十一月 その五
-前回-
暈陰雲一家と共に暮夜の道場へ行った命。暮夜と探偵事務所をどうするのか話し合った後、桜組の事務所へ向かうのだった。
命は道場での仕事を終えると暈陰雲一家を事務所へ送ってから桜組の事務所へ向かった。
「おぅ。命じゃねえか」事務所の戸を叩くと熊のような大きな体をした八葺が出てきてガハハと笑った。「どうした?」
「八葺さん。お久しぶりです。少々お話がありまして。よろしいですか?できれば久司くんといらかさんも一緒に」
「あぁ。いいぜ。選挙に落ちて暇してたところなんだ。入んな」
命は八葺に続いて階段を上り、事務所の奥へ進んだ。広い一室に通され、丸い形をした卓に着く。八葺が他の二匹を連れてきた。
「お久しゅうございますね、命猫」狐種と鼬種の特異、いらかが淑やかに表れて言った。
狐のような顔立ちに三角の大きな耳、鼬のようなしなやかで細長い体には黄金色の毛が優雅に流れている。彼女は命の右側に座った。
「今日はなんのご用ですか?」久司が命の正面に座った。選挙が終わり、いくらか肩の荷が下りたような表情をしている。「また僕の両親のことですか?」と怪しむ。
「いいえ。違います。今日はその、お使いというかなんというか…」命はまごついた。
「さっさと吐いちまえよ」八葺が命の左隣にどっかりと座る。
「照猫はいかがなさったのでしょう?」いらかが艶やかな細い声で尋ねる。「噂では行方不明とか。そんなことはありませんよね?」
「いえ、実は、その通りなんです。捜索中で…」命は彼らには隠す必要はないだろうと判断し告白した。
「なんとまぁ」いらかは大きな耳を下げた。彼女は照のことを甚く気に入っていた。「居場所の目星はついているのですか?」
「いいえ。まったく」
「それはそれは…。心が痛みます。早く見つかるといいですね」悲しげな目で三毛猫を見つめる。
「はい」
「で?なんの話だよ。照のことか?」せっかちな八葺が胴間声で聞いた。
命は緊張で短いヒゲをピンと立てた。「実は…。今日は、白組のお頭、猫又さまの使いで来ました」
「なんだって!?」八葺は大声で驚く。「猫又の?なんでだよ。あいつの使いならこの間来たぞ」
「あぁ、そちが門前払いした猫ですね」いらかが八葺に言う。「ろくに話も聞かずに追い返したとか」
「いいだろ別に」八葺はふんぞり返った。「投札の前だってのにノコノコ訪ねに来やがって。対戦相手と仲良くするわけねえだろ」
「その方は猫又さまのご子息ですね」命は説明した。
「誰だって構わねえよ。とにかくなんでお前があいつの使いで来てんだ?なんの用だよ?」
「猫又さまは桜組の皆さんと一緒に仕事がしたいと仰っていました」
「はぁ?」八葺は前のめりになる。「一緒に仕事だと?ふざけたこと言いやがって」
「勝者は情けをかける余裕があるんでしょうねぇ」いらかは皮肉を込めた。
「んなもん要らねえよ。大体なんで命がその話を持ってきたんだ?」声を荒げて命を見る。
「まさか」いらかが冷たい水を撒くように言った。「照猫のことが絡んでいるのですか?」
「…そうです」命は肝が冷えて居た堪れなくなった。
「なるほど」久司が勘付いた。「つまりその探偵さんを探す代わりにこの仕事を引き受けたってわけですか」
「なんだと?」八葺は丸い卓をドンと叩いた。「俺たちを売りに来たってのか?なにやってんだよ命!お前がそんな奴だとは思わなかったぜ!猫又に泣きつくなんて!」
「そんなつもりではありません」命はがぶりを振る。「泣きついているわけでもありません。確かに猫又さまは姐さんを探すと約束してくださいましたが、俺は決して皆さんを売りに来たわけでは、」
「同じことだろ」八葺が遮る。「猫又の息子にこの事務所の場所を教えたのもお前か?」猫に詰め寄るその大きな体から殺気が漂い始めた。
「違います」命は必死に否定した。「俺も昨日呼び出されて、突然この話をされたんです。猫又さまはこの街のことをよくご存知なので皆さんの居場所も分かっていたんじゃないでしょうか?」
「嘘くせえな」黒い目を鋭くさせる。
「まぁ、それはいいでしょう」いらかが諫めた。
「けどよ」八葺はいらかを見る。
「なぜそこまで猫又さまを嫌うのですか?」命は恐る恐る尋ねた。「この街を良くしたいという思いは同じでしょう?」
「同じにするなよ」八葺は噛みつくように命に言った。
「姿も見せねえ、喉元も狙えねえ奴がお頭を名乗るなんて、ちゃんちゃら可笑しな話じゃねえか。そんな奴をどう信用しろってんだ?
選挙の時だって、そのご子息とやらが演説してたそうじゃねえか。狙われる覚悟もねえ奴が偉そうに言うなっての。
頼み事があるなら自分の足で来て、自分の口で言いやがれ!そしたら俺があいつの首を取ってやるよ!」
「野蛮なことを言わないでください。八葺半」いらかが再びたしなめた。
「あなたは猫又と会ったことがあるんですよね?」久司が冷静に命に尋ねる。
「はい。何度か」命は頷いた。
「どんな奴だ?教えろ。もしかして特異か?混血か?」八葺が突っ込む。
「いいえ。三毛猫のオスです」
命の言葉に一瞬の静寂が丸い卓を取り囲んだ。
「お前…」怒りのこもった目で八葺は三毛猫をねめつける。殺気も強くなった。「だからお前は手を貸してるのか」
「いえ…」命は体の奥から湧いてくる逃走本能を抑えて説得を試みた。
「三毛猫のオスというのは純血の猫ではありますが、生き辛さというのは皆さんと似ています。猫又さまも今まで肩身の狭い思いをなさったと思うのです。俺は同じ三毛猫のオスとしてそれを分かっています。
猫又さまの場合はご高齢で体の自由があまり取れませんので、身を隠すのもご理解いただけるかと。しかし猫又さまは近々住民の前に出ると仰っていました。その前に皆さんとお会いして話がしたいと」
「おやおや」考え事をしながら聞いていたいらかが言った。「それは一興ですね」
「なに言ってんだ」いらかの向かいにいる八葺が噛みつく。「バカ言うなよ」
「命猫の立場も考えてあげなさいよ」八葺の粗暴さに慣れているいらかは落ち着いていた。
「同じ三毛猫の誼。それに大事な照猫を探してやると言われたら、引き受けるしかないでしょう」
「んなこと言ったって、」
「話は最後まで聞きなさい」と遮る。
「妾たちは特異であることで生き辛さを感じていました。猫又の君も種類は違えどそのように感じていたでしょう。その部分は共感できます。
それに元々、妾たちは特異や混血のためにこの組を立ち上げました。生き辛さのない街を作るために。猫又の君とはその面だけでも話が合うかもしれません」
「正気か?」八葺の殺気がさらに強まり、喉の奥から深い唸りが響いた。いらかの喉を見つめ、今にも飛び掛かりそうな勢いを見せる。
いらかはそんなことはお構いなしに少し首を傾げて八葺を見つめた。優雅な黄金色の毛が揺れて、澄んだ鈴の音が聞こえてきそうだった。「そちは何が気に入らないのです?」
「全部だよ。俺は特異のために働いてるんだ。虐げられてきた特異のためにな。猫又は三毛猫のオスとはいえ純血。そんな奴に俺たちの何が分かる?特異のための街にするなら特異を頭にした方がいいに決まってる」
「妾はこの話、悪くないと考えています」いらかは余裕そうに頷いた。「こちらも条件を出せばいいのです」
「条件?」八葺は肩透かしを食らう。
「えぇ。猫又の君が本当にこの街のため、特異のために動いてくれるというならそれなりの敬意と行動を示してもらいましょう。
猫又の君も妾たちと仕事がしたいと申す手前、タダではいかないことくらい分かっておられるはず。妾たちも無条件で協力するほど親切ではありませんからね」
いらかは久司を見た。「そちはどう思い?久司半」
「え。僕ですか?」急に意見を求められて久司は戸惑った。「僕は、まぁ…。いらかさんの仰ることも一理あるかと思います」
八葺はぐわと吠えた。「なんでい!」と不貞腐れる。「俺の意見は無視かよ!」
「そちもそこまで悪い話だとは思っていないのでしょう?」いらかは八葺に尋ねる。
「実際、選挙に負けた妾たちに今できる事などほとんどありません。四年後の選挙に向けてまたコツコツと同士を募るのみ。
紅組の大黒の君は犬の国に帰るそうですから敵は減るでしょうけど、このままではいつまで経っても妾たちは影の存在。
しかし猫又の君と上手く手を組めれば陽の目を見ることができるやもしれません。あちらが妾たちを利用するなら、こちらもそうするだけのこと」
八葺は黙った。
「命猫」いらかは三毛猫を見た。
「はい」
「この件はこちらで熟考させていただきます。決断は先になるでしょうが、一度猫又の君と会って話をするくらいならいいでしょう。どうですか、お二匹?」八葺と久司を交互に見る。
「僕は構いません」久司は同意した。
「けっ」八葺はまだ納得しておらず不貞腐れた。
「とりあえず、」いらかは小さくため息をついてから命に言う。「猫又の君には返答をお待ちくださいとお伝え願えますか?」
「分かりました」命は頷いた。「あの、ひとつ伺ってもいいですか?」
「なんでしょう?」
「先ほど大黒さまが犬の国に帰ると仰いましたよね?」
「えぇ。そのように聞いております」いらかは黄金色の毛を爪で梳いた。「大黒の君は犬の国のお頭と繋がりがあるそうで、その伝手で重役のお仕事をなさるとか」
「ではいま大黒さまの側で仕事をしている方はどうなるのでしょう?猫種の方もいますよね?犬の国に連れて行けないのでは?」
いらかは首を振る。「いくらかはお役御免になるでしょうが、優秀な者は連れて帰るんじゃないですか?」
「そんなことが可能なのですか?」
「犬の国は少し緩くなりましたからね。ちゃんとした役が与えられているなら、つまり仕事で必要なら他の動物でも入国したり一時的に住むことができます。近年そのように決まりが変わりましたよ」
「そういえば新聞にそんなことが書いてありましたね」久司が言った。
「そうだったのですか…」命は字が読めず、照がいなくなってからは新聞も止めていたので他国の事情については少し疎かった。
「大黒の君の側近にお知り合いでも?」いらかは命に尋ねる。
「いいえ。少し気になっただけです」命は気にしないでおこうと首を振った。「では俺はこれで失礼します」
「えぇ。ご苦労様でした。命猫」いらかは労った。「照猫が見つかるといいですね」
「はい。お時間取らせてすみません。ありがとうございました」命は頭を下げると桜組の事務所をあとにした。




