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一月 その五

-前回-

いなくなった特異混血の久司を探すべく、探偵の照と助手の命は久司の叔母である彩里とその娘の架町に話を聞いた。その後、照はひっそりと彩里の家の裏に潜み、一夜を過ごした。


  (てる)が事務所へ帰ったのは翌日の朝だった。


 「姐さん!やっとお戻りで!」(みこと)は大いに安堵した。


 「遅くなってすまないね」照は小さな牙を見せながら大欠伸(あくび)


 「どちらへ行かれていたんですか?」命も欠伸が出そうになった。


 「彩里(いろり)家だよ。久司(ひさし)くんを見つけたかもしれない」


 「えぇ!本当ですか?」魂消(たまげ)る助手。


 「あぁ」探偵は耳を掻いた。「昨日、彩里家へ行ったとき足音がひとつ多いことに気付いたんだ」


 「足音ですか」


 「あの家は四匹家族だろう?重い足音がひとつと軽い足音が二つ聞こえた。これは夫の畳木(たたき)さん、妻の彩里さん、娘の架町(かまち)ちゃんのもの。息子の葉風(はふ)くんは寝ていたから足音はない。それなのにあの家からはもうひとつ足音が聞こえた」


 「それが久司くんのものだと?」


 「たぶんね。上のほうから聞こえたから、あれは恐らく屋根裏だな」


 「屋根裏に」命は思わず上を見た。「それで?」


 「夜通しあの家の裏に潜んで耳を澄ませていたよ。そうしたらみんなが寝静まった夜中にボソボソと話す声が聞こえてきたんだ。かなりの小声で、短い言葉で、とても気を付けて話していた。あの声は久司くんだろう」

 

 「だから藍真さんに久司くんがどんな声か尋ねていたんですね」助手は合点がいった。


 「若くて少し高めのオスの声だった。架町ちゃんと話していたよ」


 「架町さんと?」命は驚く。「ちょっと待ってください。ということは、あの一家は久司くんの居場所を知っていたということですか?彼の家出に協力していたと?」


 「いいや。架町ちゃんだけが協力していたんだ」照は再び欠伸をしたあと説明した。


「うだつさんから今回の依頼を受けたとき、誘拐の線はないだろうと考えた。どう見ても彼らには(もん)がないし、萩の一派は動いていない。久司くんが特異だということを隠しているなら彼らの周りにいる動物も彼を(かどわ)かす理由がない。


しかし万が一を考えてみた。もし誘拐だったらなんのために攫ったのか。それはもちろん希少性のためだろう。特異というならそれだけで文になる。では誰が?それは彼が特異だと知っている者になる」


 「そうですね」助手は頷いた。


 「久司くんが特異だと知っている動物は限られてくる。まず塾の先生を疑ったが、この先生はふすまくんと一緒に久司くんが塾から出るところを見ている。恐らくそのあとはふすまくんと話をしていただろうから攫うことはできない。協力者がいる可能性もあったけどね。それは後に置いておいて、」


照は凝り固まった手足を伸ばしてから話を続けた。


「次に、久司くんが家出したと仮定してみた。一体どこへ行ったのか。誰を頼るのか。こういう場合、成獣よりも(よわい)の近い子を頼るんじゃないかと考えた。


お友達のふすまくん?いや、彼は何も知らない様子だった。久司くんだけでなく自分の悪口の心配もしていたからね。友達を匿っていたらそこまで考える余裕はないと思う。


ならばあとは従妹の架町ちゃんしかいない。他に友達や親しい動物はいないとふすまくんが言っていたからね。それで彼女の家へ行ったら足音が気になったというわけだ」


 「なるほど…」命は感嘆した。


 「初めは別の誰かの足音かと思ったが、あの母娘と話しているとき違和感を覚えたんだ」


 「違和感ですか?」


 「あぁ。私が架町ちゃんに『久司くんがいなくなってどう思った?』と尋ねただろう?彼女は『本当に大丈夫なのかな?』と答えた。


あの言い回しは直近で久司くんと会ったことを示している。久司くんが家出したことを知っていて、なおかつその後も会っている。だから心配して『本当に大丈夫なのかな』と言ってしまったんだ」


 「確かに…。俺なら『とても心配しました』や『不安で悲しくなりました』と答えますね」


 「だろう?知らなかったらそのように答えるはずだ。おどおどしながら話している印象を彼女から受けたし、それに何より母親の彩里さんがじっと娘の事を見つめていたんだ」


 「……親が子を見つめるのは自然なことでは?」命は首をひねった。照の両親もよく娘のことを見つめていた。


 「話し手を見つめるのは不思議なことではないよ。むしろ大抵はそうする。でもあのときの彩里さんは娘のことを見つめてはいたけど、聴力に集中している様子だった」


 「聴力に?」


 「そう。無意識に相手の声色を判断していたんだ。彩里さん自身もそんなつもりはなかっただろう。だからこの母親は娘の様子が変だと気付いているんじゃないかと考えたんだ」


 「では帰りに彩里さんだけ呼び出したのはそれを確認するためですか?」


 「その通り。君と別れて彩里さんを送ったときも彼女と話したよ」照は彩里と話した内容を助手に伝えた。


 「そんな話をなさっていたんですね」助手は再び驚く。


 「あの姉妹はお淑やかで上品な方々だ。お家柄もいいんじゃないかと予測した。それで今の藍真(らんま)さんの状況を(かんが)みて、姉妹やその両親との間にも何か問題がありそうだなと思ったわけだ」


 「それが今回の家出に関係あるのですか?」命は疑問を(てい)す。


 「どんな小さな情報にも価値はある」長いヒゲを撫でる。「些細なことがきっかけで大きな事件が起こった例は沢山あるからね。どんなに小さくとも侮れないんだよ。久司くんも色々と思うところがあったんだろう」


 命は理解してコクコクと頷いた。「では彩里さんと畳木さんは知らなかったんですね?」


 「あぁ。まさか自分の家に甥っ子が潜んでいるだなんて思ってもいないはずだ」照は三度目の大欠伸をした。


「もう眠たくて仕方ない。毛づくろいをしたら寝るよ。夜になったら依頼者夫婦を連れて彩里家へ行こう。どうせ君も私を待ってろくに寝ていないだろうから、しっかり寝てくれたまへ」


 「あ、はい」探偵に見抜かれて命は少々恥ずかしくなった。


 

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