなかったなあと思って」

 イベリナ妃はぽつんと言った。


「まあ、(はた)からみたらそうですかね」


「私は幸せになるわ。だから迷いはないの。女神ズワンにお祈りしたい。どうしたらいい?」

 イベリナ妃は柔らかな表情でヴォルカーを真っすぐ見た。


 イベリナ妃の真正直(ましょうじき)な気持ちにヴォルカーは手を貸してあげたくなった。実際この人の状況は少し気の毒だなと思う。


 ヴォルカーはイベリナ妃の意を()むように「ふうっ」と小さく息をつくと、

「俺、あなたにいいもの見せると約束しましたよね?」

と言った。


 次の瞬間、驚くことに、ヴォルカーとイベリナ妃の前に、不思議な、ゆらゆらとゆったりうごめく空気の扉が現れた。


「これは……!?」

 奇妙な扉にイベリナ妃は一歩後退(あとずさ)りした。


「俺、こう見えて神職の息子なんで、多少の神通力(じんつうりき)は使えますよ。ま、逆かな、使え過ぎで面倒事が増えたんで国外逃亡してるんですけど」

 そういって、ヴォルカーはイベリナ妃の手を引いて、奇妙な空気の扉を通りぬける。


 すると、目の前に、大きな湖が広がっていた。

 足元は緑の草花が()(しげ)り、空は美しいほど()んでいた。


 そして、よく目を()らすと、向こう岸が見えないほどの広大な湖の真ん中に、何か建造物がある。古びたレンガ建ての城? (つた)に覆われた――?


 イベリナ妃は違和感を感じてよく城を観察し、驚いた。

「湖の真ん中、氷が張っている? その氷の上に、城?」


「変だと思いますか?」

 ヴォルカーは淡々と聞き返す。


「そりゃ驚くわ! 土台はどうなってるの、氷の上に城なんか建つはずないじゃない。氷は()けるわ……」

 イベリナ妃が思わず叫ぶと、ヴォルカーは笑った。

「そんな野暮(やぼ)なことは言わなくていいですよ。だって神力(じんりき)なんだから」


 イベリナ妃は気味悪そうにヴォルカーを見つめた。

「じゃあ、これは、あなたが?」


「いやいや、作ったのは俺じゃないですよ。これが女神ズワンの根城(ねじろ)。一生()けない氷の上にどうやって建てたのか分からない城」


「まあそんな言い方。悪かったわよ、疑ったりして。でも、美しいわ。これを見られるだけでも幸せね」

 イベリナ妃が感嘆(かんたん)の声を上げると、ヴォルカーは「ふふっ」と小さく笑った。

「俺、いとし子なんでね」

「え?」


 そのとき、いきなりざざっと風が吹いた。

 イベリナ妃は強い風に体を持って行かれそうになって、「あっ」と思わず衣服を押さえた。


 すると、導くように城門が開き、城の方からイベリナ妃の足元までするすると湖の水が凍って、一筋の氷の道ができた。


 ヴォルカーはイベリナ妃にウインクする。

「入っていいってさ」


「ほ、ほんとに? 氷の道……だいじょうぶなの?」

 イベリナ妃はただただ圧倒されて、恐々(こわごわ)聞いた。


 ヴォルカーは(うなず)く。

「氷の湖の城の伝説はずっと昔からある。招かれた者のみが入城を許され、祈ることを許される。大事なものを差し出す覚悟のある者だけです。そして、その者の願いは聞き届けられた」


「願いが聞き届けられる……」


「神職の一部の人間には氷の湖の城へ案内する力があるんですよ。ま、それなりの使い手じゃないとこの城にはたどり着けませんけどね。ははは、でも俺の場合は、たいした覚悟もないのにここに連れて来いってやつが多すぎて、面倒になっちゃったんだけど。まあ、あなたの覚悟は受け取りましたよ、俺を信じますか?」

 ヴォルカーは笑った。


「ええ、私は信じるわ」

 イベリナ妃はさっきよりは落ち着いた声で答えた。


 ヴォルカーはにっこり(うなず)くと、イベリナ妃をサポートするように手を差し伸べた。

 イベリナ妃はほっとしたようにその手に(つか)まり、恐々と氷の道に足を踏み出した。


 二人はゆっくり慎重に氷の道を歩き、氷の湖の城の中に足を踏み入れた。

 城に入った瞬間、壁の(つた)が一斉にさわさわと揺れる気配(けはい)がした。


 城の中は薄暗く静まり返っていて、空気が重かった。

 緊張した面持ちでイベリナ妃が周囲を見渡すと、真ん中に祭壇があった。

 計算して作られた天窓から一筋の光が祭壇に向けて落ち、そこだけが別世界のようにぽっかり浮かび上がっているようだった。


 あまりの神々(こうごう)しい光景にイベリナ妃が息を()むと、

「ひれ伏せ」

と張りのある美しい声が響き渡った。


 イベリナ妃とヴォルカーは(はじ)けるように飛び上がり、おでこを床にこすりつけるようにしてひれ伏した。


 何か人型の光のようなものが、イベリナ妃とヴォルカーの頭上に立った気がした。

「願いは?」

 美しい声が聞いた。


「ジャスミンに国王のお子を」

 イベリナ妃は小さな震える声を(のど)の奥から(しぼ)り出した。


「それでおまえは何を差し出す?」


「私は王妃の地位を降ります」

 イベリナ妃はさっきよりはちゃんとした声で答えた。


 すると、声の主が笑い声を立てた。

 がらんどうの城の中、笑い声はあちこち反響して、音楽のように城中を包み込む。

 イベリナ妃はなぜ女神ズワンが笑っているのかよく分からないし、この笑い声が良いものなのかどうかも分からず、生きた心地がせずに、祈るような気持ちでずっと(うずくま)っていた。


 そして、やがて笑い声がやむと、女神ズワンが涼やかな声で言った。

「よかろう、おまえの願いは聞き届けられた」


 氷の湖の城の床が溶けるような気配がし、()けた氷で足もとが水浸(みずびた)しになった。(ひざまず)いていたイベリナ妃とヴォルカーの服が()れる。ひたひたと押し寄せていた水は、どんどん水位を増し、このまま氷が全部()け城が湖に沈むのでは?とイベリナ妃は恐怖で慌てた。


 ヴォルカーがイベリナ妃の動揺に気づきハッとして、急いでイベリナ妃に寄り添おうと駆け寄った。

「大丈夫だから、俺に(つか)まって!」

 安心させるようにイベリナ妃の肩を抱いてやろうとしたとき――。


 次の瞬間、ぐらりと床が大きく揺らいで、イベリナ妃とヴォルカーは体ごと水の中に倒れこんだと思うと、アッと間に城は氷が()けた湖に沈み、イベリナ妃は城ごと水に包まれたのだった。



『氷城の女神』byウバクロネ様

挿絵(By みてみん)

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