十二月 その二
-前回-
猫又からの依頼を完遂し、それを報告するために白組の事務所へ行った命。そこで猫又から衝撃的な発言を聞く。
命は言葉を失った。何度その名を耳にしたことか。照の祖先として、猫の国を統べた最初の者としてその名を知っていても、どこか夢物語の中の猫だと思うほど遠い存在だった。その猫がいま目の前にいる。
「可惜夜…さま…?」
「あぁ」猫又は応えた。
「そんな…」命は混乱を極めた。「ご冗談ですよね?今までのお話は全て嘘ですよね?」
「いいや。実際に起こっていることだ。吾輩は全てをハッキリと覚えておる。お頭だったときの記憶がここにな」狭い額を指す。
「お待ちください。猫又さまは以前、生まれ変わりなど御伽噺だと仰ったじゃないですか」猫又の言っていることがあまりにも奇想天外すぎて質の悪い与太話だと言ってくれた方が気が楽だった。
「あの時はまだ時期尚早だと思ってな。いきなり真実を話すわけにはいかなかったのだ。それに、真実からできた噂や御伽噺だってあるだろうに」
「なぜ…。なぜ…?」命は困惑し、言葉を探せなかった。
「なぜこのような話をするのか?」猫又は見抜いた。
「可惜夜としてその命を落す瞬間、吾輩は強い心残りを抱いておった。
この国は弱い。まだやれることが沢山ある。他のどの国にも屈せぬ強い国へと成長するための余地がまだあると後悔しながら、吾輩はその限りある尊い命を終えたのだ。
そして猫又として生まれ変わった。可惜夜の意思を引き継ぎ、可惜夜では成し遂げられなかったことを果たすために吾輩はここメディウの地に誕生したのだ」
「その…。それは…」命は猫又が言っていることを一旦飲み込んでしまったほうがいいと考えた。
「どうして…。メディウに?猫の国に行けばよろしいのでは…?」と何も考えずに質問した。
「生まれた場所は選べない。吾輩とてそれはみなと同じ。だが先ほども言ったように、その場その時に生まれた意味がある。吾輩はその意味を知ったのだ。白組のお頭となり、この国を街として成長させ、猫の国と交流を持たせるためだとな」
「猫の国と交流?」
「そう。たった今それに必要な準備がひとつ進行したところだ。お主のおかげでな」猫又は同柄に頷きかけた。
「今…?俺が…?」ハッとなる。「桜組のことですか?」
「左様。メディウは光と異種の街。いずれ時が経てば光の石は尽きるだろう。しかしその頃にはメディウは吾輩が理想とする立派な国になっているはずだ。素晴らしき異種の国へと」
「それでここが栄えると?」
「多種が集まれば互いの弱点を補い合える。さらに特異や混血にはその希少価値だけでなく秀でた能力を持つ者も多い。そんな者たちが身内にいれば心強いと思わんか?」
「つまり…。猫の国を強くするためにメディウの住民を使うというのですか?」命の腹の中に沸々と怒りが湧いてきた。
「そのような言い方は気に食わんな。互いに悪い話ではないということだ。猫の国にもメディウにも利点が生まれる。適材適所。賢いやり方で国を強くするだけよ」猫又は部屋の中を見回した。
「メディウはこれからも様々な動物を受け入れる。そして猫の国の手を借りてさらに強くなるのだ。案ずるな。お主は今までと変わらず生きていけるゆえ」
「俺は自分の心配などしていません!」命は声を荒げた。
「メディウに住む動物はあなたの下僕ではありません。メディウは自由な街です!今までつらい思いをしてきた動物がなんの柵もなく生きていける街。それがメディウなのです!それを妨げるならそれはもはやメディウではありません。住民を操るだなんておかしいです!」
「拙速に過ぎるな」猫又は呆れた。「自由でいるには掟や則りが必要。でないと殺し合う無法地帯となってしまうからな。現状メディウはそうなりつつある。様々な動物が増え、治安が悪くなり、犯罪が増えているのだ」
猫又は尾を一度大きく振った。
「では多種になればもっと問題が増えるのでは?
否。吾輩がいまそれを正そうとしているのだ。統率の取れた安全な街にするためには立派で強い頭株がいる。だから吾輩がお頭となったのだ。
なにも悪事を働こうと思っているわけではない。掟や則りを厳しく作ったうえで、メディウを誰でも生きやすい自由の国にすると言っているのだ。お前が考えていることと根本は変わらん」
「分かりません。俺にはそのような難しい話、」
「ならば学ぶことだな」独特な声を鋭い刀にして振り下ろす。
「学べ。知れ。考えて解せよ。お前のような平凡な住民でも世の中の仕組みをよく理解しておかねばならんぞ。
何も知らずに文句だけ垂れていて世界が変わるとでも?現実を見ろ命。お前は既に吾輩に賛同し、吾輩に札を入れた。そして吾輩に手を貸したのだ。これが何を意味しているか分かるか?」
「そんなこと…!」命は反発した。「いいえ!このような話を聞いたあとで賛同などできません!」
「もう後の祭りよ」
「違う!」大声で吠える。
「落ち着け。自我を無くすと碌なことがないぞ」猫又は不気味に微笑んだ。
「こんなこと、許されるはずがない…」命は独り言のように呟いた。
「お前に許されんでも事は進んでいくのだ。なにを言おうと選挙は終わった。吾輩がメディウのお頭となった。結果は変わらん。もう前に進むしかないのよ」
「そんな…。そんな…」命は後ずさる。後ろに立っていた側近の大柄の犬とぶつかった。
「話を戻そうか」猫又は何事もなかったかのようにヒゲを撫でた。「妹のことだ」
「それが、俺と…」怒りと悲しみで話せなかった。
「なんの関係があるのか」猫又は再び見抜いた。「知っておろう。妹の月夜美には先読みの力があった。先見の明という未来を見る力だ。メディウを吾輩の理想の国とするためには妹の力が必要なのだ。その力をお前は持っているだろう?」
「は?」拍子抜けて命の頭は真っ白になった。「なにを言ってるんですか。俺にはそんな能力…」
「吾輩には分かるのよ」
「なぜ!?俺には関係ありません!」猫又と何かしらの繋がりがあるなど認めたくなかった。
猫又はふぇふぇと笑ったあと、命をじっと見た。「吾輩は視えるからな」
「みえる…?」
「吾輩が猫の国初代お頭になれたのは妹の力もあったが、なによりこの眼があったからだ」猫又は目を大きく見開いた。
そこにはこの世の色とは思えないほどの深い緑色をした目がふたつ、爛々と輝いて命を見据えていた。
「お前が何を考えているのか分かる」
命はその眼に囚われ、動くことも考えることも、息をすることすらできなくなった。
「吾輩に嘘は通じん」眼をゆっくりと閉じる。
荒く呼吸を取り戻して命は猫又から目を逸らした。
「妹と同じ力をお前から感じるのだ。吾輩はこの眼を前世から受け継ぐことができた。なればお前も先読みの力を受け継いでいるのだろう。吾輩と同柄で、妹と同じ力がある。お前は月夜美だな?」
「違います!俺にそんな力はありません!」がぶりを振る。
「気付いていないだけだ」
「違います!絶対に!!」
またあの奇妙な笑い声が聞こえた。「まぁよい。吾輩の元におればいずれその時が来るだろう」
「お断りします」命はキッパリと断った。「例え俺にそのような力があったとしても、もう二度とあなたに協力しません」
「ほぅ…」低く唸る声。「照を探してほしくないのか?」
「結構です!自分で探しますから!」
「それで見つかるのか?もう一年以上探しているというのに」
命は的を射られグッと拳を握った。自分一匹で探すのには限界がある。それはこの一年で痛感していた。猫又の力があれば照は見つかるかもしれない。
それに加えて猫の国や誘夜が手を貸してくれればさらに可能性は高くなるはずだ。自分が今ここで拒否をすれば、照は永遠に見つからないかもしれない。探す機会が無くなるかもしれない。
命の脳に暮夜の姿が浮かんだ。親父もこんな気持ちを味わったのか。
「ふむ…。お前は吾輩と誘夜が密会していた理由を勘違いしておるな」猫又は命の思考を読んだ。
「え?」命は思わず猫又を見てしまった。彼の眼は閉じられ、どこか別の場所を向いている。
「吾輩が可惜夜の生まれ変わりであることは先代の終夜も知っておった。もちろん誘夜もな。ひとつ、小閑として面白い話をしてやろう」猫又は椅子にどっかりと座った。
「吾輩と猫の国のお頭が不仲だという噂を流したのは吾輩だ。仲良しこよしだとメディウのお頭になるのに不利に働くと思ってな。
まぁ、誘夜に不満があるのは確かだ。あやつは猫の国の掟を破りおった。この吾輩が作った掟を」
「掟を破る…」
「そうだ。己の子を若頭の座に収めておくことができなかった。いま必死にそれを取り戻そうとしておるがな」ふぇふぇ。
「だから誘夜さまは親父に…」猫の国の掟を作った可惜夜が目の前に存在しているとなると誘夜も恥はかけない。
「あやつが本当に望んでいるのは暮夜ではない」
「え?」
「あやつはな、暮夜を若頭の座に座らせれば自然と冴夜が出てくると考えておるのだ。
弟を見つけられるかもしれないと餌をチラつかせ、暮夜をその手に収めたあと、兄を救うために顔を出した冴夜に今度は兄のほうを餌にして交渉するつもりだ。兄を救いたければお前が若頭になれと。
例え冴夜が出てこぬとも誘夜は第一子を若頭の座に就けることができるのだから、最大の恥はかかずに済むというわけだ。
なかなかに小賢しいことをするよの。お頭としては良い頭脳だ」猫又は子孫を褒めた。
「そんなことを親父と旦那が許すとでも?」命は毛を逆立てた。
「暮夜はこの誘いに乗るだろう。あやつはそういう奴だ」
「いいえ。間違っています」強く断言する。
「なに?」猫又は薄目を開けて命を見た。「…なんだと?」
「えぇ。親父は若頭にはなりません」命は父親を誇りに思った。「そう決めたのです」
猫又は命の頭の中を漁るようにじっと見つめたあと、不吉に笑った。「...よいよい。なにも餌はあの二匹だけではないからの」
「え…?」命はその言葉の意味を考えた。そして答えが見つかると激しい稲妻がその大きな体を貫いた。稲妻は命の血液に着火し、めらめらと燃え盛る怒りの炎となって全身に駆け巡る。
若く大きな体をした三毛猫は我を忘れ、身を低くすると牙を剥き出しながら猫又の喉めがけ飛びかかった。
命のすぐ後ろにいた大柄の犬が素早く動き、命の背にその重さをぶつける。周りにいた犬猫の側近たちも命の手足を取り押さえた。
命は床にべちゃりと潰されながらもなお足搔いた。側近たちの爪や牙から抜け出そうと体を捩り、燃え滾る殺意を猫又に向ける。
「姐さんをどこへやったのですか!?」大声で吠える。「姐さんまで!?」
「落ち着きなされ」猫又は優雅に椅子から立ち上がると騒動の近くに寄った。「話は最後まで聞け」
「姐さんを探すと言っておきながら!本当はどこにいるか知っているのですね!?姐さんはどこです!?無事なのですか!?返してください!!」
「お前ならどうするのが一番賢い方法なのか分かるだろう」猫又は薄目を開け、冷たい深緑色の眼を同柄に向けた。
「なにをっ…!」命はハタと悟った。照を返してもらうには猫又に従わなければいけないのだと。今ここで猫又や側近たちと争っても照は帰って来ない。何も変わらない。
「そんな…」荒ぶっていた猫は脱力した。「俺は…。俺はなんてバカなことを…」
「よろしい」猫又は命の思考を読んだ。「離してやれ」と側近に指示する。
側近たちは命から離れた。
命は床に蹲ながら拳を握る。「どうして…。どうして俺は…」爪が肉球に刺さる。「こんな愚図が、こんな間抜けがあるか…」
「己の未熟さを恥じてこそ成長よ」猫又は満足そうに言う。「理解が早くて助かる」
「姐さん…。申し訳ありません姐さん…。俺はまた、お守りできずに…。申し訳ありません…」積もりに積もった後悔と悔しさ、そして己への不甲斐なさが命の心身を蝕む。淡い黄緑色の目からポロポロと涙が零れた。
「誰だ!」側近の一匹が突然叫んだ。
猫又はその側近を見る。「何事だ?」
「いま何者かが窓の外に!」側近は猫又が座っていた椅子の後ろにある窓を指した。先ほどまでは閉まっていたはずの窓がなぜか開いている。
「調べよ」猫又は窓を見ると側近に命令した。
「はい」
側近が窓に近づく。鼻をしきりに使いながらゆっくりと開いている窓に手をかけた。その時、小さな黒い石ころのようなものが二つ、窓の外から部屋の中へ入ってきた。命以外の全員がその石ころから距離を取り、凝視する。
「なんだこれ?」
石ころに一番近い側近がその匂いを嗅ごうとした瞬間、石ころはバチンと大きな音を立てて二つとも破裂した。途端に真っ黒い煙が立ち込め、部屋の中を濃霧に染める。強い炭の匂いが鼻を突いた。
「なんだ!?」
「どうなってる!」
「猫又さまを守れ!」
「何も見えない!目が痛い!!」
「鼻が!!」
「来い!こっちだ!」慌てふためく喧しい声が響く中、何者かが命の手を引っ張った。
命は煙で目が開けられなかったがその声に従った。手を引かれるまま濃霧の中を突き進み、開け放たれた窓から外へ飛び降りる。無意識に足を使ってひらりと地面に着地した。
ひと息つく間もなくまた何者かが命の手を引っ張り走り出す。
命は沁みる目をこじ開け、涙で歪む視界の中で己の手を引く者を確認した。その者は黒い頭巾と外套をすっぽりと纏っている。
二匹はしばらくがむしゃらに走ったあと、どこかの路地裏へ飛び込んだ。さらに走り続け裏通りを奥へと進んでいく。そして不意に足を止めた。
命は息を切らせながらその場にへたばる。「俺は…。一体…。どうして…」悲しみと混乱が綯交ぜとなり、譫言のように言う。
「顔を上げろ命。まだ終わってないぞ」
命はハッとなって顔を上げた。涙で滲む目を瞬かせ、救済者を見る。そこにいたのは暈陰雲の娘、天だった。
続




