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第1話:運命は逆さに作用する

「我が息子ヴェイン。お前を我がギルド、龍脈旅団(ブラドヴセル)から追放する」


 その言葉にオレの心臓は、血液は、心は凍てついた。時が止まって動かなくなったようだった。


「どうしたんだその表情。まるで理由が分からないとでも言いたげだな?」


 理由が分からないわけじゃない。


 十年前に世界中で突如現れた、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮。

 目の前にいる偉丈夫は、それを攻略する探索者ギルドの中でも最強レベルと名高い龍脈旅団(ブラドヴセル)の団長なのだ。


 そんな彼の次男であるこのオレが、武術と全く関係のないハズレスキルである【反作用】を手に入れてしまったから。


 きっと、それが父さんの言う「理由」だ。

 

 オレが分からないのは、どうしてこんなにも「冷たいのか」だ。


 父さんも冷たかった。数分前に食べた夕食も、机を囲んで食べた家族の態度も空気も冷たかった。今まであんなに暖かく、優しくオレを育ててきてくれたのに……たった数時間前の正午に行われたスキルの儀から、家族、もといギルド上層部の態度は一変した。


「なら教えてやろう。愚かなお前にはこうでもしないと――」

「分かってます! オレが戦いの役に立たない、強くもなれないスキルを授かったから、ですよね」

「……ふん。貴様にも、その程度を考える力はあったようだな」


 大手ギルドの団長なら、冷酷なのも全くおかしくはない。事実、訓練のときは笑顔も手加減も一切ない本気の戦いをしてきた人だ。何回も怪我をしたし、痛い思いをした。

 だが、戦いに関係ない時はそれも鳴りを潜めていた。「少し厳しいところはあるが良い父親」というのが、オレの抱いていた感情だった。


「ならば分かるだろう、今や貴様に一切の価値はないと。理解できたなら今すぐに去れ。荷物をまとめる時間くらいはくれてやる」

「オレは、父さんに憧れていました! 強いところも、時々見せる父親としての顔も、格好良くて、目指すべき人だと思って――」

「力なき理想は虚しいだけだ。憧れたところで、届かなければ意味はない」


 理屈がダメなら感情で。そう思ったオレがバカだったようだ。熱意を持った説得の言葉を、冷たく切って捨てられてしまった。

 さすがに卑怯極まりない。だからといって勝てる相手じゃないわけで……くそっ。


「……分かりました」


 これは敗北宣言だ。いつも通りの降参の言葉。

 それを聞いた父さんは、ついには言葉も返さず「出ていけ」と言わんばかりに手で追い払う仕草をした。


 ――あぁ、結局一度も父さんに勝てなかったな。


 絶望と悔しさが混じった感情を抑え込みながら書斎を出ていく。


「ヴェイン! その……追放されるって、本当なの!?」

「そうだよ。だからオレはもう龍脈旅団(ブラドヴセル)とは関係ないんだ。今までありがとう、アルマ」


 廊下で話しかけてきたのは、オレの訓練によく付き合ってくれたギルドメンバーであるアルマ。年も近く、幼馴染のように思っている少女だ。

 肩口で切り揃えられた髪の色はスキルの影響で水色――いや、氷色とでもいうべき色に変化している。

 

 彼女は正義感も強く、きっと父さんの言った言葉を伝えてしまえば部屋に殴り込みをかけかねない。さすがにそれはまずいので、手早く別れを告げた方が互いの身の為だと思っての行動だ。


「……ギルマスに、酷いこと言われたんでしょ。スキルが、その……」

「ハズレスキル——俺だって分かってるさ」


 スキル【反作用】。何も知らなければ一見良さそうにも見えるが、しっかりとハズレスキルと呼ぶ理由がある。


 大抵、このような名詞のスキルは戦闘において役に立たないのだ。


 このスキルも検証したが、肌に触れたものがちょっと反発するだけだった。それに気づいた瞬間、俺が無能であることが決定したのである。

 

「私は差別とかしないよ! 皆が忌み嫌ったって、どんなヴェインだって私は——」

「いいんだ。もう夢は諦めて、適当に暮らしていくよ」


 アルマのスキルは【氷魔剣王】。

 属性と職業が一緒になっており、かつ王の名を冠しているそれは、世間では上級スキルと呼ばれるもので、世界の数%しかいないらしい。


 対して俺は属性も職業もない、言わばただの名詞。そんなやつを入れてくれるギルドなんてどこにもない。スキル持ちは希少な存在とはいえ、それが現実だ。

 幸い、文明の発達したこの現代日本には生きる手段は無数にある。きっとどうとでもなるはずだ。


「じゃあ、私もこのギルドを抜けてヴェインに着いていく!」

「……はぁ!? い、いきなり何を言い出すんだ!」


 俺が言うのもなんだが、ギルドというのは入っているだけで得がある。福利厚生もあるし、大手ギルドならば国からの支援を使って旅行だって行けてしまう。富裕層の代名詞みたいなもんだな。


 だからこそ、彼女の決断は全く理解できなかった。気の迷いとしか思えない発言、俺は困惑せざるを得ないのだ。


「だって、だって……! そんなんじゃあまりにもヴェインが可哀そうじゃない!」


 うっすらと涙を浮かべながら叫ぶアルマ。

 

 その声は、やけに響いたような気がした。多分、この廊下だけじゃなく俺の心にも響き渡ったのだろう。

 そしてその声が聞こえていたのは俺だけではなかった。


「ならばアルマよ。お前もヴェインとともに追放処分としよう。それが望みなのだろう?」


 いつの間にか近くに来ていた父さんが言う。

 その目には、失望の色が浮かんでいた。


「……えぇ。そうしてください。私はヴェインと共に生きていきます」

「ちょっとアルマ、それどういう意味で――」

「よろしい。期限は今日までだ。日付を超えてもここにいるのなら不法滞在で警察に突き出す」

「了解です。ほらヴェイン、行くよっ」


 

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