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一月 その七

-前回-

久司と会うために依頼主の妹の家に行った照と命だが、久司はすでに家を出たあとだった。従妹の架町から話を聞き、照と命はメディウに存在する集団、桜組の事務所へ向かうのであった。


 (てる)(みこと)はメディウの裏通りをひそひそと抜けて、桜組の事務所となっている建物へ向かった。


 裏通りには行き場を無くした動物や隠れて生きたい動物が住みついており、悪事を企む輩が(たむろ)する場にもなっている。道が複雑に入り組み、月明りも入り辛く暗い。


桜組はそんな裏通りの中でも辺鄙な場所にあり、普通の住民なら誰もこんなところに事務所があるとは思わないだろう。この街の構造や事情を知り尽くしている探偵の照だからこそ迷わず辿り着くことができた。


 桜組の事務所がある建物は二階建てで、一階は飲み屋の抜け殻となっている。誰かが不意にこの建物を訪れたとしても事務所だと分からないように、敢えて仕舞屋(しもたや)のままにしてあった。


 探偵と助手はその飲み屋の中を通り、二階へと続く階段がある戸の前に立った。


 照は戸を叩く。


 すぐに戸が軋んだ音を立てて開いた。出てきたのは一匹の老犬。


 「こんばんは。八葺(やぶき)さんはいますか?」照は尋ねた。


 老犬は照をひと目見ると戸を閉めた。数分待ったのち再び戸が開く。現れたのは明らかに特異だと分かる見た目をした動物だった。


 「お久しぶりです。八葺さん」照は(うやうや)しく挨拶した。命も頭を下げる。


 「おう。なんだ。冴夜(さよ)のとこの娘さんと命じゃねえか」八葺はガハハと笑った。「久しいな。元気にしてたか?」


 「はい。八葺さんもお変わりないですか?」探偵は笑顔で尋ねる。


 「あぁ。元気だぜ」


 「それは良かったです。()()()さんも?」


 「ピンピンしてるぜ」八葺はまた大口を開けて笑った。


 八葺といらかは元々別の国にいたのだが、身売りの(はぎ)の一派に攫われ、メディウの闇市で売買されていた特異混血である。


 八葺は熊種と犬種の特異。顔立ちは犬に近く、三角の耳に大きめの丸い目をしている。体毛は白で、熊のように大きく強靭な肉体に鋭い爪、短い尾。彼はその力強さから労働や武力として売りに出されていた。


 いらかは狐種と(いたち)種の特異。狐のような妖艶な顔立ちに大きな三角に耳、澄み切った川のように優雅に流れる黄金色の毛、鼬のようなしなやかで細長い体をしている。彼女はその見た目の美しさから観賞や愛頑として売られていた。


 因みに先ほどの老犬はこの建物の持ち主で、特異の子供がいる。飲み屋をやっていたが特異の子供が生まれたことでこの場を桜組の事務所として提供していた。


 「今日はどうしたよ?」八葺は小さな探偵に聞いた。


 「ちょっと探している子がいまして」照は長いヒゲを触った。「特異なんです」


 「ほぉ」面白そうに言う。


 「最近ここに若いオスの特異が来たでしょう?犬みたいな見た目の。久司(ひさし)くんといいます」


 「さぁな」八葺は素知らぬ顔で木の幹のように太い腕を組んだ。


 「隠しても私には分かるんですよ」照は爪で片耳をピンと弾く。


 「ったく。おっかねえお嬢さんだぜ」八葺は分厚い歯を見せてニッと笑った。「さすが冴夜の子だ」


 「うひひ」照は嬉しそうに笑う。


 「ちょっと待っとけ」八葺は一度姿を消すと、若いオスの首根っこを掴んで戻ってきた。「おらよ。ご注文の品だぜ」と猫二匹の前に突き出す。


 「なんですか八葺さん。やめてくださいよ。僕は誰にも会いませんって」若いオスはじたばたして八葺の手から逃れた。藍真(らんま)のような灰色の毛、うだつのような顔立ちをしている。


 「こんばんは。君が久司くんだね?」照は話しかける。


 「そうですけど…」久司は怪しげに照たちを見た。「誰ですか?」


 「私は探偵の照。こっちは助手の命」


 「あ!」久司の顔が歪む。「架町(かまち)ちゃんが言ってた…」


 「そうだよ。私たちは君のご両親に頼まれて来たんだ」


 「どうしてここが…」と困惑する。「架町ちゃんが?いや、彼女はここを知らないはず…」


 「私は通暁(つうぎょう)なんだよ。知見が広いとも言う」探偵は自慢げに言った。


 八葺が密かに笑う。


 「なんですか?何をするつもりなんです?」久司は八葺を見上げたあと猫たちに言った。


 「君のご両親は君のことを探していたよ。どうして家出なんかしたんだい?」


 「それは…」久司は小さく震え始めた。「あなた方には関係ないでしょ」


 「あるよ。私たちは君のご両親に依頼されたんだ。ちゃんと結果を報告しないと」


 久司はプイっとそっぽを向く。「僕がそうしたかったから。それだけです。何か問題でも?」


 「なぜ何も言わずに?」


 「別にいいでしょ」


 照は長い尾をくゆらせた。「ちゃんと説明もできないお子さまなのかい君は?」


 若い特異はムッとなって照を見た。「もう…。もう嫌なんです!全部!」拳を握って叫ぶ。


 急な大声に照はビクッとなった。


 探偵の後ろに控えていた命は一歩前へ出ようとする。


 照はそれを止めた。「なにが嫌なんだい?」と久司に尋ねる。


 「全部だよ!特異として生まれたせいで何も上手くいきやしない!毎日毎日、来る日も来る日も特異でいなきゃいけない気持ちがあなたに分かりますか!?ただ生きているだけなのに差別されるなんておかしいだろ!僕は別に、そう望んで生まれたわけでもないのに!」


 「君の言いたいことはわか、」


 「生んでくれとも頼んでないぞ!」久司は照の言葉を聞いていなかった。「父さんと母さんが一番それをよく分かってるはずだ!僕が生まれるなんて思ってもみなかったんだからな!」


 「なんてことを言うんだ」照は鼻の上にシワを作った。「君は自分の(いのち)をバカにするだけでなく、ご両親のことも否定するのか」


 「当たり前でしょ!誰も僕の気持ちなんて分かりっこないんだ!純血の猫に生まれたあなたに何がわかるんですか!特異の辛さなんてこれっぽっちも知らないくせに!」


 「分かるわけないだろ」黒猫は冷たく言い放った。


「なにを当たり前のことを。自分に生まれたからには誰も自分以外にはなれないんだ。私だって私にしかなれない。


そりゃ、この世の全ての動物が相手の辛さを理解できたら苦労はしないだろうね。争いだって起こらないし、みんな幸せになるはずだ。君だって家出しなかった」


 「くっ…」久司は歯を食いしばる。


 「君が特異として辛いという気持ちと、何も言わずに出て行くことは別じゃないか?君が素直に話していればご両親は桜組に入ることも反対しなかったはずだ。君のことを大切に想っているんだから」


 「そういうのがうんざりだって言ってるんだよ!」久司は唾を吐くように言った。


「大切に想ってる?僕の気持ちを分かってないのに?肝心なことは何ひとつ分かっちゃいない。いつもいつも僕を腫れ物のように扱って、僕の機嫌ばかり伺って、コソコソと僕を隠すように生活して…。


僕は…。僕は母さんと親子だって周りに言えないんだぞ!それなのに、こんな身体に生んでおいて、大事だの宝物だの奇跡だのなんて…。おかしいだろ!生活だって決して裕福とはいえないし、」


 「肝心なことを分かってないのは君だろ」照は久司を軽蔑するように見た。「何でもかんでも誰かのせいにすれば逃げられると思ってるのか?」


 「それだけじゃない!」久司はムキになった。「この体のせいで僕は子供を残せないんだぞ!特異は絶対に子供ができないんだ!」


 「それでも架町ちゃんと結婚の約束をしたんだろう?」


 「そうだ。架町ちゃんのことは好きだ。彼女は僕に寄り添ってくれる。純粋に僕を好きでいてくれる。子供なんていらないって言ってくれたけど、きっと欲しいはずだ。それなのに僕のせいでできない。それが悔しくて、申し訳なくて…。


それもこれも僕を生んだ父さんと母さんのせいだ!父さんと母さんは奇跡的に子供を持てたけど、僕にはそんな望みすら持てない!」


 「だからといってご両親を傷つけていいわけじゃないだろう」


 「いいに決まってる!僕みたいな特異を生んだんだ。そのくらい傷ついて当たり前だ!」久司はがなった。


「とにかく僕は帰りません!特異のためにここで働くんです!もう両親に会うこともありませんから、二度と探さないよう伝えてください!」


 久司は言い切ると階段を駆け足で昇って行った。


 「なんて奴だ」照は三角の耳を倒して怒りを見せる。「あれが真面目で優等生?」と命を見上げた。


 命は分かりませんと首を振る。


 「若さゆえってやつよ」八葺は肩を震わせながら笑った。「あ~ぁ。笑いを堪えるのに必死だったぜ」


 「笑い事じゃありませんよ八葺さん」照は大きな特異を見上げた。


 「すまねえな」八葺は鼻を鳴らす。「ま、あいつはきっと誰にも甘えられずにいい子ちゃんを演じてきたんだろ。特異のせいで世渡り上手にならないといけねえと思ってんだ。気持は分かるが、まだまだ小童だな」プッと笑う。


 「彼はどうやってここに?」照はしなやかで細い腕を組んだ。


 「んあ?あぁ。あいつ、街中で突然オレに話しかけてきやがったんだ。一年くらい前のことだよ。俺は目立つから街中になんて滅多に出ないんだが、ちょいと用があってな。表通りを歩いてたら久司のやつが『もしかして特異の方ですか?』だとよ。


あいつは配達の仕事をしながら同じ特異を探してたらしい。オレはひと目見てあいつが特異だと気付いたぜ。同じ者同士、分かる部分があんのよ。


特異は特異に優しく。それがオレ達の掟だからな。桜組のことを話してやったわけよ。そしたら『僕も桜組に入れてください!』とか言い出した。お前はまだ若いからやめておけって止めたんだが聞かなくてよ。


その時はそれで別れたんだが、どうやら後を付けられてたみたいでな。この事務所の場所がバレちまった。こんな入り組んだ場所よく覚えたもんだぜ。


それからあいつは度々この事務所に来るようになってよ。毎度断ってたが、五日くらい前にとうとう家出してきたとか抜かしやがった。


もちろんオレは帰れって言ったぜ?でも久司のやつ、一旦はどこかへ消えたんだが、今朝また来やがった。こうなったらこっちの根負けよ。折れて事務所に入れてやったってわけ。でもまさか照が来るとは思ってなかったぜ」


 「私もまさか桜組に行くことになるとは思っていませんでしたよ」照は苦笑いした。「今日のところはこれでお暇します。お騒がせしました。久司くんのこと、よろしくお願いしますね」


 「おうよ。任せておけ」八葺はガハハと笑った。




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