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【2.愛人ジャスミン】

 その頃、国王の愛人ジャスミンは、国王を(なぐさ)めるふりをしながら、内心キーっと怒っていた。

「なんで死なないのよ、あの女! シャンデリアまで落としたのに!」


 ジャスミンはずっとイベリナ妃の命を狙っているのである。


 ドレスに(はち)を入れたり。(着る直前ドレスを広げたときにぶーんと逃げ出したようだが。この失敗で(はち)は動くことを学習したため、次に毒針をドレスに刺しておいたが、有能な侍女が気づき不審に思ったため、ドレスごと処分されてしまった。)


 寝具にヘビを入れたり。(ヘビは布団をかぶって寝る習慣がなかったらしい、ベッドを抜け出してチェストの陰で休んでいた。だから次にはサソリを靴に入れてみようと思ったが、女性用の華奢なヒール靴はサソリが隠れるにはイマイチだったようでこれも逃げ出してしまった。そのサソリはどこかに行ってしまったので、ジャスミン自身もいつサソリが自室に紛れ込んでくるかと毎日ヒヤヒヤ過ごしている。)


 毒入りのお菓子やら紅茶葉などをプレゼントしたけれど、食べたり飲んだりした形跡はなく。


 女官を買収して確実に毒を入れさせようと思ったけれど、イベリナ妃の周囲は忠誠心の厚い侍女が固めていて手を出すことは叶わなかった。


 そして今日は大掛かりにもシャンデリアを落す手段に出たのだった。

 しかし、それも失敗してしまった。


 そもそも、ジャスミンがイベリナ妃を殺そうと思ったのは、イベリナ妃の無神経発言にあった。


 イベリア妃は公爵家出身のおっとりかわいらしい系の女性である。

 セクシー系がお好きな国王にはイベリナ妃はあまり魅力的に映らなかったようだ。


 それで、国王はイベリナ妃と結婚した後も、堂々と側妃を作ることを宣言した。自分の子を産んだ愛人を側妃にするというのである。


 そして、国王に目をかけられたジャスミンだったが、はじめのうちはイベリナ妃の報復が怖くてびくびくしていた。

 国王は「側妃は昔からある制度だから大丈夫だ」と言うけれど、歴史を振り返れば正妃にこっそり始末された愛人や側妃候補のスキャンダルなどもないわけではない。国王の子を産むなど、正妃が面白くないのは当たり前だ。


 しかし、イベリナ妃は何度国王とジャスミンの逢瀬(おうせ)を目撃しても、(かな)しい目をするだけでジャスミンに何か言うことも意地悪をすることもなかった。


 それでジャスミンは思ったのだ。あ、この妃なら、国王の愛人をやってもひどい目には合わなさそうだな、と。

 それでジャスミンは堂々と国王の愛人になった。


 はじめこそイベリナ妃はジャスミンに対して戸惑(とまど)った様子を見せたが、やがて常態化(じょうたいか)してくると、露骨(ろこつ)な視線は寄越(よこ)さなくなった。


 それどころか、何かイベリナ妃の中で(あきら)めのようなものが生まれたらしい。割り切ったような態度を見せるようになった。


 イベリナ妃はもともと真面目な方で儀式や式典などでの振る舞いは完璧だった。また、どんな社交の場でも最高の王妃を演じていた。そして細々(こまごま)とした執務に至るまで、きちんと妃として求められることをこなすのだ。

 恐らくはその延長だろう、子ができないので側妃を取るという国王の決定にも理解を示した態度をとることにしたようだった。


 しかし、その割り切った態度が、逆にジャスミンの神経を(さか)なでしたのだ。


 それまで、イベリナ妃はいつもジャスミンに、

「ジャスミンさん。儀式や謁見(えっけん)・巡回などの公務は全部私がちゃんとやっておきますから、あなたは早く陛下のお子を産んでくださいましね」

と控えめな声で言っていた。


 それに対してジャスミンは「ええ、言われなくてもっ!」と思っていた。

 私は若くて健康だからお子を身籠(みごも)ってよいと言うのならすぐにできるわ!

 この国の跡継ぎは男女どちらでもいいとはいえ、やっぱ男の子が欲しいわよね。(まか)せて、スペアもいれて2~3人は男の子を生んであげるわ!


 しかし、2年ほど経つのに、ジャスミンは国王陛下のお()しはあってもちっとも身籠(みごも)る気配がなかったのだ。


 早く生まなければ。

 ジャスミンは(あせ)りを感じ始めていた。

 盤石(ばんじゃく)な立場を得るためには子供がいる。今ここで陛下が別の女性に気を移してしまっては、ジャスミンはただフラれるだけになってしまう。側妃になれないのだ。

 王妃を敵に回してまでやってきたのだ、陛下のお子の母親という確固たる立場だけは欲しい。

 早く子供が欲しい。


 しかし、毎月毎月、月のものが来るたび、ジャスミンは激しい絶望に突き落とされる気分を味わった。

 どうして私には子供ができないの?

 こんなに願っていて、きちんと国王陛下とも時間を過ごしていて、こんなに頑張ってるのに、叶わないなんてそんなことってある?


 ジャスミンの妹は普通にきちんと結婚した。

「お姉さまの醜聞(スキャンダル)のせいでまともな相手を選べなかったわ」と文句を言っていた妹。田舎に領地を持つ格下の家柄の男性と結婚したけれど、この2年の間にすでに男児を一人授かり、しかも第二子も妊娠しているらしく、幸せそうだ。


「夜会などで羽目(ハメ)をはずしたりできなくなるからあんまり子供は欲しくなかったんだけどね。でも、生まれて見たらこんな愛おしい気持ちになるなんて自分でもびっくりよ。子どもに振り回されて生きているわ。でもそれが他のどんなことよりも楽しい。今まで楽しいと思っていたことが何だったのかというくらいの気分よ。お姉さま、子どもはいいものよ、少し大人になって身を固めてみたら?」

 妹はそんなことを言ってくる。


 ジャスミンは妹の言葉に(つら)い気持ちになった。

 私はとっくに覚悟を決めているのよ! 陛下のお子を産む!

 なんで「欲しくなかった」なんて軽々しく言えちゃう妹なんかに子どもができて、私には子ができないの!?


 どんなに世間から文句を言われようと、私は国王陛下のお子を産んで側妃の立場を()、幸せになっているはずだったのに。

 こんなことで悩むなんて思ってもみなかった!


 子どもができやすくなる体質に、と聞く健康法は率先(そっせん)して試した。

 体のことはこれでもかというくらい気遣(きづか)った。

 できれば男の子……でも、もういっそ女の子でも構わない! 何でもいいから子供が欲しい!

 今度こそはっ!と思ってもダメで、打ちのめされる日々。

 妊娠するなんて当たり前なんじゃないの? 望めば普通に子どもができると思ってた!


 そう思っていた矢先。

 ある日、イベリナ妃はジャスミンに(ひど)いことを言った。

 イベリナ妃は長いまつげを伏せながら、躊躇(ためら)いがちにジャスミンに言ったのだった。

「あの、言いにくいことなのだけど……。子どもを産む選択はあなたにあるのは分かっているのだけど、そろそろ陛下のお子を産む覚悟をなさってほしいの……できれば早く。それで、お子ができたら、どうか隠さずに私にも教えてほしいの……」


 ジャスミンはイラっとした。

「あなたなんかに言われたくない、催促(さいそく)する気? 子どもができないのは私がいらないからだって思ってる? 私だって心底(しんそこ)子供が欲しいの! あなたに私の気持ちが分かって!?」

 ジャスミンは心の中で叫んだ。


 そして思った。

 イベリナ妃がいるから自分はこんなに(あせ)っているのではないか?

 自分がイベリナ妃のような正式な立場だったら、こんなに子どもができないことで悩まなくてもいいのではないか? だって子供がいてもいなくてもイベリナ妃は正妃なのだ。

 私は子が生まれなければ側妃になれない!

 イベリナ妃ばっかりずるいわ!


 そう。ジャスミンは子どもができないことへの()()たりをイベリナ妃にぶつけることにしたのである。


 とはいえ、ジャスミンも最初からイベリナ妃を殺すつもりではなかった。少し意地悪をしてやろうくらいの気持ちだった。

 わざとイベリナ妃の目の前で国王陛下といちゃついてみたり、厭味(いやみ)を言ってみたり、イベリナ妃の悪口を広めてみたり。

 しかし、そういったことには、イベリナ妃の方は歯牙(しが)にもかける様子はなかった。


 苛々(いらいら)したジャスミンはどんどんやることがエスカレートしていったのだ。


 そして、ついにはシャンデリアを落すことにまで至ったのだった。


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