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十二月 その一

-前回-

猫又からの依頼で桜組の事務所へ行くことになった命。桜組では久司やいらか、八葺と話し合い、無事に命は猫又の依頼を終えたのであった。


  命は暮夜ぼやの道場へ行って無事に帰ってきたと報告するとそのまま猫又の元へ行った。広場の側にある建物には運よく猫又が在中していたため、桜組の返答を伝える。


 「良き働きだった。命殿。ご苦労」猫又はいつもの椅子に座っていた。だが椅子の背は窓のほうを向いている。今日は犬猫の側近が複数いた。


 「言ったであろう。お主にはやり遂げる実力があると。お主のおかげで吾輩の理想に一歩近づいた。礼を言う」


 「恐縮です」猫又の前に立つ命は床を見つめた。これで良かったのだろうかと今さら迷いが生じる。

 

 老猫はうんうんと頷いた。「きっと照殿もこの調子で見つかるだろう」


 「はい…。そうだといいのですが…」命は猫又の言い方に疑心を抱いた。どこか他所事のように聞こえる。本当に照を見つけてくれるのだろうか?いつ?どうやって?「他に何か御用はありますか?」


 「いや。ない」ヒゲを撫でる。


 「では俺はこれで…」命は帰ろうとした。


 「まぁ、待て」


 猫又を見る。「何か?」


 「あぁ。今お主の所に客が来ておるようだの」独特の声を低くさせて言った。


 「よくご存じで」暈陰雲一家が事務所に来ていることを命は猫又に一言も告げていなかった。


 「吾輩はなんでも知っておる」ふぇふぇと個性的に笑いながら丸いお腹を揺らす。桜組の事務所の場所も彼にはお見通しだった。


 なぜ知っているのかと尋ねようとしたが、なんだか嫌な予感がして命は言葉を飲み込んだ。


 「聞くところによると、客の中に血迷い症の者がいるとか」猫又は微笑んだ顔で聞く。


 「はい。そうです」


 「どのような症状が出ておるのだ?」


 「俺が見た限りでは怯えていることが多いかと」


 「そうか」満足そうに頷く。


 「あの…。なぜそのようなことを?」疑心と不快さが募り、命は思わず尋ねた。


 「いやなに、興味があるだけよ」とぼける様に言う。


 「血迷い症について何かご存知なのですか?」なんでも知っている猫又なら血迷い症のことや医者の所在など、何か情報を知っているかもしれないと思い、命は暈陰雲夫婦のために質問した。


 「まぁな」老猫は得意気な表情を見せる。


 「よろしければ教えていただけませんか?」低頭で頼む。


 猫又はしばらく無言になった。話すかどうか迷っているようだ。


 「…猫又さま?もしかして悪いことなのですか?」命は不安になった。


 「いいや」首を振る。「いや、悪いことでもあるかの」


 「え?どういうことでしょう?」


 「あれはなぁ」お腹をポリポリ。「治療や薬でどうにかなるものではないのよ。脳や神経の病ではないからな」


 「身体の病ではないと?ではどこが悪いのです?」


 「どこかが悪いわけではない」


 命は混乱した。「では…。自然に治るのを待つしかないのですか?」


 「その言い方はちと違うな。自然に治るのではなく、忘れるか、理解することで治るのだ」お頭はヒゲ袋を膨らませた。


 「忘れる?理解?どういうことですか?」何がなんだかわからず命は首を傾げるのみだった。


 「血迷い症というのは、」猫又は薄目を開ける。「記憶の混濁を起こしている状態のことだ」


 「記憶の混濁…?」


 「混濁というのは色んなものが混ざるという意味だ。他者の記憶が頭の中に割り込んでくるから混乱する。


行ったことのない場所。話したことのない言葉。会ったことのない動物の顔。そうした誰かの記憶が頭の中に浮かぶ。幻聴が聞こえたり、幻覚のように目の前に現れたりするのもそう」


 命は御伽噺おとぎばなしを聞いている気分になった。「仰っている意味がよく…?他者の記憶が頭に?」


 「より正確に言えば他者ではなく前世だな」


 「前世?前世というのは…。この前のお話にあった生まれ変わりのことですか?」


 「左様」猫又は足をポンと叩いた。


「前世とは己が生まれる前に生きていた己のこと。猫が九回生まれ変わるという話はしたな。血迷い症が猫種に多いのは、九回も生まれ変わっているからだ。九回の内のどれか一つ、または複数の記憶が今世の己の頭に割り込んでくる」


 なんとか話しに付いて行こうと命は懸命に耳を張った。


 「血迷い症になるのは幼子のみ。生まれたばかりの幼子は現実と記憶の区別がつかぬゆえ、その割り込んでくる記憶のせいで暴れたり叫んだり、血迷ったように意味の分らぬ言動を取ってしまうのだ。


その者はただ混乱しているだけなのに、血迷い症などと名付けられて虐げられる。不思議よの。まぁ、何も知らぬものが見ればそう思うのも無理ないが」


 「信じられません…。どうしてそんな…」現実味が薄く、言葉にするのが難しかった。「本当にあり得るのですか?その…」


 「証拠はあるのか?と聞きたいのだろう」猫又は命の言いたい事を汲んだ。「あるぞ」と断言する。


 「え…」


 「お主の目の前にな」


 命は瞬きをした。目の前にはこの街のお頭がいる。


 「吾輩がそうだ」


 「猫又さまが…?血迷い症だったのですか?」


 「左様。吾輩はとある猫の記憶を持っている。今の今もな」


 「記憶を、お持ちで?しかし…。俺の親父はそんなこと…」と混乱する。


 「先ほども言ったが、血迷い症を完治させるには前世の記憶を忘れるか、記憶が前世のものだと理解するしかない。血迷い症になった幼子が長生きしないのは記憶のせいで体や心を病むからだ。


しかし運よく完治した者のほとんどは成長するにつれて記憶を忘れる。だから成猫になれたのだ。お主の父親のようにな」


 「では猫又さまは…」


 「吾輩は理解し受け入れたことでこのよわいまで生きることができておる。理解する例は稀だ」お頭は自信たっぷりに言った。「この世に生きている者はみな、誰かの生まれ変わりだと以前にも申したな?」


 「はい…」


 「これは吾輩の試験なのだが、」猫又はどこか遠くを見た。


「みな生まれた瞬間に前世の記憶を忘れるのではないかと考えておる。この世という空気に触れた瞬間にな。そして何かの能力を携えた自分となって今世を生きておる。それが魂のことわりというものなのだろう」


 「魂のことわり…?」


 「だが猫種にはそのことわりが効き辛い。なぜだと思う?」揶揄うように同柄に問いかける。


 「さ、さぁ…?」命は再び混乱の渦に巻き込まれた。


 ふぇふぇ。「実は吾輩にも分からん。思いつく理由としては、何か目的があるからだろう。大切な者に会いたい、夢を叶えたい、不老不死になりたい、そうした思いが強く残っているから生まれ変わっても前世の記憶があるのではないだろうか」


 「は、はい…」


 「まぁ、色々と言ったが要はどのような理由であれ、どのような動物であれ、その場その時に生まれた意味が必ずあるのよ。何か特別な意味が。吾輩はそれを重視しておる」


 「特別な意味…」命は己に問いかけた。自分が生まれた意味は何なのだろうか?三毛猫のオスとして生まれ、ここまで生きてきたことに何の意味があるのだろうか?


 「お主は親に売られたそうだな」猫又はなんの気なしに聞いた。


 「えぇ…。そうです」なぜそんなことまで知っているのだろう?


 「もし売られていなければ、探偵の助手になる事もなかっただろう?」ヒゲを撫でる。


 「確かに、そうですね…」


 「照殿が生まれていなければ、お主が助手になる事もなかった。不思議だのぉ。それが縁というやつだ。めぐり逢って結びついておる」猫又は椅子からゆっくりと立ち上がった。


 「縁…」と呟く。


 「同じ三毛猫のオス同士、吾輩とお主が出会ったのも何かの縁。どうだ?お主の存在にもちゃんと意味があるだろう?」猫又は長い尾の先をゆらゆらと遊ばせた。


「その上、出会ったこと自体にも意味があるのだ。お主も吾輩も誰かの生まれ変わり、なれば前世で吾輩たちは出会っていたのではないか?だから今世、同じ三毛のオスとして生まれた。出会うべくして出会うように」


 「俺が誰かの?」命は奇妙な気分になった。「猫又さまと前世で…?」


 「うむ」深く頷く。「吾輩はな、とある猫を探しておるのだ。前世で繋がりのあった猫。それがお主ではないかと踏んでおる」


 「え?」面食らった。「そんな…。俺にはなんの記憶も覚えもありません」


 「そりゃ生まれたときに忘れておるからな」お腹を揺らして愉快に笑う。


 「しかし、俺がその、猫又さまが探している猫という証拠はありませんよ。俺はなんにも覚えていませんから」期待しないでくれと額にシワを作った。


 「その通り。なんの証拠もない。これはただの、吾輩の願望と憶測ゆえ」猫又は納得がいかないという風にため息をついた。


 「あの…。猫又さまは一体どのような記憶をお持ちなのですか?」命は興味が湧いて聞いてみた。「捜している猫とはどなたですか?」


 猫又は短い手を後ろへ回す。「捜しているのは、吾輩の妹だ」独特な声に深い想いが混ざる。


 「妹さん?」


 「そう。名を月夜美つくよみという」


 命は自分の耳を疑った。「つく…よみ…?」


 「吾輩は月夜美の生まれ変わりを探している。お主は妹の生まれ変わりではないか?この名を聞いても何も思い出さんか?」猫又は薄目を開けてじっと命を見つめた。


 「月夜美…。月夜美というと、まさか、じゃあ…。猫又さまは…」命の呼吸は浅くなった。


 「吾輩は猫の国初代お頭、可惜夜あたらよの生まれ変わりだ」猫又は低く唸るようにその名を述べた。



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