「ずっと好きだった」と実妹が迫ってきた。俺は実妹NGなんだが……え?実は義妹だった!?
「義妹ものはいい」
I have a dream……!テンションとしてはそんな感じで。粛然と、厳然と。何らかの格言のように、新川春太郎は言い放った。
「何がいいって、ロマンがある。家族なのに恋仲なんて……、そんな背徳感!けれど血は繋がってないので倫理的にはセーフ!でもってお兄ちゃんだとか兄さんだとかにぃにだとかおにいだとかお兄様だとか兄君だとかお兄ちゃまだとか!そんなふうに呼んでもらえるんだぜ最高だろ妹最高だぜ」
そうまくしたてた春太郎に、友人の土井和真は興味なさげに頬ずえをつきながら、ほお、と返した。
夕日差し込む放課後の教室。甘酸っぱい青春の一幕が似合いそうな光景だが、残念ながら教室に残る男子生徒二人が繰り広げているのは甘酸っぱさの欠片もないハンバーグのごとくこってりとした妄想話である。
「お前は相変わらずの義妹好きだな」
「ああ、もちろんだ。義妹マスターと呼んでくれ。……というか土井は相変わらず義妹に興味がないんだな」
ふん、と土井は鼻を鳴らす。なぜか自慢げである。
「そうだ、義妹なんて甘っちょろいもんに俺の食指は動かない。なんてったって、俺は実妹派なんだからな!」
……本当になんで自慢げなんだ?
「実妹ってお前なあ……とんだ特殊性癖だ。あんなの実際に妹がいるやつが耐えられる代物じゃない。幻想だ。ファンタジーだ。グロ映画だ!考えただけで反吐と下痢がでそう」
うぇー、と春太郎が顔を顰めて言うと、土井は思い出したように、
「ああ、そういや新川は妹がいるんだっけな」
と言った。
「……いるよ」
ため息混じりにそう言った春太郎の頭の中にもくもくと浮かんでいるのは、小生意気な実妹の顔である。
新川夏恋。春太郎の一つ下の高校一年生。赤子の頃から同じ釜の飯を食っている、正真正銘の実妹である。
夏恋はまあ、可愛い。贔屓目を抜きにしたって、母親に似た、愛らしい顔立ちをしている。身体だって、高校生にしては発達した……女性として魅力的なものだと思う。けれどもなあ、
「夏恋をそういう目で見るなんて有り得ねえー」
いくら同級生からモテているからって、俺にとっちゃあ、ただの生意気な小猿だ。揚げ足を取ることと屁理屈をこねくり回すことだけに長けている、キャンキャン鳴くチワワだ。
「ふーん、そんなもんか。……じゃあ、こういうのはどうだ?」
土井は細い目をさらに糸のように細くして、ニヤリと笑った。黒目がいやに大きいのでまるでひじきが二つ顔に乗っているようである。
春太郎は友人の不気味な顔に戦きながらも、聞かせてもらおうじゃないか、と小さな唇をぺろりと舐めた。
土井はやけにすらすらと話し始める。
「夜、お前が寝ていると不意に腹に何かがのしかかっているような感覚がする。何かと思うと、夏恋ちゃんだ。夏恋ちゃんが、お前に馬乗りになっているんだ。『ちょっ、おま、何してんだ!』お前がそんなふうに押しのけると、『お兄ちゃん、あたし、お兄ちゃんのこと……ずっと前から好きだったの!』そうやって、夏恋ちゃんはお前を襲おうとするんだ。『はあ!?おい、俺らは実の兄妹だぞ!?そんなことが許されるわけないだろう!』『それが、実は違ってたの!』『は?ど、どういうことだ』『あたし、お母さんとお父さんが夜中に話してるの、聞いちゃったの!』『……なにを』『あたしたち、本当の兄妹じゃないって!あたしたち、血が繋がってないって……』『そんな、馬鹿な……』『ほんと、だよ。あたしも最初は信じられなかったけど……』『そう、なのか……』唖然とするお前に夏恋ちゃんは笑いかけるんだ。『でも、これであたしたちはちゃんと恋愛できるんだよ、キスだって、それ以上だって、できるんだよ……』そう言って、強引にお前にKiss……。まあ、そこからはムフフというかなんというか、口に出すのは無粋というか」
「……絶交したいのか?」
圧倒的ナマモノ。目の前にいる友人とその妹の薄い本展開を語る奴がどこにいる。……ここにいるんだが。
なんでこいつと友達やってんだろう。春太郎はかれこれ五年ほど続いている土井との友情に疑問を覚える。
「つーか、そもそもうちは母子家庭だ。夜中に父母が話し合うなんてイベント発生しねーんだ」
「それもそうだ。けどどうだ?お前、義妹好きだろ?もし万が一夏恋ちゃんと血が繋がっていなかったとしたら、イケナイことがイケナイ感じになっちゃったりしないか?」
「うーむ」
春太郎は頭を捻って想像する。夜中に目を覚ますと馬乗りになっている夏恋……。兄に告白する夏恋……。もし血が繋がっていないとしたら?
「……いーや、こんなのは考えない方がいい。実際には夏恋とは実の兄妹で、ずっと一緒に暮らしてきて、恋愛関係になどなるわけが無いんだ」
そう、なるわけが無い。
なるわけが無いのだ……。
心の中でそんなことを唱えたのが今から八時間ほど前。時計の針はてっぺんで重なり、ただいま時刻は深夜十二時。
「お兄ちゃん……」
果たして、春太郎の妹、夏恋は、兄の腹に馬乗りになっていた。
豆電球の頼りない光が夏恋の端正な顔に影を作る。風呂上がりのロングヘアが、春太郎の頬をそわ、と撫でて、ふわりとシャンプーが香った。
「な、何してんだ……」
震える声で聞いた春太郎に夏恋が返した言葉は、
「お兄ちゃん、あたし、お兄ちゃんのこと……ずっと前から好きだったの」
奇しくもというかなんというか、信じたくもなかったが、まさに八時間前に聞いたセリフであった。もっとも、そちらはCV土井だったのだが。
夢かしら。
そう思ってパチパチパチと高速瞬きをするも、夏恋のお顔が一瞬ごとに目の前に現れる。舌を噛んでみても、鋭い痛みと共に、鉄の味が口内に広がるだけなのだった。
「……ドッキリ?」
「違うよ!」
夏恋は悲痛にそう叫び、春太郎の胸板に手を置く。そのままじりじりと手を上にスライドし、首元へ。え、締められる?
夏恋は春太郎の首筋の、丁度ツボっぽいところをぎゅむっと押した。痛い!
「あたしは、ほんとにお兄ちゃんのことが好きなんだよ……」
「は!?いや、で、でも俺らは実の兄妹だし、……というか俺は義妹ものは好きだが実妹はNGだぞお前も知ってるだろ!」
春太郎は、なんとかおちゃらけた空気に戻そうと、おいおい、とおどけてみせる。土井の妄想の実演になっては困るのだ!あれ最後バッドエンドだし!
「それが、実は違ってたの……」
「はあ!?」
……もしかしてここは土井の頭の中の世界なのだろうか。現実と虚構がごっちゃになるタイプのホラー?
いやしかし!
「うちは母子家庭だぞ!夜中に両親が話し合うことなんてないんだぞ!」
「……どゆこと?」
夏恋がはあ?と首を傾げる。
「ああ、いや、……なんでもない。こっちの話だ。……というかどういう事だよ、違うって。俺たちは正真正銘実の兄妹だろ?同じ腹で産まれたんだろ?」
「それが、違うんだよ!」
夏恋はそう言って、部屋着のポケットから、何やらゴソゴソと取り出した。ぼんやりと薄く闇の広がる視界の中、目を凝らしてみると、手帳のようなものが一冊、あとは写真が二枚である。
「なんだこれ?」
「押し入れの中から、見つけたの」
夏恋は手帳をパラパラとめくり、とあるページを春太郎に見せた。
「普通の手帳に見えるが……」
カバーは黒いシックなデザイン。開いているページは十二月のカレンダーである。日毎に何か一文ほど書いてあると思ったら、日記らしい。この手帳の持ち主はなかなかこまめな人だったようだ。年度は……十七年前?古いな。
「これ、誰の……」
「お父さんの日記だよ、それ」
夏恋は静かにそう言った。春太郎は思わず息を飲む。
父親の?
春太郎たちの父親は、ずっと昔に……春太郎たちの記憶にないほど昔に、病気で死んでいる……と、女手一つで兄妹を育てた母親から聞いている。
今年で三十七歳の我が母親は、父親との馴れ初めや初デート、初キスなんかは聞いてもいないことまで事細かに語るくせに、父親の最期については打って変わってどうも口が重い、ように見える。
子供たちにしても、その辺の事情を探るのはどうも気が引けるので、春太郎たちは父親について、その人となりをまるで知らないままティーンエイジャーを迎えたのだが。
春太郎は早くなる心臓の音を聴きながら、ごくりと唾を飲んだ。
「二十三日のとこ、見て」
夏恋の言葉に従って、クリスマスイブの前日、その日に目を向ける。下に書き込んである文章は、
「余命、三ヶ月……?」
少し神経質そうな……なんというか、大人が書く字であると思った。角張った細いその字は、よく見たら少し線が揺れている。
"余命三ヶ月だと、医師に告げられた。もうすぐ息子が産まれるというのに……"
震えていたのだ。春太郎は分かる。歯を食い縛り、震える指を必死で抑えながら、彼は……父親は、この文を書いたのだ……。
「ねえ、息子ってさ……」
春太郎は頷く。
「俺の事、だな」
春太郎の誕生日は三月である。つまり……
「俺が産まれた時には、もう……ん?」
いや、待て。それだと。
「……あたしは、どうやって産まれたんだって、話なんだよね」
そうなのである。十二月の時点で余命三ヶ月。春太郎が産まれた時に、もしくは産まれた直後に父親が死んだとすると、……夏恋は生まれるはずがないのだ。
時系列が、どうもおかしい。
「い、いやでも、待て!余命三ヶ月ってのが、正確じゃなかったのかもしれない。もしかしたらそれから半年生きたかもしれんし、一年以上生きた可能性だってある!」
額に浮かんだ冷たい汗を拭い慌ててそう言うが、夏恋は悲しそうな顔で、ゆっくりと首を振った。
そして、先程出した写真のうち一枚を、春太郎に見せる。
「……これは」
家族写真、と言うにはあまりにも悲しい。拭えない冷たさが、悲哀感が、この写真には滲んでいた。
写真の右側に座るのは、高校生と言われても何ら疑問を覚えない、可憐な少女だ。けれど、その人形のような顔の作りで分かる。この少女は、春太郎たちの母親だ。それならば、彼女が抱いている首も座らない赤子は、春太郎なのだろう。そして、最も象徴的なのは、二人の横の机に立てられた、一枚の写真。写真に写るのは、大人びた表情をしているが、少年、と表現するのがなんだか相応しい、線の細い美男子。ちょうど、隣に座る母親と同じくらいの年齢だろう。
この写真立ての少年が母の抱く赤子の父親だとして。生きているのならば当然、写真立ての中ではなく生身で写ることが出来るはずで。この写真は家族三人の仲睦まじいものになったはずで。けれど事実、この写真は家族二人(と写真一枚)な訳で。
遺影なのだと、ごく自然に思う。……この写真が撮られたのは、春太郎が産まれた直後。
「嘘、だろ……」
春太郎が産まれた時には、すでに。
「あたしきっと、違う家で産まれたんだと思う」
夏恋は顔を伏せてそう言い、残ったもう一枚の写真を、春太郎に見せた。
恐る恐る見ると、またもや家族写真。若い男女が、年端もいかない幼女を囲んで座っている。……けれど今度は、どう見ても知らない家庭のものだ。
「真ん中の子供は、きっとあたしなの」
「え……」
ちょっと、覚えてはいるんだ。夏恋は寂しそうにそう言って、ふっと笑った。
「お母さんじゃない違う人に育てられた記憶。ずっと夢か何かだったのかなって思ってたんだけど、現実だったんだね……」
とても飲み込むことの出来ない、巨大な事実だった。
「俺たちは、本当に……」
「血が、繋がってないんだよ」
春太郎の言葉を引き継ぐように、夏恋が優しく言った。
そして、ベッドに腰かけていた俺を、力強く押し倒す。
一人の人間の命の重さと、それを生かす体温。やけに扇情的な夏恋の表情に、柔らかい体に、熱い息に、心臓が飛び跳ねる。
「か、夏恋……」
好きなの、と夏恋が甘く囁いた。お兄ちゃんのことが、好きなの。
血が繋がってないんだから、許されるんだよ。
「そ、それは……」
嘘だろ。ずっと一緒に過ごしてきたんだぞ。
そう言って押しのけても良かったのかもしれない。……というか、そうした方がいいのだろう。
けれど、春太郎は出来なかった。
どうする。どうする。夏恋と血が繋がっていなかったら。どうする。ぐるぐる回る頭は浅い思考を繰り返し、いつまでも答えが出ないまま熱だけ増していく。
夏恋は、戸惑う春太郎を、潤んだ瞳でじっと見つめた。
その時、何かがふっと肩から降りた気がした。
オーバーヒートした脳は限界を迎え、ああ、いいんじゃないか、と思ってしまった。
この向こうにある快楽に身体を委ねても良いのではないか。
義理の兄妹が結ばれる展開、ラノベだってよくあるだろう。
この先に嫌悪感ではなく快楽があると信じられる事こそが、自分たちの血が繋がっていないという証明なのでは無いか。そうだろう?
夏恋の桜色の唇が、春太郎に触れた。
二人の熱が近くなって、繋がって、共有して、一つになって。
夏恋の熱さを、甘さを、柔らかさを感じながら、春太郎は働かない頭でぼんやりと考えた。
初めてがこれかあ。
義理の妹と、かあ。
それもまあ、いいのかもしれないよなあ、なんて。
……かくして、春太郎の初体験は妹に捧げることとなったのだが。
***
「母さん。話があるんだ」
テーブルに肘をつき、じゃがいものスティック状スナックをポリポリ食べている母親を見据え、春太郎は低い声で言った。
手には例の手帳。そして二枚の写真。
傍らには夏恋。春太郎の隣で、目を伏せている。
母さんと話をしよう。そう言い出したのは春太郎だった。春太郎がめでたく童貞を捨てた、その数日後の事だった。
「さすがに母さんに言ったほうがいいだろう」
無論、行為についてでは無い。
「俺たちの血が繋がっていないことについて、だ。今まで伝えられてないってことは、俺らには隠されてきたんだろう。でも、知ってしまったからには、一度ちゃんと話をした方がいい……だろ?」
春太郎がそう言うと、夏恋は神妙そうに頷き……そして母親と対峙するに至る。
春太郎と夏恋は、母親と向かい合うようにテーブルにつき、母親の前に手帳と写真を置いた。
とてもじゃないがアラフォーとは思えない童顔の母親は、はてな?という風に首を傾げていたが、手帳と写真を目にした瞬間、息を飲んで丸い瞳を見開いた。
春太郎は、そんな母親を見て、改めて確信を持つ。
やはり、俺たちは義理の兄妹だったのだ……。
「その写真……」
「なあ、母さん。俺たちの父親は、俺が生まれた時にはもう、死んでいたんだろ……?」
母親の細い声を覆うように、用意していた言葉を吐く。少し威圧的な言い方になってしまい、即時後悔。それでも唇をかみ、春太郎は続ける。
「手帳、見たんだ。写真も。……びっくりしたよ。そりゃ、父さんの記憶なんてあるわけないよな。……俺が生まれた時にはもう、いなかったんだから。……けどさ、それだったら、こいつはさ、夏恋は、……俺たちはさ……」
「春太郎……」
母親は、苦しげに言葉を紡ぐ春太郎に、ふっと言葉を漏らした。
「そう、気づいたのね……」
春太郎は、こくりと頷く。
「……ああ。俺たち兄妹は、」
血が繋が
「夏恋はね、精子凍結で産まれたのよ」
……おん?
「えっ、ちょえ?せ、せい、え?」
一瞬にしてかき混ぜられた脳に、舌も思考も追いつかない。え?なんだって?精子、を?凍結?
「子供は二人っていうのがね、私たちの夢だったの。でも、病気が発覚して……。だから、私たち夫婦は相談して、精子を凍結することに決めたのよ。あの人はね、顔は見られなくても、兄妹二人で仲良くしてる姿を想像するだけで幸せだって。あの世に行った暁には天国から仲睦まじい兄妹を見守ってるよって。そう言ってたのよ……」
て、天国のお父っさん……。
ガチガチガチっと後ろから聞こえる小さな音は、夏恋の歯が震える音である。ちらりと見ると、夏恋は歯をガタガタ言わせながら、顔色を七変化させている。赤、青、黄色に次々と色を変える、夏恋の顔。なんか、ゲーミングな感じだ……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!じゃあ、この夏恋の写真は、どういうことだ?何の家族写真なんだよ。これ、家じゃないだろ?」
母親は、両手をパチンと合わせ、にこりと微笑む。
「あら、懐かしい!覚えてる?春太郎ね、小さい頃は体が弱くて、大きい病気してたのよ。うちも女一人だから、春太郎の世話にいっぱいいっぱいで。少しの間、友達夫婦に夏恋のこと預かってもらってたのよ」
あーなるほどぉ。ふむふむ。
春太郎は理解した。
己の人生が完全に崩壊したということを。
もう二度と消せない烙印が自分に押されているということを。
自分が、実の妹で童貞を捨てた人間だということを。
完全に理解してしまった。
天国のお父様。兄妹仲良く……という貴方の願いは叶った様なのですが、少しこう、仲良くしすぎたと言いますか。
春太郎は天を仰いだ。
「終わった……」
***
「どうしてくれるんじゃボケーーー!!!」
覚束無い足つきで何とか部屋まで戻り、扉を閉めそしていの一番に、
「何が"あたしたち血が繋がってない"だ!ばりばり近親相姦なんだが!?」
春太郎は夏恋を怒鳴りつけていた。
しかし夏恋もゲーミングな顔色も落ち着き、今は真っ当に紅潮した頬に、ふんすふんすと鼻息を荒らげ、暴れる春太郎に対抗する。
「お兄ちゃんもその気になってたじゃん!?あたしのせいにする気!?責めるならお兄ちゃんのその妹に反応しちゃう奇っ怪な下半身を責めるべきじゃない!?」
「誘ってきたのはお前だろうがー!!!」
「ノリに乗ったのはお兄ちゃんですー!実妹で童貞を捨てたDO変態な自覚ありますー!?」
「兄に襲いかかる妹の方が弩級の変態だろ!?どう落とし前つけてくれるんじゃ!」
「きいいい!こういうのは男が悪いって相場で決まって……わ!?」
地団駄を踏んだ夏恋が、床に落ちていた雑誌に躓き、ぐら、とバランスを崩す。
春太郎は咄嗟に夏恋を支えるが、こちらもバランスを崩し、そのままどしんと床に尻もちをついた。
「いっつぅ……」
ぶつけた尾てい骨の痛みに思わず細めた目を開けると、
「……あ」
鼻先が触れてしまいそうな距離に、夏恋がいた。
パチリと目が合い、その瞬間、夏恋の頬がぼっと紅に染まる。
「ご、ごめ……」
夏恋は気まずそうに目を逸らした。
おい、待てよ。待て。本当に、待ってくれ。
春太郎は自分の頭がかっと熱くなるのを覚え、……覚え、いや、なんで!?
そんなわけない。そんなはずはないのだ。
近づいた二人の距離を離すため、夏恋の肩に触れ、そしてああ、華奢だなあ、なんて思って。心臓が騒ぎ出して。なぜ。なぜなのだ。
違う。いけない。そんなはずは、ない。あっていいはずがない。
近親相姦から始まるラブコメなど。